暗示により反転する。
「【呪われている】と云う意識は、過去の記憶と結び付いた。父親の会社が傾き、財産が無くなっていったのは【猫鬼】の所為なのだと思い込んだ。その思い込みは深層心理への暗示となる。【呪われている】と云う意識が過去へ遡り現実となり【呪われていた】と云う意識へと変わった。暗示は更に増幅して【呪われる】のでは無いかと未来に対して恐れを抱く。終わりのないループに陥る事になるんだよ。だから君は、ストレスで重症化した循環器系の異変は【犬神】によって、引き起こされたモノなのだと思い込んだ。」
思い込みだけでも人間は死に至る事もある…。と倉木は呟く。
「胸の痛み、手足の痛み、肩の痙攣、呼吸困難により漏れる吐息
。その症状を【犬神憑き】の症状へ自ら寄せていってしまった…。寄せていったと云う認識は君には無い。無自覚による意識の改竄をしてしまう…。脳の誤作動だよ。」
君は記憶力もあり、頭も良い。と倉木は云う。
「魂魄の話を覚えていたんだね…。魂魄とは、魂と魄を指す。魂とは、肝に宿り、人間を成長させるモノであり、また心を統制する役割を持つ。精神的な気の集まり…。」
倉木はノートに図を描き込む。
「そして【犬神】は、人間の耳から体内の【内臓】に侵入し、憑かれた者は嫉妬深い性格になる。」
偶然って恐いね…。と続けた。
「魂は、心を統制する役割を持つ精神的な気の集まりで肝に宿る。その肝に【犬神】は侵入する事となる。やがて【犬神】は心の統制を壊してしまう。様々な感情は渦巻いて【嫉妬】へと形を変えた…。しかし君の【嫉妬】は誰よりも純粋だった…。【羨望】と云う、最も原始的で悪性の攻撃欲動が一切無かった。純粋なる【嫉妬】だ。それ故に、君は君自身の心とのギャップに耐えられなくなった。そしてー。自ら命を絶とうとした…。」
倉木の瞳はー。
光を一切失った。艶の無いマットブラックの瞳でー。
千崎を呑み込む…。
「人が死に至る7つの罪がある。君は【嫉妬】と云う大罪を犯したんだ…。罪を犯したのなら、罪を償わなければならない…。君の【嫉妬】は何よりも美しく綺麗だった…。だから…。だから僕は…。君の事が…。」
倉木は千崎の視界を掌で塞ぐ。
指を鳴らし言葉を詠みあげた。
「羨ましくて、妬ましくて仕方ない…。」
千崎の意識はー。
ゆっくりと泡になり消えていった。




