ある放課後の教室
「ねぇ。倉木くん。人を心から好きになった事はある?」
千崎ユキは、そう言うとー。
倉木英知の対面の椅子に腰を掛けた。
ある放課後の教室での出来事だ。
倉木は読んでいた本を閉じると千崎を視る。
倉木の瞳に映る千崎は、昨日よりも少し綺麗に視えた。
「突然だね。どうしたんだい?もしかして恋でもしたの?」
「うん。分かる?」
千崎は美しい声を奏でた。
「うん。顔に描いてある…。」
「えっ?嘘でしょ?」
そう言って千崎は自分の頬を撫でて笑った。
「あのね。昨日ね。」
千崎は言葉を歌う。
「久しぶりに高野くんを見たんだ…。」
高野良彦。
千崎と倉木、2人の中学校時代の同級生である。
高野は中学を卒業すると高校へは行かず、陸に働きもせず、その日暮らしの生活をしているのだった。高野は人非人である。俗に云う所の、人でなしなのだ。他人の事は一切考えずに、思った事を思った儘に口にし、思った事を思った儘に行動する。そんな高野だが、容姿、仕草、雰囲気が母性を擽る様で女性には好かれる。高野の女性関係は途絶えた事は無い。
「ほら。近くの月ヶ岡公園でね。」
千崎はまた言葉を歌う。
そしてー。
教室の窓の方へと歩み寄りー。
窓を開けた。
心地の良い潮風が緩やかに吹き込みー。
千崎の髪を優しく撫でる。
それからー。
「高野くん…。犬や猫に囲まれてたんだよ。ほら。動物って優しい人が解るって言うでしょ?」
そう言って、微笑んだ。
しかしー。
倉木は、その言葉を聞いた時ー。
少しだけ顔を顰めたのだった。
何故なら、倉木はー。
高野がー。
犬や猫に囲まれていた事に心当たりがあったからだ。




