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1.水晶の儀



※※※




 街は、この日行われる収穫祭の準備で浮き足立っていた。

 今年は例年になく農作物の出来が良く、他国への輸出で潤う首都マーリンの城下町では、それに乗じて収穫祭の余興も派手に催されることになる。

 家畜を追い回したり、あるいはそれに騎乗したりといった賑やかしや、観衆の笑いを誘うような寸劇。吟遊詩人のかき鳴らす竪琴の音色に、人々はしばし日々の苦労を忘れた。

 そして、収穫祭の余興の中で毎年一番の盛り上がりを見せるのは、その年に数えで一五歳を迎える少年・少女らを集めて行われる、『 水晶の儀 』ーー魔法の属性を解放する儀式ーーだ。


 ……人には、大なり小なり「魔力」がある。魔力には属性があり、地・水・火・風・光・闇・治癒の七属性に別れているが、どんな人間でも、産まれた時は皆一様に魔力に属性がない。

 魔力はそれのみでは意味を成さず、魔力に属性を付与し、火や水に変換させる事によってはじめてこの世に干渉する事ができる。

 何故人は生まれながらにして属性を持たないのか……一説には、母親の胎内で誤って魔法を発動して母体を傷つけてしまうことがないように……などという俗説もあったが、未だ明確な理由は判明していない。

 中には『水晶の儀』を受ける前に属性が解放されてしまう稀有な子供もいたが、そういった子供は大抵、肉体側が魔法を御しきれずに暴走して不幸な末路を辿ることが多かった。


 ーー『水晶の儀』は、齢十五を迎え、心身が十分に成長したと認められた少年少女達が、晴れて成人を祝う場でもあった。


 マクベイン・セイス・マーリンは、代々優秀な魔導士を輩出することで有名な貴族、名門マーリン家の未子として生まれた。

 この世に生を受けた瞬間から、その身の内に膨大な魔力を宿していたマクベインは、毎年行われる魔力量を量るテストでも毎回、計量不能となり周囲を圧倒した。

 "初代大魔導士マーリンーー存在自体が伝説とされ、その勲功にあやかって首都の名にもされた人物ーーの再来"とまで噂されたマクベインは、一族のみならず、この地で彼の名を知る者……そのほとんどから大きな期待を寄せられていた。

 そしてこの年、マクベインは齢十五を迎え、例外なくこの『水晶の儀』を受けることになっている。

 この日行われる『水晶の儀』において、七つの属性のうちどの属性が解放されても、あるいは複数の属性が解放されても、"歴史にその名を残す大魔導士になることは間違いないだろう"と、マーリン家……いや、この街に住まう人々、そしてマクベイン自身もそれを確信していた。



 

 ※※※




 寸分の違いもなく左右対称の庭園。広大な庭の中央に据えられた石造りの噴水。美しく整えられたトピアリーが並ぶ歩道を抜けると、その景観を崩さない白壁の荘厳な邸宅が現れる。邸宅の壁を伝う蔓植物は、その細部まで計算され尽くした配置で美しく整えられ、緑のレースとなって風に揺れる。

 石造りのアプローチの先、両開きの玄関扉を開けると、華美を極めた豪奢なエントランスが眼前に広がる。

 邸宅内には、世界中から集められた調度品の数々がその威光を示すように至る所に配置され、ここに訪れる者をただただ圧倒する。

 ……そんなマーリン邸の奥。その更に奥まった場所に、息を潜めるようにひっそりとその部屋はあった。


 「……マクベイン様、準備が整いました」


 先代の頃からマーリン家に仕える執事ーーセバスは、部屋の主人であるマクベインの私室を控えめにノックすると、給仕ワゴンと共に扉の脇に立ち、了承の返事を待った。

 部屋の中で人が動く気配はあるものの、瞬き三つ分を待っても中からはなんの反応もない。

 幼少期からマクベインのことを知っているセバスの脳裏を、彼の持つ"悪癖"のことが一抹の不安と共によぎった。

 セバスは小さく咳払いをすると、礼儀として、そして「入りますよ」の意味も込め、もう一度、今度は先ほどよりも強めにノックし、ゆっくりと扉を開けた。

 

