十六話 五歳
本格的に修行を始めてから二年が経って、僕は五歳になった。
剣術名家のシット家に一年お世話になった後に、半年は宮廷魔導士として働いて、残り半年は振り返りと独学の為におじいちゃんが修行用に使っていた別荘で修行をしていた。
僕がここにいることはおじいちゃん以外は知らない。
一年半で得た力をここで安定化させて進化させる。
半年間、いろいろ試した。
例えば。
歩いて数時間の場所にある誰もいない広大な荒野に魔法で山を作り、破壊する。
水中で数時間瞑想をする。
猛暑、極寒の部屋で生活してみる。
肉体と精神を追い詰めてみた。
周りに誰かいたら止められるような危険な修行を何度も行った。
五歳になる数日前に僕はある程度の境地に達したと判断した。
「これが『調和』ってやつかな」
体が作り変えられるような感覚がする。
これが、魔力と肉体が完全に融合した感覚だろう。
「ベルク様の気配が消えました。人間を辞めちゃったみたいですね。エヌはもう余程の事では驚かないですが、ベルク様は本当に人間ですか?」
「エヌのお陰だよ。エヌがいなきゃ。僕はここまで強くなる気なんてなかったよ」
「この可愛いエヌの事が大好きなことだけは変わりませんねー」
エヌと二人で修行をしてきた。
修行中は完全に無防備になるから、信用できる護衛が必要だった。一応、この一年半で信用できる大人の人たちと仲良くなれたけど、それでも僕が一番信用しているのはエヌなのは変わらない。
「じゃあ、帰ろう」
「はい」
「《長距離転移》」
空間魔法で王都にある自室に移動した。
帰ったらみんなにお礼を言わないといけない。特に半年間空けていたから、図書館関係の人たちには迷惑を掛けてしまった。
「まずはお父様とおじいちゃんに帰ったことを伝えないとね」
「分かりました。きっと、皆様びっくりされると思いますよ」
「はは。大げさだね」
当主のお父様はまだ執務で王城にいるだろうから、おじいちゃんを探そう。
「おい!」
廊下を歩いていると、一つ上の兄さんが僕を呼び止めた。
「お前。半年間どこ行っていたんだ?」
「エヌと二人で遊んでいたんだよ」
兄さんの顔を見るのは三歳以来かな? 二年間は時々家に戻っていたけど顔を合わせていなかった。
「そうか。じゃあ俺と決闘しろ!」
「なんで怒っているんですか?」
「黙れ! 俺はお前がいない間に強くなったんだ。魔法も剣もお前に負けない。その専属侍女を掛けて勝負しろ!」
この人は二年前とあんまり変わっていない。
多分、エヌの事が好きなんだろう。ただ、エヌを譲るつもりは毛頭ない。
「兄さん。僕との実力差が分からないんですか?」
「くく。お前。魔力を感じないぞ。さてはまだ魔法が使えないんだろう?」
なんで笑われたか分からないけど、まあいいや。
決闘なんてことをしていれば、おじいちゃんは僕を見つけやすいだろうし、丁度いいね。
「分かりました。じゃあ、決闘しましょう。庭でいいですか?」
「ああ。勝負を受けた事、後悔させてやる」
僕たちの会話は従者の誰かが聞いて、すぐに噂を広めてくれるだろう。
庭に着いた。
「前は武器が悪かった。俺は俺の武器を使う。お前はお前の武器を使え」
「……弱い者いじめの趣味はないですが、兄さんは別ですね。だって、僕のエヌを狙っているんですから」
空間倉庫の中から一本の剣を取り出した。
それは剣というよりかは巨大な模擬剣。刃が付いておらず、僕の体がすっぽり入る大きさの大剣だ。
「ぎゃはは! なんだそれ。剣じゃなくて棒じゃないか!」
「エンペラーカイザーって名前の剣です」
「名前だけは大層だな。俺の剣は最近流行りのドワーフ製の剣だ」
宝石で装飾された剣を出して来た。
あれは、異種族解放同盟のドワーフが作った『貴族向け』の高級剣。中小貴族の家なら家宝になるレベルの剣だ。
