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初恋は早春の風にのって  作者: 汐音
2/2

後編

午後の砂浜は海風が強く

かなりしっかり持っていないと

レフ版が吹き飛ばされそうだ。


間もなくやってきた櫻井春瑠(さくらい はる)

大判のブランケットにくるまって

裸足にサンダル。

天気は良いが早春の海はまだ寒い。


「じゃ、いこうか」


先生が言うと、

櫻井春瑠は

羽織っていたブランケットを

ボクに手渡す。

ブランケットの下は

薄いリネンのシャツに短パン。

夏の装いだ。


ボクは

受け取ったブランケットを

風で飛ばないように首に巻き

レフ版をかざす。


「天塚君、

 もうちょっと上向けて。

 ああその位置ね。

 はいハル、目線こっちにくれる?

 いいね その感じ。

 右腕を海の方に上げてみようか。

 ああいいねえ

 ちょっと笑うのもいいね」


ビュービュー冬の風で寒々しい海辺が

櫻井春瑠の周りだけ

キラキラした真夏になっている。

妖精か。幻か。夢を見ているのか。

櫻井春瑠に惹きつけられて

瞬きも忘れていた。


与謝野先生がカメラを下ろす。


「ハイ ちょっとだけ休憩ね」


ボクは櫻井春瑠に駆け寄り

ブランケットを肩に掛けた。

櫻井春瑠は小刻みに震えている。


「ハル、いいね。すごくいい。

 だけどうーん、もうちょっと夏っぽいのいっとくか。

 海、入るか」


「うぇー海ですかぁ、

 わっかりましたぁ」


櫻井春瑠はボクに短く笑顔を向け、

再びブランケットをボクに押し付け

波打ち際へ走った。

先生がカメラで櫻井春瑠を追いかける。

櫻井春瑠の白い足に波がぶつかって

白いしぶきが舞う。


「うわ~冷たっ!」


声を上げて笑う櫻井春瑠。


「いいねぇ、

 もう泳いじゃえ。

 衣装それ、濡れてもいいんだろ?」


「まじっすか。

 いきますよぉ~!」


バシャバシャと腰あたりまで海に入り

両手で海水をすくって高く跳ね上げる櫻井春瑠。

波のしずくが

太陽の光を反射して

キラキラと宝石のようにきらめく。


「うわ~ もう限界ですぅ~

 もういいっすか~」


「いいよぉ~

 良いの撮れたぞ~

 おつかれさん!」


先生がカメラを下ろして右手を上げると

櫻井春瑠がボクの方に走って来た。


「うわ~ 寒っ!」


ボクはブランケットを拡げて櫻井春瑠を受け止め

思わず抱きしめて頬をくっつけていた。


「アキ君あったか~い アハ」


「天塚君、そのままハル連れてけ。

 早くしないと風邪ひくぞ~」


「先生お先です~

 ありがとうございました~」


そのままハウススタジオの風呂場に直行。

別のスタッフがお湯をはって待っていた。


「アキ君も一緒に入る?

 冷えたでしょ」


「いや、ボクは大丈夫です。

 ハルさんゆっくりあったまってください」


扉を閉めながら

ボクの心臓は

周囲にも聞こえるくらい高鳴っている。

海での櫻井春瑠の姿が強烈に

ボクの意識を支配して

寒さがマヒしていた。


無事にその日の撮影が終わり

宿泊先の温泉ホテルへ向かう。

スタジオから車で5分ほどのところだった。

チェックインして間もなく

関係者全員で宴会場で夕食となった。


ボクは悠一さんと拓也さんと

端っこの席で三人

瓶ビールを互いに注ぎあいながら

豪華な海鮮料理を堪能した。


櫻井春瑠は

謝野先生と一緒に

スポンサーやディレクターに囲まれている。


一段落ついたところで

ボクはひとり早々退散し

屋上の露天風呂へ向かった。


撮影の場面をひとつひとつ思い出しながら

空を見上げると

星がたくさん見えた。

キリリと冷えた空気に

熱めの湯が心地よい。

遠くに波音が聞こえる。

伊豆と似ているようで、全然違う。

空が、ここはずっと広い。

きっと山が遠いからだ。

砂浜も広い。

遠く見えなくなるまで続いている。

そして波だ。

ここの海はどこまでも広くて

波も風も激しい。

自然のスケールを感じる。

その自然の中に、

濡れてきらめく櫻井春瑠。

そして、

ボクの腕の中で

小刻みに震えながら微笑む櫻井春瑠。

キュンと苦しいくらい

胸がいっぱいになる。


ああ、今日は面白かったなあ。

自然と頬がゆるむ。


あの一瞬、一瞬の姿

あの輝きを

ボクのカメラで

シャッターを切って収めたい……


すると突然呼びかけられ

思わず飛び上がった。


「あーきーくん!」


わ、櫻井春瑠だ!

タオル一枚だけで

照明もないのに輝いてる!


「あ、あれ? 宴会はもういいんですか」


「ウン、ああいうのはね、

 ちょっと顔出せば十分」


「へ、へええ、そうですか」


「ここの露天風呂

 良いって聞いてたからさ

 楽しみにしてたンだ。

 ……って、なにアキ君、

 そんなかたくならなくても。

 驚かせちゃった?

 今日はありがとネ。

 まさか海に入るなんてね~

 ビックリしちゃった。

 アキ君いなかったら凍え死んでたよー」


「ボクもびっくりしました」


「アキ君て学生なんだって?

 この中で一番年齢近いよね。

 ボクの現場、同業以外なかなか

 同年代いないからさ。

 ギュッとしてくれて

 嬉しかったな~」


「あ、あれは!

 す、すみませんでした!」


「なんで謝るの。

 嬉しかったって言ってンの!」


ボクは茹ったのか酔いがまわったのか

すごくクラクラしてきた。


「ちょっと、こっち来て」


言いながら櫻井春瑠が

湯の中をボクに接近してきた。


ああ、まぶしい!

なんでこの人、温泉でも光ってんだ?


思わず目をギュッと閉じる。


次の瞬間

ボクの頭が櫻井春瑠にグッと引き寄せられ、

そして

頬にやわらかいものが触れた。


えっ 何?!


思わず目を開く。

櫻井春瑠はもうボクから離れていた。


「アハ アキ君かわいい。

 今のは今日のお返しだよ!

 明日もよろしくね~」


そう言って櫻井春瑠は風呂を上がって行った。


なになに、何が起こった!?

お返しって何?


え、今の、唇?

もしかして、キス?

キスだよね?

ええーーーーーーっ!?

もう、ナニコレ ナニコレ!

何だ この衝撃は。

胸が痛い。

撃ち抜かれてる、

これ絶対、撃ち抜かれてるよ

このままボク死ぬかも……


風呂から上がり布団に入ったが

全然眠れない。

心臓がバクバク

布団が跳ね上がるんじゃないか。


翌日も心地よい緊張感のうち

撮影は無事終了した。


が、実を言うと頭がボーッとして

2日目の撮影の時の事を

よく思い出せない。


帰り道、与謝野先生が

ポルシェの助手席に乗せてくれた。


「どう、人も面白いだろ?

 広告、やってみるか?」


ボクは迷わず返事した。


「はい!

 人、撮りたいです!!

 広告、やりたいです!」


「アハハ そうかそうか。

 天塚君、おちたな?」


翌春からボクが先生の事務所に

アシスタントとして入ることになったのは、

その後のお話。

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