「………属性とは……つまり……いや…魔力……」


 扉を開けてすぐに耳に入ってきた声。……自分の不安が的中したことを悟って、セバスは思わず溜息をつきそうになった。

 薄暗い部屋は足の踏み場もないほど書物が散乱し、床だけではなくベッドや棚の上まで本で埋め尽くされている。

 チラリと視線を部屋の隅へやると、セバスからしてみれば触れることすら恐れ多い値打ちのある家具や調度品が、ホコリと共に追いやられ、ぎゅうぎゅうと一纏めにされている。

 ……そんな部屋の中央に、目当ての人物、充血した目で重そうな書物を抱えながら読み漁るマクベインの姿があった。


 「………マクベイン様」


 声を掛けても、マクベインがセバスの声に気付く様子はない。二度、三度と少しずつ声を大きくして名前を呼んでみるものの、マクベインの視線は手にしている書物から一切動かない。

 ……多少乱暴だが仕方がない。セバスは床に散らばる本を踏みつけないようマクベインに近づくと「失礼します」と淡々と声をかけ、マクベインの両肩に手をかけた。前後に揺さぶりながら大きく息を吸う。


「マクベイン・セイス・マーリン様!!」


 耳許で吠えるように名前を呼ぶと、やっとセバスの存在に気が付いたマクベインが、大きなクマを携えた顔をぼんやりとこちらに向けた。

 太陽の光を集めたような金髪に、サファイヤを溶かしたような青色の瞳。その切れ長の目に見つめられて頬を染めない女性はいないと言われるほど整った面立ちだが、今やその艶やかな髪は連日の徹夜によってトウモロコシの毛のようにボサつき、サファイヤの瞳は充血している。


「………なんだ、セバスか、用があるならノックでもしてくれれば良かったのに」


 ため息まじりに言われ、セバスは肩を落とした。


「何度もお声掛けいたしましたが、気付かれないご様子でしたので勝手ながら入らせていただきました」


 嫌味で言ったつもりはなかったが、マクベインは少々ばつの悪そうな顔で俯いた。


「そうか、すまない、興味深い研究資料を見つけたので……少しばかり考察をしていたんだ」


 ……これがマクベインの悪癖だった。

 あらゆる才能と容姿に恵まれて生まれたマクベインだったが、その狂気とも言える魔法への探究心のせいか、度々眠ることすら忘れてしまう。

 別に、それ自体は悪いことではない。

 魔導士の一族に生まれ育った者として、魔法の研究を行うことは扱い方を知る上でもとても重要だからだ。ただ、マクベインの魔法研究に対するひたむきさは……なんというか、誰の目から見ても度を越していた。


 マクベインが本をパタリと閉じてフーッと息をつく。


「ああ、そういえば明日は水晶の儀だったな、今日はもう寝ることにするよ」


 セバスは思わず頭を抱えたくなった。呆れると同時にため息が出る。


「……マクベイン様、恐れながら申し上げますと、本日が水晶の儀でございます」

「……なに?」


 セバスは今にも雪崩を起こしそうな書物の山を掻き分け、部屋に唯一ある大窓の前に行くと、勢いよく天鵞絨(ビロード)のカーテンを開けた。窓から突き刺すように差し込む朝日に、セバスは思わずクッと目を細めた。


「……す、すまない、セバス。……眠気覚ましのコーヒーを一杯淹れてくれないか」


「……かしこまりました」



 姿見の前でわたわたと慌ただしく身支度を整えるマクベインの後ろ姿を眺めながら、手際よくコーヒーの支度をする。

 ほんの数年前までは今よりもっと細く、背も低く、後ろ姿だけを見ればまるで少女のようにも見えたマクベインだったが、成長期を迎えて一気に背が伸びた。子供の成長は早いとしみじみ思う。

 セバスはマクベインがまだ幼かった頃のことをぼんやりと思い出す。


『ーーーセバス、セバスの属性は何だ?』


 美しい花の咲き誇る庭園を、マクベインの小さな手を握り歩いている時だった。青い瞳がまっすぐに自分を見上げていた。


『……私…ですか? 私の属性は水でございますよ』


 答えると、幼いマクベインは愛くるしい笑顔でニッコリと笑い『水か、水もいいな』と嬉しそうにしていた。

 マクベインにせがまれて水属性魔法を披露したことも一度や二度ではない。セバスの使える魔法は些細なものばかりだったが、どんな魔法を前にしてもマクベインの見つめてくる瞳は真剣そのもので、興奮を隠しきれない歓声はいつもセバスをくすぐったい気持ちにさせた。

