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3.無属性魔法



 人里離れた山の奥……そのさらに奥にある洞穴に、一人の男は住んでいた。

 寝起きさえできればそこは住処なのだと言ってしまえばそれまでだが、男の住まうその洞穴は、中で火をおこせば身体ごと(いぶ)され、寝ている間に全身を虫に噛まれ、人よりも蝙蝠(こうもり)の方が幅をきかせているような、快適とは程遠く、どうあがいても家とは呼べないような場所だった。

 だが、そんなことはこの男、マクベインにとっては些末なことでしかない。

 人を招くわけでもない。一人で暮らすのに、雨露を凌げればそれで良い。

 家から持ち出した調度品や貴金属を街で売り払い、当面の生活に必要な物資と食糧は買い込んである。


 自分はここで、無属性について研究していければそれでいいのだ。


 ーー本来、『無属性』という属性はない。

 この世に生きる全ての生き物は、大なり小なり『地・水・火・風・光・闇・治癒』のいずれかの属性を体に宿している。

 魔力はそれのみでは意味を成さず、魔力に属性を付与し、火や水に変換させる事によって、この世に干渉する事ができるのだ。

 つまり、属性の付与されない魔力では、この世の何物にも干渉できないということになる。


 しかし、本当にそうなのか? 無属性にも生きる道はあるのではないか? そうとも。必ず何かあるはずだ。


 マクベインは洞穴から一歩外に出ると、視線の先にそびえ立つ立派な巨木を見据えた。そしておもむろに、己の内に宿る魔力を手の平に集める。これを飛ばせば、火属性持ちならば火球ファイヤーボールになる。

 さらに全神経を集中し、手の平に膨大な魔力を集める。本来なら上級魔法を放てる程の魔力。

 マクベインはフッと鼻先で笑った。自分の才能が怖い。

 物々しい雰囲気を感じ取った鳥たちが、バサバサッと巨木の枝から逃げるように飛び立った。


  「ハアアアァァァァァァッッ!!」


 雄々しい叫び声と共にマクベインの手から勢い良く放たれた魔力球は、凄まじい勢いで巨木に向かって飛んでいき、そして衝突した。


 何も起こらない。


 いや、一応魔力を飛ばすことはできた。当てる事も。しかし、何も起こらない。葉っぱの一枚、木の実一つさえ木から落ちることはなかった。

 それは何故か。答えは簡単、無属性だからだ。

 これならば、石を投げた方がマシだ。

 だがこれは想定内だ。落ち込んでなどいない。大丈夫だ。平常心。


 マクベインは淡々と続けた。自身の全魔力を放出したり、周囲に魔力を張りめぐらせてみたり、魔力を手に集めたり足に集めたりと、ありとあらゆる方法を試したが、この日の研究では何も成果は得られなかった。


 朝日が昇り、そして山の向こうへ日が沈むまで、毎日毎日、来る日も来る日も一日も欠かすことなく、マクベインの無属性魔法の研究は続けられた。

 そうした、たゆまぬ努力の結果……やはりこれといった成果は得られないのだった。





※※※





 マクベインが山籠りを始めてから三ヵ月の月日が経った。 

 心なしかゲッソリとしたマクベインは、この日も切なく鳴る腹を押さえながら、めげることなく早朝から無属性魔法の研究を続けていた。

 まるで雲を掴むような研究は未だに進展といえる進展もなく、相次ぐ空振りにマクベインの焦燥はピークに達していた。

 切り株のテーブルの上に、散々読み返した焼け焦げた本を開く。

 読み解けた内容は全て頭に入っていても、この状況を打開するようなヒントがないか、何か見落としている内容はないかと、繰り返しページを捲る。

 視界がふいにグラリと揺れた。気のせいかと思ったが、違う。自分の頭の中が、まるで船の上にいるようにゆらゆらする。

 軽く頭を振って再びページに視線を落とすと、今度は目が霞んでくる。なんだ?と思っているうちに、手先がカタカタと細かく震え出して、マクベインはようやく自分の身にただならぬ事態が起きていることに気がついた。

 グーッと腹が引き絞られるように痛んで、強烈な空腹感を自覚する。

 そういえば、もう何日も何も食べていない。研究に没頭するあまり、マクベインはこの瞬間まで自分が空腹であることも忘れていた。

 …なんでも良い。何か腹に入れるものを摂ろうと立ちあがりかけて、ぐらりと足元が揺れる。

 咄嗟にどこかに摑まろうとしたものの、前にも後ろにも支えるものはない。あっ…と思った時には、マクベインは俯せにドッと倒れ込んでいた。切り株の端に顎がぶつかり、ゴッという衝撃が脳天に響く。

 …腹も顎もズキズキと痛んで動けない。というより、空腹と疲労のせいか手足に力が入らず、指先一本すら動かせない。…その上だんだんと気が遠くなってくる。


 こ、こんなところで、腹が減って、死ぬのか……私は…


 山奥で助けを呼ぶこともできず、地面に這いつくばりながら死にかけている自分が猛烈に情けなくなる。

 悔しさと情けなさが絡まって、涙まで滲んできた。

 目をぎゅっと閉じると、風に揺れる草木の音と、鳥の囀りが聞こえた。パタパタッという鳥の羽ばたきの後、冷たい風がスゥッと首筋をすり抜けて、手元にバサッと何かが落ちてくる。

 風に乗ってくる、僅かに鼻をつく焦げ臭い匂い。読み解けた内容まで全て暗記した本。無属性の自分自身を素直に受け入れることができたのはこの本の存在があったから…無属性魔法の可能性を自分に与えてくれたから……

 

 「属性魔力付与エンチャント……」


 ため息のような呼吸と共に、震える声がこぼれ落ちた。

思わず口から出た自らの言葉に,フッと自嘲の息が漏れる。

 無属性の自分が属性魔力付与(エンチャント)を唱えても何の意味もない。この三ヶ月の間に、そんな事は身に染みて理解していた。

 それでも、死が現実的な場所にある今、未練がましくも魔法を試みたのはーーー


 最後は魔道士として終わりたい。


 そんな気持ちが心のどこかにあったのかもしれない。マクベインはジリジリと迫ってくる死の気配に、細く息をついて目を閉じた。


 ……目覚めたのは、閉じたまぶた越しに、やわらかな光を感じたからだ。

 顔にあたる眩しさに、重たい瞼をこじ開けられる。焦点の合わない目を動かして見上げると、そこには淡く光を発する見慣れた本があった。


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