十三話 時間魔法
魔法の属性には基本四属性。派生三属性がある。
基本四属性は火・水・風・土。派生三属性は毒・氷・雷と定義される。
そして、これらの属性に当てはまらない属性をすべて特殊属性の魔法と言う。
特殊属性。世間一般的に知られているのは光と闇だけだろう。だから、非魔法使いの中では特殊属性は光と闇しかないと考える人が多い。
でも、実際はもう一つ。別の属性が魔法使いたちの間で知られている。
それが空間属性だった。
空間属性が発見されたのはたったの十年前。
初の使用者は当時五歳だったサラサ・シュトル。今の王宮魔法師団の団長の女性だ。
彼女が空間属性を使えたのはその目に理由がある。その目は『魔眼』だったのだ。
『空間の魔眼』と呼ばれたそれは魔法の習得プロセスをすべて吹っ飛ばし、所有者に魔法を使えるようにする。
魔眼自体が、数十年に一度しか現れないという中、未知の特殊属性の魔眼を持つ幼児の登場に魔法学会は再現のために研究を行った。
お金も人材もふんだんに使われた研究だったけど、一年を経たずに研究は頓挫した。
原因は一つ。『誰も空間を知覚できなかった』それだけだった。
僕が空間魔法を使えるのは騎士団で習った『間』の支配で空間を知覚することができたからだ。
ただでさえ複雑で使いにくい魔法なのに騎士でも習得するのに数十年掛かる『間』の支配が出来ない限り使えないという欠陥属性だ。
一応、僕が教えることは出来るけどそれでも相当の魔法のセンスが要求されて、実践で使えるのは魔眼を持つサラサか僕ぐらいしかいない。
この知覚という段階が特殊属性においては最も高いハードルだと言ってもいい。
僕は空間魔法以外にも二つ。属性を知覚しかけていた。それが重力と時間だった。
重力はなんとか知覚することができた。空気の重さに惑わされた時期もあったけど、ふとした瞬間に知覚できた。
ここまでが二か月ぐらい前の事。空間と重力については、こっそり研究をしてちょっとした本にしてお婆ちゃんに渡した。
でも、最後の一つ。時間の知覚についてはほとんど進展がなかった。
毎日生きているだけでも時間の流れに沿っている。一方的な流れを知覚しようと何度も考えてみたけど何もならなかった。
時間属性は存在しないのかもと思った時期もあった。でも、僕の近くには未来から来た悪魔がいる。その事実が時間魔法への確信だった。
「フェトラ。君が経験した未来を少し教えてくれないかな?」
今までフェトラから未来の事を聞くことはしなかった。未来を知ることが出来ればこんな状況を避けられたかもしれない。だけど、悪魔ということもあってフェトラに未来の事を聞くのは禁忌だと勝手に思い込んでしまっていた。
だけど、今、僕はフェトラに未来について聞いた。
「私が経験した未来は大きく変わってしまっていて、役には立ちませんがそれでもよろしければ」
「うん。それでいいよ」
「では、ベルクさんが五歳の時の世界情勢をお話しましょうか」
フェトラは淡々と語り始めた。
僕の血の繋がったお爺ちゃんで世界的英雄である《賢剛》ガルロー・ザルゴルが僕の父親に毒殺されたこと。血は繋がっていないけどお婆ちゃんの《叡智の司書長》サミュラス・リッターが異種族解放同盟によって暗殺されたこと。
二つの柱を失ったゼドアムは周辺国から侵略され、国土を半分以下にまで減らし、大陸一の大国から惨めな敗戦国に堕ちたこと。その戦争時にゼドアムの最強のサラサ・シュトルが裏切ったこと。
一番上の兄が僕を当主争いから追放するだけには物足りず、戦争に関連した冤罪を着せて家を放逐したこと。
そして、僕にとって一番聞きたくなかったこと。
「その時、ベルクさんへの最後の嫌がらせとして専属の侍女エヌートさんは殺されました。それも自殺を偽造された形でした」
「もういい。ありがとう」
エヌは死んだ。その光景を想像することすら僕の脳は拒んだ。
知りたくもなかったような悪い世界がそこにはあった。
でも、お陰で僕は時間を知覚することができた。
「時間は一本の川だと思っていたけど、本当は派川になっていて今、僕たちがいる場所が本川なんだね」
時間は流れるもので逆流は出来ない。それは間違いない。それができるのは神の領域だ。もしかして、フェトラは時間に関係する神なのかもしれない。いや、流石にそんな神が持っている能力が契約だけというのは弱すぎる。
遡ることは出来なくとも、本川の一部をゆっくりにしたり早くすることは出来る。
