9.冒険者ギルド
常時身体能力超向上を習得したマクベインはリンクブルグに向かった。
大魔導師になるために、まずは冒険者として名を馳せるのだ。
そしてその過程で、自らが開発した魔法、常時身体能力超向上の有用性を世の中に広めるのだ。
マクベインは今後の展開を想像し、ニヤリと唇を歪めて笑った。
『一体何なんだあの魔法は!』
『自らを強化する魔法なんて聞いた事がない』
『無属性の魔力に使い道があっただって? こりゃ世紀の大発見だぞ!』
これから巻き起こるであろう称賛の嵐を夢想する。マクベインの口からククッと堪えきれない笑いが漏れた。
リンクブルグに到着したマクベインは、そのまま真っ直ぐに冒険者ギルドへ向かった。
周りと比べて一際大きく無骨な建物の屋根には、大きな木製の看板で『冒険者ギルド』と書かれている。
人の出入りが激しいためか開け放たれたままの門扉を通り抜け、建物の中へ足を踏み入れる。
マクベインがギルド内に入ると、詮索するような不躾な視線が其処此処から飛んできた。
冒険者という仕事は、その性質上荒くれ者や訳有りの者が多い。
ここで睨み返しでもすれば、たちまち刃傷沙汰に発展するだろう。
マクベインが視線だけを動かしてサッと周りを見ると、怪し気な仮面を付けた女や、何やら無駄に闇魔法を発動させ、右眼を手で覆っている奇妙な者もいる。
「……やはり、関わらないのが一番だな」
誰にも聞こえないようにボソリと呟くと、マクベインは足早にギルドの受付へと向かった。
「ようこそ、リンクブルグ冒険者ギルドへ!本日はどの様な御用件でしょうか」
マクベインと同年齢程度の受付嬢が、ニコリと愛想のいい笑顔を浮かべながらマクベインへと話しかける。
「冒険者として登録がしたい」
「かしこまりました。冒険者登録ですね。それではこちらの用紙に必要事項を御記入ください。字が書けない場合は、有料で代筆もできますが如何なさいますか?」
受付嬢が登録用紙を差し出しながら問いかけてくる。
「いや、大丈夫だ、問題ない」
マクベインは受付嬢から用紙を受け取ると、サラサラと慣れた様子で必要事項を埋めていった。
その様子を見て、冒険者ギルドの受付嬢ーーサーラは頬を赤く染めていた。
ギルドを訪れる冒険者には教養のある者が少なく、読み書きが出来ない者がざらにいる。
というのも、ある程度の教養を身につけた力のある者は、冒険者などという不安定な職種を選ばず、収入の安定した衛士、あるいは兵士等になるのが一般的だからだ。
その為、冒険者には粗野な者が多く、品のある落ち着いた人間など、ここには滅多にこない。
高ランクの冒険者であれば、ある程度の教養や品性を持ち合わせた者もいるが、大多数は荒くれ者である。
そんな中、品のある顔立ちで教養もあり、言葉遣いも悪くないマクベインにサーラが心惹かれてしまうのも無理のない話だった。
真剣に用紙に向き合う彼の大きな手は、ゴツゴツとして男らしく、熟練の剣士を思わせる。
サーラは、目の前の男の血管の浮き出た手をうっとりと見つめ、次にその逞しい身体へと視線を移した。
思った通り、体全体にも無駄な肉は無く、よく鍛えられた筋肉が隠されているのが服の上からでも見て取れた。
腰に下げられた鉄剣は、あまり質の良い物では無さそうだが、持ち手を見ればよく使い込まれている。
サーラの瞳には、マクベインは上級、あるいは最上級の剣技さえ扱えるのではないかと思える程の熟達した剣士に映った。
実にサーラ好みである。
「できたぞ、確認してくれ」
マクベインの言葉にハッと我に返ったサーラは、少し熱くなった顔を手でパタパタと仰ぎながら用紙を受け取った。
「では、確認させて頂きますね」
言いながらサーラは、受け取った用紙にざっと目を通した。
「名前は……マクベイン様、年齢は十八歳ですね」
ーーやった、私と同じ歳だ。
彼との共通点に少しの喜びを感じながら、サーラはマクベインという名を忘れないよう心に刻む。
「御職業は……魔導士、ですか……」
はて、とサーラは首を傾げた。
目の前の青年はどこからどう見ても剣士の風貌だ。
確かに、魔導士が一人旅をする際は、敵に近づかれた時に備えてナイフやショートソード等を予備武器として装備する事がある。
新人の魔導士によくある事だが、長々しい詠唱をしないと魔法が放てないくせに、自らの力を過信して依頼を受け、詠唱の間に接敵されて御臨終というのは実際によくある話だ。
その為、経験を積んだ魔導士が刃物を携帯していること自体はおかしいことではない。
しかし、彼の腰から下げられたロングソードはどう見てもメインウエポンである。
「あの……念のため確認なんですが、御職業は魔導士…でお間違いないですか?」
「間違いない」
間違いないらしい。
元剣士で魔法も扱えるということかしら?