 『僕の属性は何だろうな』『早く魔法を使いたい』と何度も何度も繰り返し言っていた。

 魔導士の一族と言えど、貴族の嗜みとして剣術の指導もある。マクベインは剣術においても僅か齢五つにして指南役を凌ぐ腕前を見せたが、やはり魔法の授業に対しての熱の入れようとは比べようもなかった。


『僕は、全ての属性を扱えた「大魔導士マーリン」のようになりたい』


 それがマクベインの口癖だった。

 ……今より遥か昔に存在した、七属性全てを神級の域で扱えたと伝えられる初代大魔導士マーリン。マクベインの祖先でもあり、数々の偉業を成し遂げた歴史書にも載っている偉人だ。


 大抵の人間は、一属性に対してのみ魔法の適性があるが、ごく稀に、複数の属性に適性を持つものが産まれることがある。

 と言っても、二属性ですら確率で言えば万に一人、三属性以上扱える人間は同じ時代に五人といないと言われていて、魔力量や適性のある属性は遺伝的な要素も強い。

 後にも先にも、七属性を扱える人間は大魔導士マーリンしか存在しないと言われている。


『マクベイン様でしたら、きっとなれますよ』


 ご機嫌取りの為ではなく、セバスは心からそう思っていた。魔法に対してひたむきなこの小さな世継ぎのことを、セバスはとても気に入っていた。



「ところでマクベイン様」


 セバスが、給仕ワゴンの前でコーヒーをカップに注ぎながら声をかけた。…返事がない。

 顔を上げると、マクベインが再び手許の書物を読みはじめている。……これまでにも何度かマクベインが魔法の研究に夢中になることはあったが、それでも自分の知る限り、彼が行事や大事な式典を忘れるようなことはなかった。

 それに、あれほど待ち望んでいた『水晶の儀』の日を忘れるほどというのも気にかかる。

 …本に魅入られたように不気味な笑みまで浮かべる様は異様としか言えない。

 セバスがコーヒーを運んでも、マクベインの視線は本に貼りついたままで手をつけようとしない。

 そのままたっぷり五分ほど手許の書物を読み進めた後、マクベインはやっとすっかり冷めたコーヒーに手を伸ばした。「つめたい…」とぼやきつつ、グビグビと一気に飲み干す。落ち着いたところで再びセバスは「ところで…」と声をかけた。


「マクベイン様、本日はどのような本をお読みになっているのですか?」


 問いかけに、マクベインが目をクワッと大きく見開いた。バッとこちらを振り向き、やっとまともに視線が合う。


「ぶ、ぶじょくせいまほうについて……ゴホッ、調べでいだんだ!」


 興奮したまま喋って咽せたのか、マクベインが咳き込んだ拍子にコーヒーしぶきが飛んでくる。セバスは顔にかかった飛沫をハンカチで拭いつつ首を傾げた。


「ぶ、ぶじょくせい…とは?」


「む、無属性だ!昨日たまたま書庫の奥からこの本を見つけてな。まあ、ボロボロでほとんど読めなかったが……どうやら無属性魔法に関する研究資料らしい。無属性の可能性…いや、読み解けたのはごく一部だったがなかなか面白い内容だ……どうだセバス、無属性魔法…非常に興味深い研究テーマだとは思わないか!?」


 マクベインが分厚い本のページを開き、鼻息も荒くセバスの眼前に突きつけるように見せてくる。すべて手書きらしいその書物は、子供の落書き帳の方がまだマシというくらい汚い字で書かれていて、頁もところどころ破れ、著者名が記されていたであろう背表紙もなくなっている。それに少々、焼け焦げたような跡まである。なるほど……自分がこの本を見つけていたとしたら、間違いなく暖炉の焚き付けとして使っていただろう。よく燃えそうだ。

 

