アリシアさんは万能です!
「ルナ先生、どちらが優勢だと思いますか?」
リングの中央にて審議を待つ間、俺はルナ先生へ質問した。
「ルース君がアリシアさんの召喚獣にダメージを負わせたことは加点されるでしょう。ただ破壊したわけではないのが辛いところです。召喚獣を退かせるのは難しい判断ですが、彼女もよく決断しましたね。ですが、その後はアリシアさんのターンが続いてしまいました。決定打はなかったとはいえ、終始優勢に進めていましたのでここはあちらに軍配が上がるでしょう。ここまでは五分と五分ですが、僅かな隙を捉えたルース君の一撃は、防がれたとはいえクリーンヒットしました。これで六対四でルース君の優勢勝ちだと思われます」
「そうですか……それなら良かったです」
こういったはっきりと決着がつかなかった勝負だと、勝敗の判断は難しい。
それは俺も一緒なので、ルナ先生の説明は十分に安心できるものだ。
「ルース君の勝ちでしょ!?」
「いや、アリシア選手の方が優勢だった!」
観客たちの意見も割れており、誰もが審議の終了を今か今かと待ち焦がれていた。
そのとき、
「大変お待たせいたしました。審議結果を発表させていただきます」
主審のアナウンスによりざわついていた会場が静まり返る。
「副審の見解は割れ、難しい判断となりましたが、勝者はアリシア選手とさせていただきます」
なっ!?
その発言を聞いた俺は愕然としてしまった。
「判断基準といたしまして、どちらが総合的に試合を支配していたか?そこが重要なポイントとなりました。局所ではルース選手が優勢ではありましたが、試合全体で判断した場合は、アリシア選手が優勢だと判断した。というわけであります」
……確かにルースは慎重だったかもしれない。
そのため攻撃において後手に回っていたのは確かだ。
だが、その慎重さがあったからこそ最後まで試合がもつれたとも言える。
最初から全力で行けば剣同士のぶつかり合いになったと思うが、ルースが距離を取った際に遠距離からの一撃で傷を負っていたかもしれない。
少し納得できない部分もあるが、納得できる裁定だった。
今は二人の健闘を称えようと思う。
「……ません」
「へっ?」
俺が手を叩こうとしたとき、ルナ先生がぼそりと呟いた。
「納得できません!いきますよ!お二方!」
「おう!」
「異議ありです!」
ドドドドドドドドド!!!
ベンチから飛び出した先生たち三人がリング上へと駆け出していく。
その背中を呆然と見送った後、
「お、俺たちも行く?」
「ああ、先生たちが暴走したら止めないとならんしな……」
「そ、それは大丈夫だと思いますが……」
「ホントに?」
「「「……」」」
サリアの疑問に誰もが自身を持って大丈夫とは言えなかった。
「俺たちもいくぞ!」
「うむ!」
「はい!」
「おけ」
「「「合点!!!」」」
クラスメイト全員で先生たちの後を追うことになった。
「クリーンヒットしたのはルース君の攻撃だけですよね!?」
「そうだそうだ!」
「それなのに判定負けとは納得いきませんね!」
「で、ですので、局地的には優勢だったというのは認めていますが、総合的には……」
「総合的にもルース君が戦況を冷静に判断していたはずです!そこをしっかりと見ることが審判というものでしょう!?」
俺たちがリング上に到着したときには、物凄い勢いで審判団に食って掛かる先生たちがいた。
「まったく……審判に逆らうとは見苦しいですよ?」
そんな先生たちにアルグランド学園のペトル教授が苦言を呈したのだが……
「「「はぁ……?」」」
「ひっ……!?」
全員に睨まれてひるんでしまい、尻もちをついた。
「先生たち、ありがとうございます。だけど僕自身は審判の方々の説明に納得できるものでした。ですのでこの結果を受け入れさせていただきます」
「ルース君……」
笑顔でそう言ったルースの言葉に一切の嘘や強がりはない。
強いですね……
ああ、俺なら全力で先生たちに乗っかると思うけどな。
……マスターはルース君を少しでいいので見習ってください。
「貴方は、強いですね。武だけではなく、心も」
ルースの言葉を聞いたアリシアが近寄ってきた。
そして手を差しだそうとしたが、
「兜を脱ぐのを忘れていました」
思い直して兜を脱いだ。
「改めまして自己紹介をさせてください。私はアリシアと申します」
兜の下には美少年と見まがうほどの美少女の姿があった。
肩ほどの短めの銀髪に鎧と同じ青い瞳。
儚げな印象が強い彼女があれほど激しい闘いを見せた召喚師だとは思えない。
「……」
「どうかされましたか?」
「い、いえ……ルースです……」
ルースも俺と同じ印象を持ったのか、あっけにとられている。
「とても勇敢な方ですね。貴方と闘えたことを光栄に思います……」
アリシアは差し出された手を両手で優しく包んだ。
「あ、ありがとうございます……」
そうしてまっすぐに見つめられたルースは真っ赤になってうつむく。
……なんて自然に人の心を掴むのだろうか。
まるでお姫様のような……
なるほど、私のようなということですね。
全然違うが?
はぁ!?
「そして貴方が……カイさんですね?」
アリシアは遠巻きに見ていた俺の方へとやってきた。
「そ、そうですが……」
「首席ということは、ルースさんよりもお強いということですね?私、とても楽しみです……」
闘う人だとは思えない。
優しく儚い笑顔を浮かべたアリシアに俺は言葉を失ってしまう。
そして誘われるように手が伸びていこうとする。
アリシアの差し出した手に。
「ちょっと待った!」
「ちょっと待ってください!」
「ちょいまち」
だが、フレアたちが俺とアリシアの間に立ちふさがったことで握手はできなかった。
「おや?貴女方は?」
「カイのクラスメイトだ!」
「友人です」
「お嫁さん」
「「サリア!?」」
「うふふ……とても楽しい方たちですね。それに、可愛らしい……お三方、お名前は?」
アリシアは楽しそうに笑いながらフレアたちに近づいていく。
「ち、近い近い!?」
「そこまで近づく必要ありますか!?」
「そこはかとなく危険な感じがする」
アリシアのあまりの距離の近さに三人は頬を染める。
「私、男性も好みますが、可愛らしい女性も好きなのです……」
「すまん!」
「ごめんなさい!」
「遠慮する」
そう言うと俺の背中の後ろに隠れてしまった。
「あら、フラれてしまいました……残念ですね……ふふふ……」
な、なんてオールラウンダーなんだ……
マスター?なぜ興奮しているのですか?
……秘密。
女の子同士っていうのも悪くないと思ってしまったとは言えなかった。