天使の衣は桃のように……
「ふぅ……」
戦いを終えた俺は選手席に戻り、木製の椅子に座ると、
「お、お疲れ様でした……」
「リーナさん、ありがとう」
リーナがぎこちない様子で声をかけてくれた。
敗者は観客席へと回るので、こちらの席には勝者である俺とリーナのみとなる。
「「……」」
その結果、気まずい空気になってしまう。
「リーナさんの試合もとてもすごくていろいろと参考になったよ」
闘技場の整理を先生方が行ってくれている間は、ただ待つしかない。
そのためなんとか空気を和まそうと、話しかけてみたのだが……
「ありがとうございます……」
会話はそこで終わってしまい、再び沈黙の気まずい空気が流れる。
うーん、何を話そうか?
あっ、そういえば聞きたいことあったな。
「リーナさんはどうしてこの学園に来たの?こう言っては失礼だけど戦闘向きじゃないよね?」
かなりデリカシーのない聞き方ですね。
私なら平手打ちの一発はお見舞いしますが?
えっ……そんなにダメ?
当たり前でしょう。
初めて話をしたというのに闘いに向いてないとか言われたら、はぁ?ってなります。
「ご、ごめん!えっと!その本当に失礼なことを聞いてしまって!悪気はないんだ!」
慌てふためきながら、謝罪をすると、
「……ふふふ、弟たちにそっくりです」
リーナは優しく微笑んでくれていた。
慈愛溢れるその微笑み、そして華奢な体の後ろには穢れなき光の翼が見える……
……リーナ様が天使だったのか。
残念ながら人間です。
そんなことないもん!
目を覚ましてください!
ガツンッ!
「いだぁぁぁ!?」
「だ、大丈夫ですか!?今何かの腕が!?」
「だ、大丈夫……うちの召喚獣が驚かせてごめんね……」
「えっ……召喚獣が殴ってくるんですか?」
「そうなんだよ。なんていうかうるさい母親みたいな感じで……」
誰が母親ですか!
そこはせめて姉でしょう!
バシバシバシバシ!
「ほげぇぇぇ!?」
鉄甲の往復ビンタは痛すぎる!
「……ぷっ」
俺が腫れた頬を押さえていると、
「あははははは!」
リーナはこらえきれなくなったように笑い始めた。
「ど、どうひゅうこと……?」
ふふふ……しっかりと空気を暖めておきましたよ?
グッと親指を立てるファーナの腕。
噓つけぇぇぇ!
「あは、あはは……ごめんなさい……召喚獣に叩かれる人なんて、面白い人だって思っちゃって……」
涙を拭うほどに笑われてしまった。
まあ、いいけどね……
「きっとカイさんとリビングメイルさんは強い絆で結ばれているんですね。だからそうやって仲良くできるんだと思います」
まっすぐな瞳が俺を見つめてくる。
なんだ、やはり天使じゃないか。
「そう言われると、なんだか照れるな……」
だが、優しい微笑みは悲しい表情へと変わっていってしまう。
「私の闘う理由は……お金の為です」
どうやら最初の質問に答えてくれているようだ。
「お金?」
「はい、私は孤児院出身なんです。でも温かい私の家で家族もいます。でもその孤児院が運営費の問題で無くなってしまうかもしれないんです。だから私は早く召喚師になって、勝ってたくさんのお金を送るんです。だから負けません!」
リーナから強い意志を向けられた。
その瞳に宿るのは信念と決意。
「……」
「あ、あの……?」
「うっ……そうか、そういう理由がなぁ……軽々しく聞いてごめん。俺は本当に無神経だった」
俺は号泣しながら、リーナに謝った。
涙もろい性格というか、感動する話に俺はとことん弱い。
「い、いえ!?その、少し驚きましたが、話を聞いてくれて私も胸が軽くなりました。だから、泣かないでください」
そう言うと、困ったように笑ってハンカチを出してくれた。
なんという優しい子なんだ……よしっ!決めたぞ!
「今回、学年1位になったら報奨金がでるじゃない?もし俺が貰えたら君の孤児院に寄付するよ」
「えっ!そんな悪いです!」
「リーナさんとの勝負がどうなるか分からないけど、そういう話を聞いたら何かしてあげたくなるんだ。でもわざと負けたりはできないから真剣勝負はさせてもらうよ?」
「もちろんです!ですが、ありがとうございます……」
「あははは、なんだか照れるな」
「よ、よろしければ、お友達になってもらえますか?」
「もちろん。改めてよろしく、カイでいいよ」
「はい!私もリーナって呼んでください!」
可愛い女の子がお友達になってくれて良かったですね。
私のおかげですよ?
……ものすごい圧を感じるんだけど。
いえ?今から闘う相手のために集中しているだけですが?
そ、それは頼もしいなぁ……
ええ、血祭りにあげて差し上げます。
そこまではしないでもらえるかなぁ!?
