過去に遡り現実となる。
「大変だったね…。苦しかったね…。」
倉木の瞳に涙が浮かぶ。
千崎はその涙を見てー。涙を流す。
温かい涙は冷えた心を少しずつ溶かしていった。
「その後も、其奴は君を監視していた。君が弱るのを待っていたんだ…。蛇の様に狡猾に…。君を丸呑みにする為にね…。そして君に、手紙を送った。もっと君を追い詰める為に…。その手紙を読んで君は【呪い】の存在を知る…。ソレが切っ掛けとなり、君は君に【呪い】をかけてしまったんだよ…。」
「どうして…。」
消え入りそうな声だった。
「君はその時になって初めて【呪われている】と認識した。【呪われている】と云う認識は…。過去に遡り現実となる。虐めも、君に降り掛かった不幸な出来事も、その全てが【呪い】によるモノだと思い込んだ…。君の父親の会社の業績が傾いた事も【猫鬼】の【呪い】の所為なのだと君の脳は錯覚してしまったんだ。1度錯覚した脳は、そう易々と正常には戻れない…。君の脳は、君の未来に降り掛かるであろう些細な不幸な事ですら【呪い】の所為なのだと思い込む様になってしまった…。」
倉木は千崎の頭を撫でる。
「【犬神】」
倉木がそう云うと。
千崎の身体はピクリと反応した。
「大丈夫。大丈夫だよ。君には【犬神】は取り憑いてない…。【犬神】が取り憑いたのは君じゃないんだ。」
「だって…。私…。」
千崎は掌を見つめる。
「胸も…。手も…。足も…。痛くて…。声も…。」
倉木は言葉を遮りー。
言葉を唱える。
「君は自分で調べたんだよね?畜生の【呪い】の事。」
千崎は黙って頷く。
「そして【犬神】【猫鬼】の事を知った。【犬神】に憑かれた者は、胸の痛み、足や手の痛みを訴え、急に肩を揺すり、犬の様に吠える。そう書いてあったんでしょ?」
また千崎は頷いた。
「それは偶然だよ…。偶々…。その偶然を脳が【呪い】の錯覚に組み込んでしまったんだ。」
「偶然?どういう事?」
「君の事を調べさせてもらった。って云ったろ…。君は生まれつき、循環器系が少し弱いんだよ。」
「えっ?」
「極度のストレスが原因で、ソレが重症化したんだ。循環器系に何らかの異常があるって事だね。【犬神】とは何ら関係無いよ。症状が偶然的に【犬神憑き】に似ていた。それだけだね。ただ脳はソレを【呪い】と結び付けて錯覚していたって事だよ。」
倉木はまたー。
千崎の頭を優しく撫でた。




