お姉ちゃんです!
おじいさんはセイロウさんと言うそうで、俺たちの宿泊しているホテルの近くにある下町で食堂をしているそうだ。
「もし自由時間があれば食べにきておくれ。精一杯ご馳走させてもらうよ」
「ホントにありがとう!これからも応援してるから頑張ってね!」
「セイロウさん、シルヴィさん……ありがとうございます!」
俺は二人のまっすぐな好意が照れくさくなり、勢いよく頭を下げた。
「もっと砕けた呼び方でいいよ?ほら、お姉ちゃんでもいいんだから」
「なぜですか!?」
シルヴィさんの雰囲気は大人な女性そのままなのだが、その表情は少女のようにいたずらっぽく笑っている。
「だって、うちのおじいちゃんがカイ君のおじいちゃんに似てるんでしょ?なら私の弟みたいなものじゃない」
「なるほど、一理……」
……いや、そうはならんだろ?
「ないと思いますが!?」
「お願い!一度だけでいいからお姉ちゃんって呼んでくれない!?弟が欲しかったの!」
「ま、まあ……一度くらいなら……」
俺も一人っ子だしな。
姉という存在に憧れというものがあるのも事実だ。
「お、お、お……」
なんだかめちゃくちゃ恥ずかしいんだが!?
「おねぇちゃん……」
ぎゃぁぁぁ!?顔が熱いぃぃぃ!
この照れくささはヤバい!
「きゃぁ!かわいぃぃぃぃ!」
ぎゅぅぅぅ!
またしても俺はシルヴィさんに抱きしめられた。
「あぁ!」
「またしても!」
「不覚」
フレアたちが駆け寄ってきて、俺たちを引き離そうと声を上げる。
「シルヴィさん!離れてください!」
「そうですよ!」
「嫁入り前にハレンチなことはダメ」
サリアのツッコミは少し違う気がするのだが?
「あら?姉弟のスキンシップくらいはいいでしょう?私はカイ君のお姉ちゃんになったんだから!」
「むむぅ……!」
「そう言われてしまっては……」
「なるほど」
二人の反撃が力を失っていく中で、サリアだけが何かを思いついたようだ。
「……シルヴィお義姉ちゃん?サリアのこともギュッとしてほしいな?」
きゅん。
なんかときめいた音が聞こえた。
「サリア、貴様!」
「妹属性を遠慮なく発動しましたね!?しかもちゃんと義理のお姉ちゃん呼びで!」
「サリアちゃん!あなたも私の妹になるのね!?」
俺から離れたシルヴィさんが、サリアに向かって突撃しようとしたが、
「ほれ、いつまでもバカなこと言っておらんでさっさと帰るぞ。これ以上学生を引き留めてはいかんだろう」
セイロウさんがシルヴィさんのお腹に腕を回しこんで止めた。
「おじいちゃん!もう少しだけ!一回ぎゅってするだけだから!」
「それではみなさん、気を付けて帰ってくだされ。長いこと引き留めてすまなんだ」
「いぃぃぃやぁぁぁ!サリアちゃぁぁぁん!」
「静かにせんか!」
未だに諦めきれずに手を伸ばすシルヴィさんを、そのままズルズルと引きずるように連れて、セイロウさんたちは帰っていった。
「強烈な人だったな……」
「ああ、目に狂気を感じたぞ……」
「あのままサリアちゃんを抱きしめていたらどうなっていたのでしょうか……」
「おじいさん、サンクス」
俺たちに圧倒的な印象を植え付けていったシルヴィさんだった。
「はぁはぁ……話は終わりましたか……それでは帰りますよ……」
「ル、ルナ先生?息が荒いですが、どうしたんですか?」
「ふぅ……少しガレフ先生と言い争いになりましてね……」
そう言えばなんだか後ろで騒がしかったな。
「あははは、まあ帰りましょうか。お姉ちゃん」
きゅん。
あれ?今俺は何かえらいことをしでかした気がする。
「……」
「あっ……間違えました!ルナ先生!」
「なんという魅惑的な響き……もう一度呼んでいただけませんか?」
「そ、そんなことできませんよ!」
「そうですか……残念です……」
ルナ先生は思いっきり落ち込んでしまった。
「それでは出発しますよ……」
はぁ……ルナ先生ってときどき妙なスイッチが入るよな。
しかしそんなところが、年齢が上だというのに可愛いと思えてしまう。
あれ?そう言えばファーナが静かだな?
おーい、ファーナ?
……なんですか。
そう返事したファーナからはむすっとした態度が伝わってきた。
どうやらめちゃくちゃ不機嫌なようだ。
なんでそんなに怒ってるんだよ。
……べぇつぃにぃ?怒ってませんがぁ?
そうか。
それならいいや。
ちょ、ちょっと待ってください!?
こんなに不機嫌オーラを出しているのに引き下がるんですか!?
だって怒ってないんだろう?
ならいいじゃないか。
私は今!怒り心頭なのです!
今すぐにでもマスターに籠手ビンタを百往復したいくらいです!
よし、話を聞こう。
このまま放っておいたら俺の頬がパンパンに膨れ上がる未来が見える。
……マスターのお姉ちゃんは、私……ですよね?
なので私も、お姉ちゃんって呼んでほしいです……
そう言えばファーナも一人っ子だったな。
はぁ……また恥ずかしい思いをするのか……
わかったよ、お姉ちゃん。
あれ?なんだか自然に言葉が出たな?
なんでだろう?
むふふ……はい!私がお姉ちゃんです!
ファーナはあっという間にご機嫌になった。
そこで俺は気づく。
俺はいつの間にか自然に姉のように思っていたのかもしれない。
たまに怖いが、楽しくて優しいファーナという存在のことを。
そう思うとなんだか無性に恥ずかしくなってきたので、夜空を見上げた。
すると、満天の星空がそこにあった。
多くの出会いを経験したかけがえのない一日が、もうすぐで終わろうとしている。