「準備が整いましたので試合を開始します。カイ君とリーナさんは指定の位置についてください」
「じゃ、じゃあ行こうか……」
「はい!よろしくお願いします!」
指定の位置につく。
そうして向かい合うと、リーナの顔からは先ほどまでの笑顔は消え、真剣な表情で身構えている。
「試合開始!」
ファーナを呼び出すと同時に、リーナもキリンを召喚する。
改めて正面から見ると、観客席とは迫力が段違いだ。
神々しい白い身体からは身震いするような威圧感が放たれている。
しかし俺はファーナを信じ、命令を下す。
キリンを抑えてくれ。
はい、マスター。
何ごとでもないように返事をすると、ファーナはキリンへと向かっていった。
「雷撃です!」
リーナの命令通りに角から雷撃がファーナに向かって襲いかかる。
あれ?この位置ってファーナが避けたら俺に直撃するんじゃない?
だがその心配は杞憂だった。
速度を落とすことなくファーナは手を前に差し出すと、光り輝く盾が前方の空間に現れる。
バチィッ!
雷撃は盾に接触すると、お互いに消滅した。
「そんな!?」
「すごっ!?」
驚くリーナ。
ついでに俺も驚く。
ファーナはお返しとばかりに自分の周りに光の剣を五本ほど召喚し、キリンに向けて放つ。
「神よ、守護を!」
それに冷静に対応し、防御魔法を発動させるとキリンの周りに光の障壁が現れた。
ギィン!
大きな音とともに五本の剣がぶつかった。
剣は障壁にはじかれるかと思いきや、圧し負けずに貫こうとぶつかりあったままだ。
「くぅぅぅ……!」
リーナの悲痛な声が聞こえてくる。
……なんとも硬い障壁ですね。
ファーナは立ち止まり、右手を大きく開いて圧し続けている。
そしてキリンもリーナの障壁を強化しているようだ。
角が白く輝き、内側から支えている。
「まだまだ!」
負けん!
剣と盾がぶつかり合う中、完全に忘れられているのが俺という存在。
「炎の矢」
回り込んでいた俺の魔法が彼女の横腹に直撃する。
「きゃっ!」
不意の一撃のため、抵抗力を高めていなかったリーナは最大限の効果を受けてしまったようだ。
彼女のローブに火種がつき、身体を炎が包み込んでいく。
「あっ……」
その言葉と同時にリーナの身体は地面へと倒れこみ、キリンと障壁が消え去っていく。
どうやら魔力を維持することができず、コントロールを失ったらしい。
「リーナさんの魔力消失を確認!勝者カイ君!」
「リーナ!」
俺はすぐさま火のついたローブを脱がすと、放り捨てた。
「大丈夫……っ!?」
「ええ……ありがとうございます……目の前のリビングメイルさんに気を取られて、カイさんのことを忘れていました……」
えへへ……と俺の腕の中で力なく笑った。
「とりあえず、これ……」」
だが、俺には何も答える余裕がない。
黙ったまま俺は制服の上着を脱ぎ、渡した。
「えっと……?」
訳が分からないようにこちらを見てくるリーナ。
「見えてる……」
その、まあ、なんだ、ローブの下に着ていた制服が焼け焦げて、下着がちょっとだけ見えてる……
両方、ピンク。
「えっ……?ひゃぁ!?」
そこで自分の姿を確認したリーナは上着をひったくると胸元を隠す。
「見ましたよね……?」
そして口をとがらせ、責めるように俺を見る。
「あのぉ……ごめんなさい」
恥ずかしそうに、
「えっち……」
と言ってうつむいた。
かわいい!これはかわいい!
マスター!真剣勝負に横やりを入れ、挙句の果てにはわざと火の魔法を使いましたね!?
ちがぁぁぁう!一番得意な魔法が火属性なんだよ!
それに試合だから仕方ないだろ!?
ほぉぉぉ……そぉぉぉですかぁ……
もう少しで、破れそうだったのにぃ!
言い方にものすごい不満がにじみ出ているが、勘弁していただきたい。
ルナ先生が新しいローブを持って来てくれると、リーナはそれを羽織って更衣室へと向かった。
すると、それだけで察しがついたらしい会場の男子からブーイングが飛んでくる。
「自分だけリーナちゃんのエッチな格好見やがったな!?」
「ふざけんじゃねぇ!」
「何色だったんだよ!」
へん、誰が教えるか。
野郎に嫌われてもこっちにはダメージない。
リーナの姿は俺だけの思い出として覚えておこう。
マスターは恥ずかしくないのですか?
俺だって健全な男子だ。
何も恥じることはない。
全くいつの時代も変わりませんね、男というものは。
ファーナも綺麗だし、モテたんじゃない?
……綺麗かどうかは置いておきますが、私は自分より弱い男性には興味をもちませんでしたのでよくわかりませんね。ただ不快な目で見られたのはよくありましたね。
ファーナより強い男なんてそうはいないんじゃない?
それに視線も綺麗だとか、憧れとかもあったんじゃ……
もういいです……
何が?
照れるんですよ!そんなに……綺麗とか言わないでください!
……なんで褒めたのに怒られるんだ?
そうして本日の全ての闘いが終わり、教室に戻る。
「本日は大変お疲れさまでした。大きな怪我も無く嬉しく思います。明日は決勝戦ですので、負けた人はしっかり参考にし、勝った人は頑張ってください」
「では、本日は終了となります」
「「「ありがとうございました!」」」
さて、夕食の時間までゆっくりするとしよう。
ふぁぁぁ……
気だるげな身体を動かしながら、俺は自分の部屋へと戻っていった。