「安心しろ。こいつを使う機会はないだろう。なぜなら、お前如き魔法で十分だからな」
兄さんが手を向けて来た。
魔力の流れと質から見て、初級魔法の《ファイアーボール》を出す気だろう。
それにしても流れが汚いし、質も悪い。一つの魔法を頑張ってインプットしたせいだろう。
「《ファイアーボール》!」
「ごめんね――」
炎の玉が僕の体に当たる前に消えた。
「何が起こった!」
「実力差がありすぎると魔力だけで相手の魔法をかき消せるんだよ」
「変な道具を使いやがったな。卑怯だぞ! だが、俺は魔法より剣の方が得意なんだ」
可哀そうだけど、兄さんの剣は僕には届かない。
「か、体が動かない。なにをした!」
「『間』ってご存じですか?」
「そんなの騎士団ぐらいしか……」
『間』のレベルが高くなると、範囲に入った対象を威圧することができる。
ただ、これでもかなり手加減をした。
「さて、魔法を封じられて。剣も封じられた。兄さん。どうします?」
「ベルクや。少々、やりすぎじゃないかのう?」
「やっぱり来てくれたね。おじいちゃん」
兄さんの事はまあ個人的な恨みだ。だけど、それは言わない約束だ。
「エヌを狙った相手は誰であってもこうします。文句があるなら、僕と戦いましょうか?」
「青二才がいいよるわい。じゃが、いいじゃろ。儂が直々に指導してやろう」
「二年前と同じ条件で、武器なしでいきましょう」
わざと挑発をしたけど、おじいちゃんもその意味を理解してくれた。
これは恩返しだ。僕が強くなったことをおじいちゃんに証明するのは実践が一番。だから、本気で戦う様に挑発をした。
「いくぞ!」
初撃は二年前と同じで全身に響く打撃だった。
「これは」
――ポスッ
知らない人が見たら、おじいちゃんが僕の腹部を軽く小突いた程度の音しかしなかった。
「ごめんね」
「なに。謝ることはない」
おじいちゃんの肩を軽く叩いた。
するとおじいちゃんは足から崩れ落ちた。
「儂の負けじゃ」
攻撃と同時に回復魔法をかけておいたから、おじいちゃんに外傷はない。
「一つ。聞いてもいいかの?」
「ええ」
「その力を使って、何を成す?」
二年前に答えは出ている。
「この力で僕は守りたい相手を守ります」
僕は善人じゃなくてもいい。
僕は僕と周りの為に力を振るう。
「その先に何があるというんじゃ?」
「力はあくまで守るために得ました。先なんてありません」
この二年間は守る為の力をつけた。だから、力を使ってどうこうしたい訳じゃない。
「僕は学者になります」
「学者? そんな力があればなんでもできるじゃろう。なぜ、そんな地味な職業に」
「暴力は敵がいないと使う必要がないじゃないですか。でも、学者は無数の未知を相手に暴れられるじゃないですか。だから、学者になります」
魔法陣を使って色々やってみて、研究の面白さを知った。
この世界にはいろんな未知が転がっている。化け物と言われる僕の才能を生かすにはここしかないと思った。
「おじいちゃんは、僕に魔物を討伐する冒険者になって欲しかったと思う。だけど、僕は決めたんだ。ごめんね」
「この歳になって手も足も出ない領域の相手に文句を言ったりはせんわい」
「ありがとう」
「じゃが、ザルゴル家はベルクの家じゃ。頼りたくなったらいつでも頼るんじゃぞ」
おじいちゃんは少し悲しそうだったけど、僕の行こうとする道を応援してくれるみたいだ。
「どんな進路になってもよい。だが、予定通り一週間後。ベルクの誕生日を祝う式を我が家で行う。その日までには戻ってくるんじゃぞ」
五歳は貴族として、ある程度の節目となる歳で、お披露目の意味がある。本来なら長男だけがやるけど、僕の場合は特殊で世間から注目されているから行うらしい。半年前の修行に行く条件でこの誕生日会は参加することを約束している。
僕は二年間でお世話になった人たちへ挨拶周りをすることにした。




