初陣の恐怖は想像以上です!
後衛スタイルの8人の生徒が闘技場中央に集まった。
ルナ先生が発表した組み合わせを聞くと、リーナとは決勝までは当たらないようだ。
素直にありがたい。
今は少しでも経験を積みたいからな。
やるからには勝ちたい気持ちはあるし、応援してくれる二人の為にも頑張ろうと思う。
負けたらフレアさんにどうされるか分かったものじゃないですからね。
……そういうこと言わないでくれない?
それと皆さんの敵意がすごいですよ?
リーナを除く6人の男子生徒が俺を睨み付けていた。
それに会場の雰囲気も最悪だ。
「カイだけは勝たせるんじゃねぇ!」
「フレア様とイチャイチャしやがって!」
「いつの間に仲良くなってんだよ!俺も混ぜてください!応援するからぁぁぁ!」
「おい!こいつ裏切る気だぞ!」
「制裁だ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
一人のクラスメイトが、腕や足を関節技を極められているようだ。
なんということでしょう……
観客席では恐ろしいことになっています。
賑やかで楽しそうですね。
……ファーナの目にはどういう風に見えているのだろう?
騎士の間では遊びくらいの感覚というものなのか?
「ではカイ君、ニコラ君、前へ!」
ドクンッ……!
初戦から呼ばれる俺の名前。
初めての緊張と不安と興奮で胸が張り裂けそうになる。
重い足取りで階段を上り、石畳の絨毯に足を踏み入れた。
そして周囲を見回す。
これが召喚士たちが見ていた景色か……
数多く闘技場で観戦したというのに、今までとは全く違うように見えた。
そっか、俺もこの場所に立つことができたんだな……
「「「ブゥゥゥゥゥ!負けろぉぉぉ!カイィィィィィィ!」」」
……想像していた歓声と全く違うのがものすごく悲しい。
「静かにしなさい!大人しく見ていられないのなら、出て行かせますよ?」
騒がしい闘技場はその一声により一瞬で静まり返った。
「カイ君は制服のままでいいんですか?武器も持っていないようですし?」
何事もなかったかのように、今回の審判を務めるルナ先生が声をかけてくれる。
俺の召喚獣もこんな風に優しければなぁ……
何か思いましたか?失礼な思考の気配を感じましたが。
いえ!何も思っておりません!
即座に否定し、事なきを得る。
おちおち思ってもいられないのかよ……
「あっ、大丈夫です。鎧やローブは動きにくいですし、武器もあまり上手く使えないんで」
「……そうですか」
それを聞いた対戦相手のニコラは見下したように笑った。
まあいいさ。
笑いたきゃ笑え。
たしかニコラの召喚獣はAランクのアークデーモンだ。
契約の時に喜んでいたのを覚えている。
物理、魔法、両方の攻撃を得意とする攻撃特化の召喚獣だ。
そしてニコラ自身は耐魔力のあるローブを着用し、魔力を高める杖を装備している。
前衛をアークデーモンに任せ、後衛から遠距離攻撃といったオーソドックスな感じだな。
ファーナ、アークデーモンを抑えられるか?
消し去ることも可能ですが?
……マジ?
はい。戦争時、相手の召喚獣のアークデーモンを倒したのでいけるかと。
じゃあお任せするよ。
かしこまりました。
ファーナがアークデーモンを相手している間に俺はニコラ本人を狙う。
このような作戦に決まった。
そしていよいよ俺の初戦が始まろうとしている。
「では、試合開始!」
ルナ先生の号令と同時にお互いが召喚獣を喚ぶ。
「相手を倒せ!」
簡潔な命令を聞き、二メートル以上は楽にある巨体が真っ直ぐにこちらを睨んできた。
額の二本の角、禍々さが詰め込まれているかのような骨の顔、大きな黒い翼、それらを支える強靭な肉体に、全てを刈り取るような爪。
極めつけは血のように真っ赤な瞳が俺たちを敵と認識し、迫ってくる。
ドシンドシン!
こぇぇぇ!