 無属性……滅多にないことだが、『水晶の儀』を受けてもどの属性も解放されない人間がごく稀にいると聞いたことがある。

 今より昔、まだ魔法技術が確立されていない時代ならいざ知らず、どんな職にも魔法が必須とされる現代において、残念ながら無属性には落ちこぼれというイメージが強い。

 そして実際、属性が多く解放されればされるほど有能と言われ、富裕層として安全で快適な都市部に住む事が多く、一属性の人間の中でも魔力が低ければ低いほど職にあぶれたり、共同住宅がひしめく犯罪の温床のような地域で、低賃金で使い捨てのようにこき使われる事が多い。

 マクベインは無属性「魔法」というが、そもそも無属性の人間に魔法は使えないのだ。

 無属性の人間がどういった一生を送るのか、なんてことにさして興味はない。そもそも自分には知りようもないが、悲惨な人生を送るであろうことは想像に難くない。


 無属性魔法について熱心に話をするマクベインは、新しいおもちゃを貰った子供のようにはしゃいでいる。…….嬉しそうなのは結構だが、自分としてはそんなことよりも今日の水晶の儀にマクベインが間に合うかどうかの方が重要だ。

 自分の世界に入り込んで考察を語り続ける男を放置して、セバスは「替えのお召し物を持って参ります」と一声かけると、足早にマクベインの服を取りに向かうのだった。






※※※


 





 「ガタン」という大きな物音に、マクベインは「ふがッ」という間抜けな声と共に反射的に顔を上げた。

 マーリン邸から、セバスの運転する四頭立ての箱馬車に乗り込み、座った瞬間からの記憶がない。ゆりかごのような心地良い揺さぶりに、ついつい寝入ってしまったらしい。外から聞こえるがやがやとした喧騒。もうそろそろ着く頃だろうか?

 マクベインは揺れる馬車の上でノソリと立ち上がると、馬車の窓から顔を出した。

 窓からはちょうど、祭りの中心部ーー水晶の儀が行われる神殿前の広場ーーに沢山の人だかりができているのが見えた。

 『水晶の儀』…この世界で成人として認められる十五歳の男女ほぼ全てが受けるこの儀式は、受けた人間のその後の人生に大きな影響を与える。


 どうやら既に儀式を終えた者もいるようで、その表情はさまざまだ。家族らしき人たちと喜び合う者、広場の隅に蹲り、悲しみに打ちひしがれる者、中にはさっそく簡単な属性魔法を披露している者もいる。あれは何の魔法だろう……火属性魔法の……できればもっと近くで見たい。気になって馬車についた小さな窓からグッと身を乗り出した瞬間、馬車の揺れで転げ落ちそうになって、マクベインは慌てて足で踏ん張った。しばらくすると、馬のいななきと共にゆったりと馬車が止まった。

 

「マクベイン様、着きましたよ」


 御者のセバスに声をかけられてハッとする。怒られる前に窓から顔を引っ込めてサッと姿勢を整えた。セバスはいつも…行儀にうるさい。

 今すぐ飛び出して行きたい気持ちを抑えて扉が開くのを腰かけて待つ。程なくしてセバスが扉を開き、マクベインは促されるまま馬車から降り立った。


「ありがとうセバス、迷惑をかけたな。帰りは歩いて帰るから迎えはいい。では行ってくる」


「…マクベイン様」


 セバスに呼び止められ、振り向く。


「お祝いの準備をしてお待ちしております。お気をつけて」


 気が早い執事の言葉に苦笑いしつつ、マクベインは人の集まる広場へ向かって足を踏み出した。


 広場の賑わいから一転し、神殿内は厳かな雰囲気に包まれていた。

 百本以上もの太い支柱からなる広大な神殿の外観は、見たものを圧倒する荘厳な雰囲気を醸し出している。

 マクベインは、雲を突くような柱廊の間をゆっくりと歩き抜けた。白を基調とした神殿内をじっくりと目で味わうように眺める。……この場所でこれまで、数々の偉大な魔導士達が産まれて世に輩出されてきたことを思うと、それだけで胸が高鳴った。

