5.血濡れた星の爆発
レッサーウルフ爆裂事件から三日が経ち、ぶち当たった壁を前にマクベインは思い悩んでいた。
どうやら魔力球の密度が濃すぎるあまり、マクベイン以外に身体能力超向上を使うと、膨大な魔力に肉体が耐えきれずに爆散してしまうらしい。
マクベインが高密度の魔力に耐えられるのは、魔力球がマクベイン自身の魔力で作られていること、そして、マクベインが膨大な魔力を生まれつき宿していることが理由のようだった。
では、魔力量を減らして固めてみてはどうかと試したが、どうやら一定量が集まらなければ魔力球のような塊を作り出すことができず、これも失敗に終わっていた。
マクベインと他の者では元々の器が違い過ぎるのだ。小さな器に過ぎた魔力を注いだところで溢れてしまうのは自明の理とも言えた。
この世界にマクベインと比肩する魔力量の持ち主は……おそらくいない。
つまり、マクベイン以外に身体能力超向上を使える人間はいないということになる。
魔力球を生み出した興奮から一転し、マクベインの心は荒れていた。
「クソッ、なんて事だ! まさか圧縮した魔力が膨大すぎて肉体の方が耐えきれないなんて……」
マクベインは腹立たしげにその場で足を踏み鳴らすと、洞穴の中を犬のようにぐるぐると歩いて回った。
「これじゃあ仮に身体能力超向上をパーティ内で使ったとしても、仲間が爆死してしまう……………爆死? 爆死……する? これだ!」
頭の中に舞い降りてきた名案に、マクベインは両手を天に突き上げ歓喜の声をあげた。
魔力球を体内に取り入れた相手は爆死する。
ならば、それを攻撃魔法として利用すればいいではないか!
マクベインは自分の閃きと才能に打ち震えた。
「まさか、身体能力超向上の正体が爆裂魔法だったなんて……そうだ。これこそが無属性魔法の正しい使い方だったんだ!」
ああでもないこうでもないと考え抜いた末、マクベインはこの魔法に『血濡れた星の爆発』と名付けた。
早速、新魔法『血濡れた星の爆発』の威力を調べなければならない。
魔法には下級・中級・上級・最上級・魔級・神級があり、通常の爆裂魔法は火属性の最上級魔法に当たる。
最上級魔法には総じて、魔力を圧縮し、密度を高める高等技術が要求される。
その技術は、本来であれば才能ある魔術師が長く厳しい研鑽の果てに辿り着く領域だが、マクベインは若干十五歳にしてあっさりと習得してしまったことになる。
マクベインは腕組みをしてムムムと考え込んだ。
爆裂魔法であれば、レッサーウルフなど一撃で屠ることができるだろう。
しかし、それでは実験の物差しとしてはあまりにも弱過ぎる。
「どこかに強力な魔物はいないものか…… そうだ!」
マクベインは寝ぐらである洞穴に駆け戻ると、ここに来て以来すっかり放置してあった麻袋の中に腕を突っ込んだ。奥から地図を取り出して、その場で勢い良く広げる。
ここから山を二つ超えた先に、目的に則した魔物が居たはずだ。そう。名前は確か………
鋼鉄鎧蜥蜴
全身を鋼鉄と同等の強度がある硬い鱗に覆われており、生半可な物理攻撃ではダメージを与える事はできない。
獰猛な性格で食性は肉食、成体であれば全長八メートルにもなる巨体の持ち主で、ベテランの冒険者パーティーが複数で討伐に当たる程の強力な魔物だ。
「……こいつなら丁度いい。身体能力超向上を使えば小一時間で生息域に辿り着ける。鋼鉄鎧蜥蜴に相当のダメージを与えられるようなら、血濡れた星の爆発は最上級魔法に相当する威力だと証明できる」
これから起こる事への期待で、マクベインの口許が緩く弧を描き、妖しい笑みを浮かべた。
ーー楽しみだ。
この実験が上手くいった暁には、マクベインの名が歴史に刻まれることになるのは間違いないだろう。
……山深い地にひっそりと存在する洞穴の中で、男の高笑いの声が響いた。
マクベインは身体能力超向上を使い、山々を超え、鋼鉄鎧蜥蜴の生息域に辿り着いた。
聴覚を最大限まで研ぎ澄ませる。
木々が風に揺れ、葉が騒めく音、鳥の羽ばたき、虫の声、動物の息遣い……
ガチガチと硬いものが連続で擦り合わさる様な音……捉えた!
