表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

2

…………………………はっ。バナナ………………じゃなくて。いや、バナナなんだが。あの感触はまごうことなきバナナの皮であったが。しかして何故か意識があるので、俺の命を奪ったバナナの件に関しては記憶の片隅に置いておこう。

確かに俺はあの時死んだ……はずだよな?それとももしかして実は死んでいなかった?

恐らく石に打ったであろう後頭部をさすってみたが、痛みは感じない。どういう事だ。

落ち着こう。度重なる不運によって何事にも動じなくなったのが俺の数少ない長所である。落ち着け落ち着け。落ち着いてまずここはどこなのか考えよう。

辺りを見回してみる。すると、そこにあったのは墓だった。墓、墓、墓、墓石、墓所、墓地。やっぱり俺、死んでんじゃねーか。あれか、死んでから墓に埋められたが謎のゾンビ化現象により俺は地中から這い出て歩く死体として蘇ったのか。いや、そうじゃない。俺の生まれ育った日本は火葬文化である。土葬はしない。この時代に土葬をしている国があるのかどうかは知ならないのだが。見たところ俺の体の表面は腐ってはいないはずだ。身体の不調から察するに内臓は変わらず機能していないので腐っているのと同意義かもしれないが。後頭部にたんこぶこそ出来ていないが、今だってこうして立っているだけでさえ俺には辛いのである。俺をこんなところに連れてきた誰かさん、どうせなら頭の傷だけでなく身体の不調も治してくれたら良かったのに。

俺がもし生きているのであればここは地球上のどこかで、死んでいるとしたらあの世だという事になるのだろうが、流石に死んでまで身体の異常を引き摺っているのはどうなのかと思う。なので、恐らくだが俺はまだ死んでいないのかもしれない。とりあえずそう仮定しよう。脈もちゃんとあるし。そうすると、ここは一体何処なのだろうか。見渡す限りは一面の墓で、その墓を囲うようにあるのは木々。辺りは暗く、月が出ている。満月だ。あれから時間が経ったのかどうかはわからないが、あの時と同じ様に見える満月が、微かに墓を照らしていた。俺は墓石に近付く。名前が刻んであれば、国がわかるかもしれない。

うんうん、どれどれ、ふむふむ。そこらの墓を調べてみたが、どれもこれも手入れがされてるようで、ここは放置された場所ではないらしい。彫られていた言語は様々だった。英語や日本語があれば、見たこともないような言葉もある。どういう事だろうか。墓の雰囲気自体はよく映画で見るようなヨーロッパ系統の墓なのだが。ますます意味不明である。謎は深まるばかりだが、俺は最奥中央の墓の前に刀が刺さっている事に気付いた。

その墓石に近付き、刻まれた名前を確認してみると〖Alucurious・Silver〗と書かれている。アルクリオウス・シルバー……?読み方が合っているのか分からないが、矢張り、当然のように知らない名前だ。しかして、刺さっている刀は日本刀。そして俺はこのタイミングで、一つの可能性に行き当たる。

死んだはずなのに知らない場所で意識が目覚める、西洋風の墓、なんだか格好良いこの場所には不釣り合いな日本刀。これ、異世界転生じゃん。最近流行りの。いや、バナナの皮で滑って死んだら知らん墓地にいて剣が刺さってたとか異世界転生でも聞いた事はないけど。死んだら知らない場所にいたという部分しかあってないけど。

げほっげほっ。俺は唐突に血を吐き散らかした。勿論誰かにやられたとかではない。持病である。吐血した血が墓石や剣にぶちまけられて、なんだか非常におっかない感じになってしまった。B級ホラー映画かこれは。しかし別にわざとやった訳ではない、許してくれ某スポーツドリンクに似た名前のシルバーさん。

血に染まった剣を見ながら思考する。異世界転生だか何だか知らないが、この身体で冒険しろというのは無茶なお話である。冒険物語ではお馴染みのゴブリンに颯爽と殺される未来は想像に容易い。ゴブリンどころかスライムにだって負けるだろう。そうなってしまっては笑い者だ。別世界からやって来た新米冒険者が草々とレベル1のスライムにやられて死んだなんて間抜けな伝承を後世に残したくはない。つまり、ここが異世界だろうが何だろうが俺が成すべき事は既に決まっているのだ。

バナナの皮に邪魔された計画の続きだ。俺は墓石の前に刺さっている刀の柄に手を触れる。何だかぞわりとした感覚が背筋を襲った。日本刀なんて代物は触った事もなかったが、こんな感触だったのか。しかし刀もさぞ驚きだろう、今回の所有者が初めて斬るのは魔物ではなく持ち主の腹だなんて。いいじゃないか、飛び降りよりもこんな立派な日本刀で切腹した方が箔が付きそうで。悪かったな俺をこんな所に連れてきた女神様。恨むならこの不運男を選んだ自分の引きの悪さを恨んでくれ。不運な俺がそうさせたのかもしれないが。俺に世界は救えない。俺は世界を救わない。俺を誰も救えない。救えるとするのなら、永遠の安眠だけだろうよ。

日本刀は拍子抜けにもあっさり引き抜けた。最期の言葉は、二度いらないだろう。俺はその刀で、己の腹を突き刺した。

はずだった。剣先は俺の腹を貫かず、寸での所で停止していた。流石にバナナを踏んじゃいない。だって、予め確認したんだもの。バナナごときに二度も邪魔されるのは願い下げだからな。じゃあ一体、俺の死を妨げているのものは何だ?


