幻覚
「幻覚?そうなの?でもそうだとしたら存在しないって事?」
「存在はするし、存在はしない。まぁ。くねくねやドッペルゲンガーの殆どが幻覚と云う方が正しいかな。全てが幻覚と云う事ではないね。そう云ったモノは、様々な要素が絡み合った複雑で複合的な存在だからさ。」
風が少し強く吹いた。
図書室の窓が少し開いていて、潮風が入り込んでくる。
その風に運ばれた1匹の蜻蛉が、窓枠の傍の空中で停止飛行をしていた。倉木は、その蜻蛉に瞳を向ける。
蜻蛉を瞳で捕らえていると様々な記憶が浮かんだ。
【蜻蛉と蜉蝣は、同一視されていたのだったかな…。日本では蜻蛉は縁起物とされていたけど、西洋では不吉の象徴とされていた。確か…。ヨーロッパでは、危険が近付いてくる事を【蛇】に告げる役割があったっけ…。】
窓の外に顔を向け、黄昏ている倉木にー。
千崎は言葉をぶつける。
「どういう事?窓の外を見てないでさぁ。こっちを見て、ちゃんと分かりやすく説明してくれないかな?」
そしてー。
倉木の顔に手を添えて、自分の方に優しく振り向かせた。
「痛いよ。痛い…。分かった。ちゃんと説明するからさ…。その手を放してくれない?」
倉木は溜息を吐く、そして諦めたかの様な表情をした。
それから首を擦り、言葉を並べていく。
「ドッペルゲンガーは、幻覚の1つで、【自己像幻視】と呼ばれる、自分自身の姿を自分で見る現象だよ。後は、同じ人物が同時に別の場所に姿を現す現象も、ドッペルゲンガーと呼ばれる。第三者が目撃する事例もあるよ。だけど、自分自身の姿を自分で見たとしたのなら…。その人は【近い未来に死ぬ。】って事だね。だからドッペルゲンガーは、【死の前兆の象徴】とされているんだよ。」
倉木はー。
ユルリと瞬きをした。