 しばらく歩くと、希少石を僅かな隙間もなく組み合わせてできた大広間へと辿り着く。薄明かりの中、広間の中央には、神の落とした涙とも呼ばれる水晶が大切に祀られている。

 腰の高さほどの台に置かれた、何の変哲もない水晶に見えるこれこそが、属性解放には欠かせない鍵の役割をしているのだ。

 少し遠くからソワソワと水晶を眺めていると、神殿の奥から白髭を蓄えたローブ姿の老紳士が足音も立てず現れた。


「それでは……マクベイン様、神の御前にお越し下さい」


 神殿の中央部にある水晶の隣から、老紳士がマクベインを招く。しわの刻まれた目と視線が合うと、老紳士はゆったりと微笑んでマクベインを水晶の前へ来るように促した。

 属性を解放する方法は一つ。

 透明な水晶の上に手を翳して魔力を送り込むと、適正のある属性の色に水晶が光り輝き、自身の身体に眠る属性が解放されるという。


「マクベイン様、御手を……」


 促され、マクベインはひとつ頷いた。確かな期待と共に滑らかな水晶の上へと右手をかざす。

 身体の内に宿る膨大な魔力が一つの集合体となって、手の平から水晶の中へと流れ込む感覚。

 そして、目も開けていられないほどの光が輝いて、視界を真っ白に染め………………ない。

 染めない? えっ? なんで……?


 水晶は冷たく沈黙したまま。光る事もなく、何色にも染まらない。

 落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせてもう一度魔力を送り込むも、水晶は道端の小石のようになんの変化も起こさない。一拍置いて試しても、左手で試してみても、何度試しても結果は同じだった。

 何回、何十回と魔力を送り込んでも同じ、全くなんの反応も示さない水晶を前に、言葉もなくただただ呆然とする。

 なぜだ?なぜ属性が解放されない?

 なぜ、どうして……と考えている内に気づいた。気づいてしまった。

 沈黙の水晶を見下ろし立ち尽くしたまま、マクベインはやっと自分の置かれた状況を理解した。

 そう、どんなに膨大な魔力をこの身に宿していたとしても、そもそも解放する属性がなければ水晶は光らない。


 ……マクベインには属性が無かった。無属性である。


 たとえ身の内に膨大な魔力を宿していたとしても、魔力に属性を付与できなければ何の意味もない。……魔力とは、属性を持って初めてこの世界に干渉し、その意味を成すのだから。

 自分は……魔法を使えない。纏まらない思考の中でそれだけははっきりとわかった。そしてその事実にぶち当たったとき、マクベインの思考は完全に停止した。


 ……自分がいつ、神殿を出てどうやって屋敷に帰り着いたのか記憶にない。そのくらい頭の中が真っ白になっていた。

 屋敷の、一人きりの薄暗い部屋の中で途方に暮れる。どれだけ考えても、自分に属性がないと言う事実をどうすることもできない。


 これは……なんだ?悪い夢か?


 両手を頭の中に突っ込んでぐしゃぐしゃに掻き回す。部屋の中には、自分が集めた魔法に関する書物がそこかしこに転がっていて、そんな当たり前のことに腹が立つ。その浮かれた痕跡を、今は視界に入れたくなかった。

 マクベインは耐えきれずに、腹立ち紛れに机の上に置かれた魔法書を右手で薙ぎ払った。バサバサッと床に落ちる本を見ても、当然のように気分は晴れない。目に入ってくる物を、棚を蹴り上げる。荒れていく部屋の中は、そのまま自分の心の中のようだった。

 これまで自分のしてきたことは、時間の無駄だったのか?何の意味も……なかったのか?考えても考えても虚しさだけが大きくなる。

 自分の心に傲りがあったのは確かに事実だ。

 けれど自分は、才能があったからといって努力を怠ったわけではなかった。誇り高き魔導士の一族、マーリン家の名に恥じぬように、常に妥協せず、ある種の使命感を持って、魔法使いになるための努力を真摯に重ねてきたつもりだった。

 マクベインはフッと鼻先で笑った。その結果がこれだ。無属性の烙印を押されてヒステリックを爆発させる自分。

 ……物に当たり散らすなんて、最低だ。マクベインは沈んだ気持ちのまま床に散らばる本を殊更丁寧に拾い上げていった。

 その手が、一冊の本の前でピタリと止まった。



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