「魔法も剣も扱える方は「魔法剣士」という職業もございますが、こちらの方が需要も多く、多数の依頼を取り揃えてーーー」
「魔導士だ」
サーラの説明を遮り、マクベインが言い切る。
「そ……そうですか。では、属性を確認しますのでこちらの水晶に魔力を流してください。水晶の儀がお済みでない方は判定ができないのですが、既に水晶の儀はお済みですね?」
「ああ……問題ない」
マクベインが水晶に手をかざし、魔力を流し込む。だが、マクベインの魔力を受けても水晶は一向に光る様子がない。
「あ……あのぉ……魔力を……」
「無い」
「……………え?」
「私には属性が無い、無属性だ」
「……………は?」
マクベインの言葉に、サーラはポカンと口を開けたまま反応ができなくなった。
一体彼は何を言っているのだろうか、正直意味がわからない。
「あっあのぉ……マクベイン様? 無属性では魔法が扱えないと思うんですが……」
「使える」
「………え?」
「無属性だが魔法は使える。見ててくれ」
そう言うと、マクベインは腰に吊った剣を抜き放ち、サーラに背を向けて歩きだした。建物を出て行く気配を感じ取り、サーラは慌ててマクベインの後を追った。
マクベインはギルドの前に植えられた街路樹の前に立った。束の間の静寂。マクベインの口からフッと吐息が漏れた。次の瞬間、マクベインは眼前に構えた大ぶりの剣を、目にも止まらぬ速さで袈裟懸けに目の前の木へと切りつけた。
まさに一瞬の出来事だった。
音を置き去りにしたその斬撃は、マクベインの動作が終わった後にシュッという鋭い音で僅かに空気を震わせたのみで、一刀にして街路樹を両断して見せたのだ。ズシン……という木の倒れる鈍い音と衝撃でサーラはハッと我にかえった。
サーラは目の前で起こった出来事に目を大きく見開いた。
若干十八歳の青年が習得できるレベルの剣技ではない。
「こっこれは……もっもしかして最上級の……」
「魔法だ」
「……はっ? いっいや、どう見ても斬撃ですよね? しかもすごい威力の」
「凄い威力の斬撃を放つ魔法だ」
「は? …あ、なるほど。じゃあ今のは風属性上級の斬撃を放つ魔法、ウィンドスラッシュって事ですか? マクベインさんは風属性ってことなんでしょうか?」
「いや、違う。今のはウィンドスラッシュではないし、俺は風属性でもない。無属性だ」
「……あのぉ、さっきから言ってる意味がわからないんですけど、……もしかして馬鹿にしてるんですか?」
「馬鹿になどしていない、俺は真実を伝えているだけだ」
ーーダメだ、意味がわからない。
ここまで真面目に話を聞いていたサーラだったが、目の前の男が言っている意味が何一つ理解できない。
どう見ても剣士のくせに魔導士だと言い張るし、属性を尋ねれば無属性だと言うし、物凄い斬撃を放ったくせに、自信たっぷりの顔で魔法だと言い切るし……
「とっとにかく、斬撃を魔法とは認められません! 剣士としてのご登録は可能ですが、ちゃんと魔力を扱えない方には魔導士としての御登録はお断りさせていただきますっ」
「……つまり、魔力を扱えることを証明できればいいんだな?」
「そっそれはそうですけどぉ……けどあなたは無属性じゃないですか。それに、それだけの剣技をお持ちなら剣士として登録を……」
「……いや、また出直そう」
マクベインはサーラにそう言い残すと、やけに自信たっぷりの顔をして冒険者ギルドを後にするのだった。
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