「良い。血は足りている。十分だ」


気付くと、目の前には男がいた。男が柄を握る俺の手を掴んでいる。男は深紅の瞳をしている。男の耳は細長く、男の鼻梁は鋭い。男は口から牙を覗かせている。男は長身である。男が俺を掴むその手は青白く、まるで氷の様に冷たい。男の指には鋭利な爪がある。男は気品ある漆黒の外套を羽織っている。男は白銀に煌めく長髪を靡かせていた。


「アルクリオウス・シルバーさん……?」


俺は、直感でそう言った。


「アルキュリアス・シルバー。名も識らず、我を喚んだのか」


アルキュリアスだった。何だか不穏な外見をしている彼は、その紅の瞳で興味深そうに俺を見下ろしている。この近い距離で。怖いんですけど、とても。それで、喚んだってなんだ、喚んだって。喚んでない。喚んだ覚え、さらさらない。


「えーっと……俺は別に、貴方を喚んでないです」


「喚んでないも何も、我がこうやって千年振りに外に出られているではないか。条件が満たされている」


理解が追い付かない。思考が追い付かない。しかし俺は、動じない。


「何ですか、その条件ってのは」


「先ず始めに、満月。望月は真祖の吸血鬼が最大限に力を発揮出来る刻限の夜。次に、血。干からびていた我の喉を貴様の鮮血が潤した。千年振りとは言え、世辞にも美味な血ではなかったがな……。そして最後に、(つるぎ)。貴様が今しがた、この忌まわしき封印を解いたのであろう」


吸血鬼を名乗るこの男はそう言って、微笑を浮かべた。矢張り俺は、最悪だ。最悪の不運がまたここに来て炸裂した。千年も封印されてたなんて、絶対悪い奴じゃんこいつ。悪い奴、甦らせちゃってるじゃん、俺。


「偶然です。俺、身体悪いんでたまたま貴方が眠ってる場所に血吐いちゃっただけです。満月なのもたまたまだし、刀を抜いたのも、自殺したかったからだけです。なんで、腕放してもらっていいっすか?なんなら、貴方が俺を殺してくれません?伝説の吸血鬼に殺されるなら俺も本望なんで」


動じない俺は、そう返答した。心からの本音だ、これは。

アルキュリアス・シルバーは少しの逡巡の後、口を開いた。


「貴様、その目は光を失っているのだろう。我の眼をくれてやる、喜ぶがいい」


「……は?」


高貴なる吸血鬼がそう言うと、俺の眼帯が弾け飛んだ。俺の顎が軽く持ち上げられ、男の方に引き寄せられる。彼は紅に染まるその右目を抉り、その手に握った目玉を、俺の右目に埋め込んだ。あまりの痛さに、俺は悶絶する。


「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


「貴様は今日から同族だ。半分だけ、だがな。我を復活させた恩人なのだ、殺すはずがなかろう?」


俺を苦しめているヴァンパイアが何かを喋っている。俺は痛さで理解が出来ない。目だけじゃない、頭も身体も、全てが割れるように痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


「直に慣れるであろう。凶星の下に生まれた貴様なら、その程度の痛みなど、痒くもなかろう」


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。


「再び逢う事があれば、美味なる血を馳走してやる。その刻まで、死んでくれるなよ、同胞。まぁ。その身体は滅多な事では滅びないだろうが」


アルキュリアス・シルバーは、俺から背を向ける。


「次を楽しみにしている、呪われし血の申し子」


俺は、おれは………………。


「まさか、我を呼び覚ましたのがお前の血族だったとはな……」


その吸血鬼は最後にそう言い残すと、無数の蝙蝠へと姿を変え、満月の空へと消え去った。俺は全身を駆け巡る激痛により、その言葉の真意がわからない。

身体中の血液が沸騰するように熱い。事実、俺の身体からは蒸気が上がっていた。彼の言っていた言葉を読み取るなら、どうやら俺もこのままだとアレと同じ種族になってしまうらしい。そんなのはごめんだ。俺は人間としての尊厳を持って死にたい。人の血を吸わないと生きられないような化け物になどなりたくはない。アンタの思い通りには、ならない。

俺は痛みで気を失いそうになりながらも、なんとか最後の気力を振り絞り、持っている刀で自分の首を刎ねた。スパッと。切れ味は抜群で、俺の生首は宙を舞い、ごろんと地面に転がった。

俺は今度こそ、俺を殺す事に成功したようだ。紆余曲折はあったが、ありがとよ、シルバーさん。アンタが封じられていたそのありがたき刀のおかげで俺は死ねた。もう異世界転生はこりごりだ。冒険はしてないけど。いや待て、何かがおかしい。何故自意識が途切れない。もうそろそろ俺は永遠の眠りへと誘われてもいいはずだ。有り得ない。そして。何者かが俺を見下ろしている。視力を取り戻した俺の右目が、何者かの顔を捉える。美少女だ。今日はよく見下ろされる日だ。じゃなくて。


「ラッキー…………白だ」


「…………死ね」


「いや、もう死んでる」


「もう一回死ね」


嗚呼。どの世界でだって、神は俺に試練を与えたいらしい。

この最悪な出会いこそが俺、附都基弦司と彼女、アザレア・ナナの邂逅だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