十二話 剣帝
「あぁ。我々の拠点が……」
異種族解放同盟の拠点に着くと、そこは火の海になっていた。
幸か不幸か死体はなく全員生きている可能性はまだある状況だった。
「なんだ? お前ら」
真っ赤な髪を後ろで結び、真っ白い騎士団の服を着た言動が粗雑そうな女性が書類の束を燃やしていた。
「ベルク様。すぐに逃げましょう。あの人はギルケアスの騎士団長です」
エヌが僕に忠告してくれた。
ギルケアス騎士団長。《剣帝》キトラ・サトレー。
世界最高峰といわれるゼドアムの近衛騎士団の人たちが自分たちの団長を押しのけて最強と言っていた人だ。
「初めまして、僕はゼドアムの公爵ザルゴル家の三男ベルク・ザルゴルと申します」
「ザルゴル? ああ、ガルローのジイさんの所の。その態度ってことはオレの自己紹介はいらねぇみてぇだな」
この人相手に戦う気はない。
仮にゼドアムが誇る最強の人たちを数人連れてきても勝てるか分からない。
唯一対抗できそうなサラサはどこかに行ってしまったし、この状況ではかなりよろしくない。
「ここは一応、ゼドアムの土地なので様子を見に来たのですが、まさか、あなたの様な方に会うとは思いもしませんでした」
「ガキのくせに回りくどでぇこと言ってんじゃねーぞ。このまま居座るなら国家間の問題にするぞって言いてんだろ?」
「察しが良くて助かります。それでどうしますか?」
キトラが来ているということは、ここにいるのはギルケアスの命令であるのは確実だろう。
他の兵士の姿が見えないし、密入国をするために少人数で来ている。
「ったく。ザルゴルはガルローの爺さん以外は政治の分野でしか頑張れねぇのか? まあ、仕方ねぇな。何人か遊んでやったが、どいつもこいつも雑魚ばっかりだったしな。んで、どうするかだったな。オレの答えは、これだ――」
キトラは下から地面まで抉るような拳を僕に向けて来た。
間の展開すらせずに来た打撃を僕はほとんど反射で躱した。
すぐにサミュラスお婆ちゃんが魔法で牽制してきたので相手は一回離れた。
「大丈夫? 怪我はない?」
たった一撃。武器も何も使わない力任せの拳一つ。
それは風圧だけで地面を抉り、当たっていないはずの僕の体は存在しない痛みを訴えている。
「はは」
僕はこの感情に似た感情をサラサと初対面の時に感じていた。
恐怖
今、僕は目の前の相手を怖がっている。
初めて人間と敵対して怖いと思った。
この前、ドワーフのおじさんと戦った時はワクワクして楽しかったのに、この人と戦うことを思うとなんだか体がゾッとする。これが血の気が引けるってことなのかな。
「その歳で間を支配してんのか。ようやくザルゴルはガルローの後継者を手に入れたみてぇだな」
今の戦力で死なない手段を考える。
「エヌは伏兵がいないか確かめて来て、ついでにエルフのお姉さんたちとおじさんは仲間の無事を確認して来て」
「ベルク様はどうするんですか?」
「僕はあの人と戦う。僕が数秒でも足止めしてその間にお婆ちゃんの魔法で仕留める」
この人だけが来ているとは考えにくい。伝令役でも荷物持ちでもなんでもあと数人は来ているはずだ。
それに、この戦闘において他の人たちは邪魔になる。
ハイエルフのお婆ちゃんと《剣帝》キトラは相性が悪い。
そもそも、魔法は対多数で真価を発揮し、一対一では近接戦闘の得意な人間の方が有利だ。
僕みたいに正面戦闘で止められる人間がいないと戦いにすらならない。
「これを使え。鋼鉄製の短剣だ」
「ありがとう」
「すまない。この場は任せる」
ドワーフのおじさんが僕の体格に合わせて微調整してくれていたであろう剣をくれた。