「もし神様がいるとしたら意地悪な世界を作ったもんだね」
魔法への理解が深まったことでこの世界の意地悪さに気付いた。
「じゃあ、僕は行ってくるよ」
「それではまたお会いしましょう」
戦場にある魔力が薄まっている。多分、お婆ちゃんの方が劣勢なんだろう。
すぐに行かなきゃ。
――――――
「クッ。初めてオレの嫁ちゃんよりも強ェ魔法使いと戦ったぜ」
「はあ。はあ」
戦場では騎士と魔法使いが戦っていた。
魔法使いは距離を保ち、騎士はひたすら魔法を躱す。その攻防の末に魔法使いの魔力は半分を切り、騎士の体は所々に火傷や裂傷のある状態になっていた。
互いに消耗している。
「《戦場の悪魔》の名は聞いたことはあるが、それは戦略、戦術的な意味合いなんだろ。数年前の報告じゃあテメェの魔力は減少しつつあると聞いたんだが、どうやら間違いだったみてぇだな」
「あなただけは許さない。孫を傷つけた」
「孫ぉ? ああ! 思い出した。 嫁ちゃんが言ってたぜ。魔法陣なんてバカげたモン作り上げた化け物三歳児! それがあいつだったのか!? 七歳ぐらいかと思ったんだが、四歳も読み間違えたってんのか! クカカ! そいつぁ、ガルローのジジイ以上の化け物じゃねぇか!」
ケラケラと笑うキトラにサミュラスは魔法をぶつけた。
しかし、魔法が切られて霧散した。
「こいつはオリハルコンとアダマンタイトの合金の剣だぜ。こいつ一本で王都で屋敷が買えちまう代物だ」
「空間魔法。《断空》」
「そいつは受けられねぇな」
高速移動と剣による魔法対策。
それに対し、サミュラスは相手の魔力を感知することでしか相手を認識できず近寄られたら負けが確定する緊張感を伴ったまま戦っていた。
体力の消耗で言えばキトラの方が多く消耗していたが、精神的な消耗はサミュラスの方が上だった。
更にサミュラスは無尽蔵な魔力を持っているものの騎士などの近接を得意とする相手と一対一で戦う経験も知識も不足していた。
それに対して、キトラは魔法使いへの対策を用意した上で、何度も強い魔法使いと訓練を重ねた経験があった。
戦闘経験の差が徐々に残り体力の差として表れた。
「小技で揺らして一撃必殺の魔法で決める。そう思ってんだろ? 残念だがそれは無理なんだよ。テメェはこれから魔力が尽きるまでオレに怯え続けんだよ!」
下級魔法と中級魔法を主体とし、手数を重視した戦法を取るサミュラスに対してそう挑発をした。
(どんだけ魔力あんだよ。いつ尽きるか分かんねぇな。しばらくすれば嫁ちゃんが戻って来るはず。そうすればいつもの必勝パターンに入る。あの空間魔法つうのに警戒させて極大魔法あたりを狙ってんな)
その態度とは裏腹に時間稼ぎを狙うキトラに対して。
(移動に規則性。時間稼ぎが目的。油断なし。空間魔法と極大魔法の囮は有効。演技有効。削り切る)
すべてを読み切って疲れた演技をするサミュラス。
互いに自分が有利だと思い込み二人は戦っていた。
「おいおい。どうした魔法の密度が下がってんぞ」
その挑発に対してサミュラスは魔法の数を増やした。
「ケッ。まだ余裕はあるみてぇだな」
(簡単に挑発に乗りやがった。もう余裕がねぇんだな。決めれるなら決めたほうが嫁ちゃんにいい格好できるぜ)
キトラは魔法を受けた。
(陽動。大きい魔法は使わない)
サミュラスは相手を見誤っていた。
今対峙している《剣帝》は合理的な思考回路をしていなかった。
油断せず弱い攻撃を続けるサミュラスに対して、キトラは攻撃を受けながらも力を貯めていた。
「……『縮地』」
魔力を感知する隙もない圧倒的速度でキトラはサミュラスの目の前まで迫った。
(しまった――)
剣が鋼鉄以上の硬度を誇るサミュラスの魔法障壁を切り裂き、その肉体に触れようとした瞬間。
「《空間把握》。《時間遅延》」
ほんの一瞬。キトラの動きが遅くなった。
「《不等価交換》」
剣が触れる寸前でサミュラスの姿が変わった。
「これはさっきのお返し。《崩拳》」
キトラはその声の主と自分の腹部に拳が入っている事に気付いた頃には全身に衝撃が走り、宙を舞っていた。
突然、現れたのは頭から血を流した黒髪黒目の幼児だった。
「テメェ。まだ戦えんのか」
ベルク・ザルゴル。数分前に再起不能にしたはずの子どもが無視できない威力の打撃を自分が反応できないほど高速で打って来た。
(まだ三歳のガキ。いや幼児の癖になんだあの執念。さっきまでオレにビビっていた奴だろ。何がきっかけで覚悟を決めやがった?)