あまりの迫力に負けそうになる。
そんなときファーナが白銀の鎧を煌めかせ、臆せずに向かっていった。
俺も負けちゃいられねぇ!
恐怖を奥歯で噛み殺し、炎の槍の詠唱を始めていく。
その効果に少しだけの変化を添えて。
アークデーモンは目の前のファーナへ狙いをつけ、その太い腕を振り下ろした。
ファーナは重い一撃を羽のようにふわりとした動きで横に避け、光の剣を召喚する。
「はぁっ!」
気迫とともにアークデーモンの振り下ろされた腕を肩から斬り落とした。
ぐおぉぉぉぉぉぉ!
重低音の悲鳴が雷のように轟く。
「なっ!?嘘だろ!?」
まさかリビングメイルにやられるとは想像もしていなかったのだろう。
完全に油断していたニコラは、驚きの声と共に慌てて詠唱を開始する。
だが、こっちは準備完了だ。
ニコラと俺の間には巨体のアークデーモンがいる為、お互いは死角になっている。
俺が放つ魔法はニコラには見えない。
そして俺はキーワードを唱えた。
「炎の槍」
大きな炎の槍が現れると一直線にファーナの背中に向かって飛んでいく。
この魔法は直線的だ。
このままいけばファーナに被弾して終わるだろう。
「散れ」
だが追加のキーワードを唱えると、炎の槍は五本の矢へと分裂する。
そのままファーナとアークデーモンを避けるように弧を描いた後、炎の矢は包み込むようにニコラへと向かっていった。
「あちぃぃぃぃぃぃ!?」
直撃したもののローブに少し焦げ目がついたくらいだった。
アレンジした分威力は落ちるのだが、もうちょっと威力があるはずなんだけど、防御結界の効果ってすごいのね……
「こ、この野郎!?おいアークデーモン!いつまでリビングメイルなんかに手こずって……」
ニコラはアークデーモンに視線を移すが、そこにはもうアークデーモンの姿は無かった。
俺の矢がニコラに直撃したころにはもうファーナが致命的な一撃を与え、光の粒子と共に形を失っていたのだ。
「……あれ?」
呆然とするニコラにファーナが近づいていく。
ガシンッ……ガシンッ……
「ひえぇぇぇ!?」
アークデーモンを軽く屠った相手が、静かに近寄ってくる恐怖はたまらないだろうな……
「ギブッ、ギブアップ!」
うん、先ほど俺も体験したから分かるぞ……
怖いよな、召喚獣が近寄って来るのって……
「ニコラ君のギブアップにより、勝者、カイ君!」
お疲れ、ファーナ。
そう言って召喚を解くと、白銀の鎧は光となって消えていった。
いえ、今回のアークデーモンはそれほど大したことありませんでしたね。
やはり召喚師の違いでしょうか。
実力を発揮できていないようでしたので。
事もなげに言うけど相当凄いことだぞ……?
しかし、マスターは魔法のコントロールがお上手ですね。
私にぶつけた日にはどうしてくれようかと考えていましたが、必要ありませんでした。
……ははは、当たり前じゃないか?
話す内容はにこやかだが、兜の中の瞳は笑っていないように見えて怖い。
どうしてああいう使い方をしたのですか?
見やすい位置に移動すれば相手からも良く見えるだろ?
直線的なら避けられるし、反撃もされる。
だからアークデーモンで隠れて見えない位置から放ったんだ。
距離と方向は把握できていたから、問題なく当てられるし。
それなら油断しきっている相手には効果的だからな。
でも、勝てたのはファーナが抑えてくれた……というかアークデーモンを消し去ってくれたおかげだよ。
いえ、私は命令をこなしたのみですので勝利はマスターの指揮の賜物かと。
うーん……じゃあ二人の勝利ということで。
分かりました、我らの勝利としましょう。
マスターに初勝利を捧げることができ、光栄です。
ありがとう、俺の騎士様。
な、なんだか照れますね……
失礼いたします!
そう言うとファーナは光を纏いながら消えていった。
初勝利か……
「よっしゃぁぁぁ!」
俺はこの闘いで初めて召喚師としての一歩を踏み出したんだと、そう思ったんだ。