エルフのお姉さんたちも含めてみんなどこかに向かって走った。多分、隠れ場所か逃げ道があるのだろう。
エヌ以外は素直に従ってくれた。
「囮役ならエヌがやります。ベルク様は逃げてください」
「ダメだ。エヌは索敵に集中して。伏兵に気を使いたくないんだ」
「……分かりました」
エヌも離れた。
「別れの挨拶はすませたか?」
「ご気遣い感謝します。では、始めましょうか」
僕は広げられる最大まで間を広げた。
キトラは間を展開することなく僕の間を受け入れた。
これで、相手の行動は一呼吸も見逃すことはない。
「剣を使えば一瞬で終わっちまう。これなら少しは楽しませてくれるよなぁ」
キトラが細い木の枝を拾った。
「じゃあ、行くぞォ!」
あまりの早さにキトラの姿が消えた。
お婆ちゃんの魔法を警戒してか直線的な動きではなく、不規則な軌道で移動している。
間を支配していればどんな早さで動こうとも場所が分かる。
最初の一撃で決める。相手が間も使わず油断しているこの一回目の攻防。これで勝てなれば僕は負ける。
木の枝が振り下ろされる。
僕は受け流すようにして剣を握った。
予測通りの軌道と早さ。だけど、一つだけ誤算があった。
それは威力だ。
鋼鉄の剣があっさりと折れた。
一度は対処できるかと思っていたが、そうはいかなかった。だが、これでもいい。
空間を裂く空間魔法《断空》を使いたかったけど、あれは手で狙いを定めないと使えない。
「空間魔法。《不等価交換》」
物の位置を入れ替える魔法を二回使った。
一回はキトラの後ろに回り込むために。そしてもう一回はキトラの腰にある剣を奪うため。
魔法は完璧に決まり、僕の手には今まで見たことがないほどのすごい剣と敵の背中がある。
見失っている間に背中から突き刺そうと刃を抱えて踏み込んだ。
刃が当たる直前。
空気が水あめみたいにドロドロとしたものに変わったような錯覚を感じた。
「どんな小細工を使いやがったァ」
怒りと威圧。キトラの出すソレに体が恐怖して動けない。
僕の刃はキトラの体に刺さったが、とても浅く軽い出血を起こすだけだった。
殺す気で刺した。でも、直前で体の力を封じられたみたいだった。
か、体が動かない。
キトラが僕に攻撃をする寸前でお婆ちゃんが魔法の爆撃を降らせた。
そのお陰で僕への攻撃を諦めて、一度下がった。
「血ィなんて何年ぶりだァ? クカカ! 面白れェ!」
笑い声だけで辺りの炎が大きく震える。
まだ間を出していない。これならまた同じように――
そう思っていた僕の考えをすべて打ち砕くかのような速度でキトラが迫ってきた。
武器も何もない平手打ち。ありえないはずなのに僕の体を握りつぶせるぐらいの大きい手の幻覚が見えた。
――これはダメだ!
動きが分かっていても対処できない。純粋な身体能力のごり押し。
僕は少しでも時間を稼ぐ為に自分に重力魔法を掛け、重たくしてから剣を捨て防御をした。
体重を数百キロまで上げたのにも関わらず体が吹っ飛ばされ、木々を貫通した。
「はぁ。はぁ」
ダメージは深刻。立ち上がることはおろか、呼吸すら厳しい。
これはもう戦えない。
僕がさっきまでいた戦場は上級魔法以上の魔法のみが飛び交う地獄と化している。
「……フェトラ」
「はい。何でしょうか?」
僕は悪魔に声を掛けた。
この状況でやれることは全部するつもりだ。
「君は未来から来たんでしょ?」
「……はい」
今まで明言はさせてなかったけど、今日はフェトラの口からそう言わせることができた。
フェトラは何らかの方法を使って過去に戻った悪魔だ。
僕は魔法を研究し始めてから、ある三つの特殊属性を発見していた。