実際のダメージよりも目の前の幼児の異常さに驚いていた。
「お姉さん。実は『間』の支配をしないんじゃなくて、出来ないんでしょ? その身体能力なら下手な技なんて必要ないもんね」
「あ? チッ。よく気付いたなぁ! そうさオレは『間』なんて上等なモンは使えねぇ! この身一つですべてねじ伏せて来た!」
「ごめんね。時間魔法《時間遅延》。《時間加速》」
キトラの時の流れを遅く。ベルクの時の流れを早くする魔法を使った。
(クソ! さっきの加速する奴か! こいつ。どんだけ持って生まれて来やがった!?)
時間魔法を知らないキトラにとってはベルクの速度が上がったようにしか見えず、少なくとも自分が遅くなっているなど考えもしなかった。
肉体は先ほどの戦いでボロボロ。そして、さっきまで自分に恐怖していた相手に圧倒されているという精神的ダメージ。この二つの影響でキトラは正常な判断が出来なかった。
高速で近づいてくるベルクに対して、蹴りをしようとした。
相手の魔法がどのようなものかすら考えずに行った攻撃は、魔法をさらに強め、加速したベルクを捉えられず宙を切った。
「くっ」
そして、残ったもう片方の足にタックルされ、背中から地面に叩きつけられた。
刺された背中の傷が地面に食い込み《剣帝》キトラは息を漏らした。
「や、やめろ! ち、近寄るな!」
マウントを取られたことでキトラは人が変わったかのように怯え弱々しい抵抗を始めた。
ベルクは殺す気はなかったが、気絶させようと一撃を加えようと拳を振り上げた。
「体が動かない」
振り上げた拳と腕が万力で固定されたみたいに動かない。
動揺している中、虚空から一人の女性が現れた。
「そ、その辺りで許してくれないかな?」
「サラサ。これはどういうことかな?」
「はわわ。私はサラサの双子の姉のカトナです」
ベルクはその名前を聞いて、大人しく攻撃をする手を収めて距離を取った。
「ありがとう。ごめんね。一応、私たちは国が関わっていた書類を燃やしたら任務はお終いだったから誰も殺してないよ。だから見逃してくれないかな?」
「……分かったよ。お互い出会わなかったことにしよう」
「ありがとう。じゃあ、これからも妹が我儘言うかもしれないけどよろしくお願いします」
カトナはキトラを抱えて遠くに行った。
「ボロボロだねキトラくん。大丈夫?」
「これが大丈夫に見えんのか?」
「はは。サミュラスさんもいたらそうなるよ。あ、ちょっとごめん。ごほごほ」
カトナは大量の血を吐いた。
「サラサが予想よりも強くって。ギリギリ勝てたけど、次はダメだね」
「何言ってやがる。オレと嫁ちゃんは二人なら誰にも負けねぇ。全盛期の《賢剛》だって超えられる。魔王種だって殺せる」
「はは。すごい楽観的だね。キトラくん。でも、私たちは勿論、娘の育成も頑張らないとね」
「ああ。そうだな」
「あれ、もっと言い返してくるかと思ったのに。どうしたの?」
「さっき、オレを殴ろうとしたガキはサミュラスの孫だってな」
「えっ。ごほ」
また大量の血を吐いた。
「待って、あの子。始めて魔法陣を活性化させたベルク・ザルゴル?」
「確かそう名乗ってたな」
「ちょっと。それ早く言ってよぉ。サイン貰いたかったなぁ」
「あいつはバケモンだ。変に憧れるのは止めとけ」
「あれぇー嫉妬しちゃったのかな? 大丈夫。私の心はずっとキトラくんのモノだからね」
重症を負った二人は今回の戦闘を語りながら自分の国に帰った。




