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自他共に認めるアンラッキー男、それが俺、附都基弦司(ふつき げんじ)である。身体は生まれつきの病弱体質、事故で右目が失明して眼帯になる、母親は俺が幼い頃には他に男を作って行方を眩まし、親父は詳細不明謎のギャンブルで多額の借金を背負って高飛びし、不幸に巻き込まれるのを恐れて恋人は勿論、仲のいい友人すら作る事が出来ず、賭け事では勝った試しがない、その他数え切れない程の大小アンラックエトセトラエトセトラ……。何故こんな一文にもならない寒いだけの自分語りを始めたかと言うと、今日が俺の命日だからだ。せめて死ぬ時ぐらいは自由に語っても許されるだろ?

俺の家は元々貧しく、親父から高校を出た後は働けと言われていたが、大学生活を諦める事が出来ず、大して良くもない頭で必死に勉強し、なんとか奨学金を借りて大学に入る事が出来た。大学にさえ入ればこの不幸な人生の何かが変わると、何の確信も保証もなく自身に思い込ませていた。だが、入学当日、家に帰ってみれば机の上には『すまない弦司。お前の為に人生を賭けた大勝負をしたが、負けてしまった!父さんは暫く身を隠す!元気でな!』という親父からの手紙と共に連帯保証人が俺の名前になっている多額の借金借用書が置かれている始末。この愛すべきハードラックは附都基家から代々受け継がれているものらしいが、その恩恵を存分に受け継いでいる家長のアンタが(附都基家は不運かつ短命なので今は親父が家長だ、生きていればだが)俺の人生を賭けて勝手にオールインするな。

そんなこんなで入学初日に学校を辞める事になった俺は、奨学金と親父の借金の返済の為、寝る間も惜しんで労働に勤しむ羽目になった。しかしそんな生活が続くはずもなく、元々弱かった身体を壊してしまった。

俺はこの不幸体質ながらも、そこそこメンタルが強い自負があった。というよりも、強い気持ちを持たなければ逆に今日まで生きてはこれなかっただろう。いつ命を落としても不思議ではない、現在二十八歳ながらそんな人生を歩んできた。しかしいくら精神が強くとも身体を壊したとなれば話は別だ。栄養失調による頭痛や目眩、立ち眩みは日常茶飯事で、それに加えて恐らく内臓のどこかしらの異常による吐血と血便まで始まった。仕事と仕事の間に仮眠したら寝ながら鼻血を出して呼吸困難になり死にかけた程である。足腰だって勿論ボロボロだ。病院に行く金なんかもある訳がない。そして、働く事が出来なくなったのなら、借金を返すあてがなくなる。そうなれば借金取りの怖いお兄さん達から追われる漫画的展開で待ち受けているだろうし、おじさん達に混じってブルーシートでその日暮らしの惨めな生活をするのもごめんこうむる。その道を選ぶのなら死んだ方がマシだ。というより、死ぬより他に道がないのである。詰んでいる。附都基家に生まれた時点で詰んでいた。そうじゃないとしたら、どういうルートを辿ればこの結末に至らずに済んだのだろうか。俺なりに出来る事は全部やってきたはずなのだ。全く信じちゃいないが、神様とかいうモノが存在するのなら教えて欲しい。宝くじで一等でも当てたら良かったか?この不幸体質ではあまりにも荒唐無稽なように思えるが。

そうして、この狂った人生に終止符を打とうと現在に至るのである。パトラッシュ、俺はもう疲れたよ。犬を飼った経験は残念ながらないのだが。高校時代に野良猫を拾ってきて飼おうとした事はあるが、その日に俺の貴重なバイト貯金が入ったお魚型貯金箱を咥えて逃げやがった。それ以来猫は嫌いだ。

常々何かに縛られてきた俺は、せめて死に方ぐらいは自分で選ばせてくれと思い、飛び降り自殺を謀る事にした。何故飛び降りなのかと言うと、飛んでみたかったからだ、空を。I can fly.実際には飛行ではなく落下だろう、I can fall.に訂正せよという突っ込みは拒否する。

これは俺という人間を自分の意思で殺そうというのだから立派な殺人である。計画的犯行と言っても過言ではない。これまでの事を思い返すと計画的犯行というよりかは予定調和な気もするが。誰が予定したんだよ、おい。

ここは、自殺の名所で有名らしいとある海の見える岬だ。既に夜中の零時を回っている為、辺りは暗い。海には反射された月が光っている。今宵は満月だ。本来ならここから眺めると美しく映るであろう水面が何だか恐ろしく感じる。暗くてよく見えないが、足元にはここで亡くなったと思われる方々への花が供えられていた。誰かが俺にも一輪の花を手向けてくれるだろうか。

思い残す事はない。はずがない。あるに決まっている、山程。贅沢は言わない。人並みに生きたかった。普通に学生生活を謳歌したかった。普通に社会人になって仕事がしたかった。普通に美味しいものを食べたかった。普通に友達と遊びたかった。普通に彼女が欲しかった。普通にペットを飼いたかった。普通に兄妹と喧嘩がしたかった。普通に親に愛されたかった。しかし、それは叶わなかった。叶わなかったのなら、仕方ない。受け入れるしかない。受け入れて死ぬしかない。それが運命なのだから。

前世の俺はよっぽどの大罪人だったのだろうとよく思う。でなければここまでの不幸は説明がつかないからだ。前世の罪を現世に繰越す措置があるとするのなら、今すぐそのシステムを撤廃してくれ、閻魔様。今を生きる俺は何も悪い事をしていないじゃないか。仮にそのくそったれな前世の俺のせいでこうなっているのなら、もう罪は償えたのだろうか。来世では少しでもマシな人生を歩めるだろうか。最早人に生まれなくてもいい、他の生き物でも何でもいいから、ほんの少しの幸運が欲しい。心よりそれを願う。

長々と未練がましい語りも済ませたし、体調も悪くなってきたので、ここいらでこの世から去ろうと思う。

グッバイ現世。最高に楽しくなかったぜ。

俺は、最期の一歩を踏み出した。が、滑った。何かに滑った。地面は暗くて見えていなかった。それよりも本来、海に向かってフライしているはずなのだが、しかしてどうだ、俺の顔面は夜空を向いている。だから、何で滑ったのかわからない。いや…………この感触を俺は知っている。アンラッキー体質の俺は何度もこれを踏んだ事がある。踏んだ事により大怪我をした事がある。身体が憶えている。これは…………。

「バナナ……」

踏み出す進行方向とは逆に、バナナの皮に滑った事で俺は飛び降りによる俺を殺す計画に失敗し、滑った先にあった岩石に後頭部を思い切り打ち付け、不幸な事故として命を失った。

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