マクベインは、それらしき音の方へと全速力で走り出した。周りの景色を置き去りにし、目標に向かって矢のように一直線に走り抜ける。
視線の先に、鈍い鋼鉄の光を捉えた。
木立のなか、鬱蒼と生い茂る青葉の隙間を縫うように陽光が差し込み、鋼鉄の巨体を不気味に照らしている。
巨体は、のそのそと木々の合間を這い回り、たまにチロチロと紫色の舌を覗かせながら獲物を探し歩いているようだった。
間違いない。鋼鉄鎧蜥蜴だ。
マクベインは、勢いそのままに目標に向かって疾駆した。同時に、左右の手に魔力を集め、高密度魔力球を二つ作り出す。
マクベインの殺気に反応したアイアンシェルリザードがこちらを振り返った。
突然現れた敵の姿に驚き、一瞬固まってしまった鋼鉄鎧蜥蜴の口元に狙いを定め、マクベインは右手に持った魔力球を力の限り投げつけた。
「いっけえええええええええっ……………あれっ?」
魔力球はマクベインの手から離れた瞬間、瞬く間に霧散して消えた。
どうやら、投げられた勢いに耐え切れず、空中で元の魔力に戻ってしまったようだ。
次にマクベインは、そろそろと魔物に近寄ると、左手に持った魔力球が霧散しないよう、優しく丁寧に魔物の眼前に転がしてみた。
食べない。
当然だ。
眼前の敵が放った怪しい塊を、戦闘中に食う馬鹿なんているわけがない。
「グオォォォオオオオオオ」
マクベインの奇怪な行動を警戒して様子を見ていた鋼鉄鎧蜥蜴だったが、それが何の意味も無かったことを理解すると、怒りを露わにして襲いかかってきた。
「グッ、一旦退却だな」
相手は強敵だ、まともにやり合うこともない。マクベインは脱兎の如く退却し、次の実験に向けて作戦を練るのだった。
マクベインは人里に下りた。
拠点とする山から最も近い街ーーリンクブルグだ。
街の規模としては中規模だが、山々を越えてきた行商人が往き交い、活気がある。流通の中間地点となっている為、品揃えもいい。
マクベインは保存の効く食糧を買い込むと、目的の場所へと向かった。
大通りに面した出入口から程近い場所にその店ーー様々なマジックアイテムを取り扱うアイテムショップはある。
杖と水晶玉が描かれた大きな看板を横目に扉を開けると、ドアベルの音と共に、「いらっしゃいませ」と品のある声がいそいそと歩み寄ってきた。
店内には、植物か、あるいは果実を煮詰めたような独特の香りが漂う。不快ではないが、嗅いだことのない匂いに何となくソワソワする。
書棚に隙間なく収められた本は、魔法に関する物が多い。陳列棚に並ぶ指輪や耳飾りなどの装飾品はもちろん、一見するとただの石や植物にも驚くような値段が貼り出してある。
もう少し店内を見て回りたい気持ちを押し殺して、マクベインはローブを着た女性店員に向かい目的の物を告げた。
「認識阻害か、不可視化の効果が付与されたマジックアイテムを見せてくれ」
女性店員はにっこりと頷くと、棚にある商品の中から一つのマジックアイテムを手に取り、マクベインの前に置いた。
「残念ながら、不可視化のアイテムは非常に貴重な為、現在当店には在庫がございません。認識阻害のアイテムであれば、こちらのローブがございますが如何でしょうか?」
マクベインは無表情のまま一つ肯くと、そのローブを手に取り店員に向かって掲げた。
「いくらだ?」
「金貨50枚になります」
店員が愛想良く答える。マクベインは眉間に皺を寄せた。
「……高いな」
「認識阻害の効果は非常に人気なので」
「………、そうか…」
マクベインは考える。金貨50枚といえば一般市民が稼ぐ一年分の金額に相当する。
払えないことはないが、手持ちの金のほぼ全てを使う事になってしまう。
しかし、目的を達成する為には是が非でも欲しい。
この機を逃せば直ぐに売れてしまうかもしれない。
逡巡は一瞬、マクベインは腰に下げた袋から金貨を取り出すと、ローブを手に店を後にした。
次にマクベインは冒険者ギルドの門扉をくぐった。
リンクブルグに着いてすぐ、マクベインはギルドにある依頼をしていた。
目的の人物は建物に入ってきたマクベインを見るなり、嫌味のない笑みを向けて手をひらひらと揺らして招いた。
「あんたがマクベインだな?」
男が蓄えた顎髭をさする。確認するというよりも、確信を持った口ぶりだった。
「ああ、そうだ」
マクベインは男の姿を確認する。弓を背負い、獣の皮でできた上着は年季が入っている。隙のない男の佇まい。狩人だ。自分の欲しい情報とは相性がいい。
マクベインは銀貨を一枚取り出し、男に差し出した。
「ありがとよ、なんでも聞いてくれ」
男はご機嫌な様子で銀貨を懐にしまう。
「……魔物に気付かれずに近寄る方法を教えてくれ」
切り出すと、男は眉をヒョイと上げた。
「まぁ、狙う魔物や使えるアイテム、魔法なんかによって変わるな。魔物の特徴やあんたの魔法や特殊技能は?」
「魔物は鋼鉄鎧蜥蜴。アイテムは認識阻害のローブを持っている。隠密行動に使える魔法や特殊技能はない」
マクベインの言葉に男は驚いたように瞬きした。
「おいおい、鋼鉄鎧蜥蜴といえば中々の大物だぜ。他に仲間は? 単独でか? 何の為に?」
マクベインはフンと鼻を鳴らすと、憮然とした表情で「大魔導師になる為だ」と最後の質問にだけ答えた。
一瞬呆気にとられた様子の男は、すぐに愉快そうに両手を叩くと、「そりゃあいい」と笑った。
「はっはっは、でっけえ夢だ、悪くねぇ」
言いながら男がニヤリと笑う。
「私の事はいい、それよりも早く最初の質問に答えろ」
「そうカッカすんなよ。……そうだな。魔法も特殊技能もねぇ、しかし認識阻害のアイテムがあるなら、とっておきの方法がある」
勿体ぶるような男の口調に苛々しつつ、「それは?」と先を促す。
「全身に糞塗るんだよ。糞を」
「………糞?」
聞き間違いかと思って問い返すが、男は大きく頷いて続けた。
「そうさ、それも対象の魔物と同じやつを。とびっきりクセーのを身体の隅々までな」
聞いているマクベインの眉間の縦皺が次第に深くなっていくのを見た男が、焦ったように胸の前で手を振った。
「おおっと、からかってやいないぜ。狩人でも新人がよくやる技だ。マジだぜ」
「………わかった」
マクベインは『糞か……』と呟きながら足早にギルドを退散した。
次の戦いは、今までで最も強い覚悟を持って臨まなければならないことは明らかだった。
ブクマ、ポイントありがとうございます。大変励みになっております。