群れから逸れて
「もしかして痩身の物体のオーバーフローを狙っているのかな?残念だけどそんなものは無いよ。僕は少し落ち込んでいるよ。君が答えをくれるんじゃないかってどこかで期待していたんだ。でも満身創痍でのたうつその様子から察するにそれは君じゃなかったらしい。可哀想だから教えてあげるけどその炎の攻撃、トレイスの無駄だからやめなよ。
それと…仲間を待っていても無駄さ。もう一人の彼がいる場所からここまで満遍なく能力を敷き詰めている。彼、君より強そうだし倒すことはできないだろうけど、君が死ぬまでの足止めには十分すぎるくらいさ。」
「………は…ない。」
「ん?よく聞こえなかったが何か言ったかい?」
「君達に游咏魚は渡すわけにはいかない。」
「言葉じゃなくて行動で示しなよ。」
ありったけのトレイスを借火尽鬼に込めると、赤く染まる刃先がより一層煌めいて真紅の炎をその一閃に宿す。右手に握っていた慈罰八倒を捨て両手で握った借火尽鬼から放たれた炎の刃は行く手を阻む全てを焼き尽くして敵を目指す。忽苗は逃げる素振りも見せずに不敵に笑っている。
「困ったね。毒で話も聴けなくなったのかい?どれだけ大きな炎で焼こうとしたって僕には届かな…───っ!」
炎は案の定熱量すら残さず掻き消される。死角となるその影から現れたのは慈罰八倒を両手で握りしめた僕自身。その刃を敵へ向け押し込むが背中から伸びた編み込まれた蔦が刃を受け止める。発現していた殆どの植物を焼き切ったせいで再生が間に合っていない。だけどさっきの炎に込められたトレイスを取り込んだから再生するのは時間の問題。
「…よく考えたね。でもその刀よりも僕の街一番の植物園の方が上…みたいだよ。」
再生した数本の硬質化した蔦が僕の体を貫く。罰倒八風を受け止めている蔦もトレイスによって徐々に太くなり刀を押し返す。
「貉っち!」
星さんが着いたようだけど地中から無数に生えた蔦が鳥籠の様に変化し光も届かない暗闇へ星さんを閉じ込める。朝露星はある程度の空間がないと思うように攻撃出来ないと言っていたことを思い出す。
慈罰八倒の峰にボックスを展開し押し返そうとするがどんどん太くなる蔦に押し返されて終わる。
「生まれ変わったら答えを持ってきてよね。」
完全に再生した敵の背から生える槍のように太い何本もの蔦が僕の第二の人生を終わらせようとしていた。
身体が引き裂かれる静かな音が辺りに響く。それに続くように身体が地面に叩きつけられる音が鳴った。
目を開くとそこに敵の姿も視界を覆い尽くさんと茂る蔦の姿も無く静かな森が広がっていた。辺りを見回すと星さんと要保護記録者を覆っていた植物達も消えている。もう一度敵がいた場所の方に目をやるとこの湿原と僕が逃げてきた森の丁度境目のところに敵が転がっていた。
何が起こったのか分からず何気なしに慈罰八倒を見るとその刀身は砕け、継七変化の刃が先に付いていた。そうか…。刀が砕けたおかげで切れ味が上がってそれで…。
緊張の糸が切れたのか毒が回ったのか立っていられなくなり倒れそうになる僕を星さんが支えてくれた。"外傷治療薬"と"内傷治療薬"を呑むと僕を苦しめていた傷は綺麗に取れ、その足で敵の元へ向かった。
左肩から右の腰へ向かって一直線に千切れた身体の体内から伸びた蔦が、手を取り合うように身体を繋ぎ止めているが恐らく助からないだろう。敵の顔色からそう悟る。その横には群生地から逸れて一人だけぽつんと佇む潰れた水芭蕉が咲いていた。敵は色の消えかかった瞳で僕を見上げると安心したように話し出す。
「何だ…やれば出来る子だったんだ…。多分僕はもうすぐ死ぬ。時の瓦礫になるってどんな感覚なんだろうね。僕は初めてだよ。ハハッ、ってそりゃそうか。人の命は一度きり。僕等はたまたま二度目の命を与えられて生き長らえているだけだしね。
死にゆく僕から君達への忠告だ。膨れ上がった巨大な悪意はいつだって君たちを狙ってる。呑み込まれないようにせいぜい気を付けることだね。潰れてしまったものは元には戻らない。ほら、この子みたいにね。」
その呟くと顔の横にあった潰れた水芭蕉を能力で無理矢理立たせ、寄り添うようにもう一つの水芭蕉を作り出した。敵はそれを見て優しく微笑むと死を受け入れる準備を始めるかのように目を閉じる。
「なんでそんなこと僕等に言うんだ…僕等にどうして欲しいんだよ…!」
敵は目を閉じたまま呆れるように、そして静かに呟く。
「だから何度も言ってるだろ僕にも分からないよ。でもそうした方がいいと思ったからそうした。それ以上の理由は無いよ。無価値な僕の心に深く根付いて苦しめ続ける姿の見えない痛みも優しく撫で続ければいつかは希望に変わるのかな。いつか…。いつかこの心の霧も晴れるといいな。」
次第にその身体は解れていき時の瓦礫となって泥地に浮かぶ。死をきっかけに能力によって作り出されていた植物達が全て消えたことで敵の横に生えた潰れた水芭蕉を支えていた蔓も消え失せ、その白い花はまた力無く泥に寝転ぶ。淋しくないようにと隣に並べられた水芭蕉も漏れなく消え、跳ねた泥が付いた独りぼっちの"それ"はどこか泣いているようにも見えた。
辺りを覆っていた来る者を拒むかのような陰鬱な霧は晴れ、遠くまでよく澄んだ景色が瞳に映り込む。
美麗な景色とは裏腹に僕の心はいつまでも霞んだままだった。
■一握の破片の保管箱
【曲名】
街一番の植物園
【創造地点】現位置換算済
正暦分岐点 1837.10.14
オーストラリア シドニー ミセスマクアリーズ "ロイヤル・ボタニック・ガーデン"
エピソード名 "僕が案内するよ"
(原本・────から引用)
【所有者】
忽撫凪幸(三枚所有)
【効果】
自身の体が植物で構成されたものへ変化すると同時にトレイスが届く範囲へ植物を作り出す。自身から生やす植物以外以外が自身以外の誰かを負傷させた場合、そのダメージの10倍が自身へフィードバックされる。蔓性植物を基準にそれから容姿が離れるほどトレイスの消費量も増加する。
【元本】
曲名・所有者共に不明
【曲名】
痩身の物体
【創造地点】現位置換算済
正暦分岐点1986.06.13
ルーマニア ヴルチャ県 ドラガシャニ "ラホバ"
エピソード名 "二枚の写真"
(原本・────から引用)
【所有者】
忽撫凪幸(二枚所有)
【効果】
能力によって作られた炎や水といった不定形の物質のトレイスを吸収して自身へ還元する人型のトレイス吸収還元装置を具現化する。吸収するものを一つ決めることで具現化可能。決めたもの以外を吸収することは出来ない。(能力を解除し再度発動した場合を除く)
効果が発動するのは能力使用者の体表から30cmまで。
【元本】
曲名・所有者共に不明




