櫻ちゃんの不登校@インコ
ドウブツエン
櫻ちゃんの不登校@インコ
ドウブツエン
櫻ちゃんは、次の日学校を休んだ。
櫻ちゃんのインコ教を通じた知り合いの養豚場で、コレラの騒動の処理に大忙しで、どうやらその手伝いに行くらしい。
昨日の今日での建前なのか、本音なのかは、定かじゃないけれど、少し僕はほっとしてもいた。
「騒動が収まるまでは、牧場も閉めるみたいだよ」
クラスの櫻ちゃんファン? の集まりは、そんな話題で盛り上がっていた。誰かが菌を持ち込んだりするのも危ないから慎重になっているようだ。
昨日くじいた足はまだ鈍く痛んでいた。幸い歩けないほどではないけど、意識するとどうしても昨日を思い浮かべてしまう。
頭の中に、数々の台詞が甦る。
「柚月君は、櫻を愛してるの!!四六時中櫻のこと考えて、櫻にときめいてるんだから! 告白されて、結ばれたの!」
「震えまくっているわよ!! そりゃもうファミリー銭湯のマッサージ機の強くらいは震えてるわ! 見てわからないの!」
「ふん、恋のすごさがわからないなんて! あんた清純そうな顔してるけどほんとはめちゃくちゃ恋人欲しいでしょ? モテない自分をな・ぐ・さ・め・て・る・んですっっ! つって~?
そーれをあんな安物本で、誘惑して!」
マッサージ機の強。
……僕は、そんなに、ガタガタしている?
自分の両手を顔の前に翳して、ぼーっと考えてみる。
3.栞愛と茉愛と、僕
その日の休み時間にはいつものように教室で本を読んで、いつも以上に羽根を伸ばした。
なにか飲み物でも買いにいこうと廊下に出ようとしているとガヤガヤと声がした。
「藍って嫌だわー」
「わかるわー」
あれは……
牛乃尾栞愛しおりいと牛乃尾茉愛まい。
インコ教の付き合いかなにかあるらしく、櫻ちゃんとも仲が良い姉妹だった。
「あ。櫻ちゃんのお気に入りだ」
「うわっ! しおりい怖ーい」
教室に戻るらしく二人で通路を塞ぎながらきゃあきゃあ騒いでいるから教室から出られない。
「あの、どいてもらえるかな?」
「あのさあ櫻ちゃん休みだって! まい、お見舞い行くけど、あんたは行くわけぇ?」
「……行かない」
家知らないし。
「しおりい、多田エミリんも嫌なんだぁ」
「わかるぅ、わかるわ! あの子すぐ嘘つくし、自分がやってること人のせいにすり替えるんだよ」
「まい、詳しいね」
二人はきゃいきゃい話始めてしまったので、僕は退いてほしいというタイミングを逃しそうだった。
櫻ちゃんが居ない自由を今日という日の休憩時間を、少しでも長く堪能したいのに……
ま、まさか、わざとなのか?
壁に寄りかかり、徹底して二人で退かないつもりみたいだ。
僕は反対側の出入り口に向かう。
ひそひそと櫻ちゃんファンがなにか言っていた。
しばらくしてようやく出られた廊下で、先生とすれ違う。この学校はインコ教の息がかかってる噂もあるが、櫻ちゃんびいきな先生も、なんだかつまらなそうだった。
そりゃ僕にだって言葉が足りなかった部分が多いし、それに相手が好きなだけというのなら、納得は出来る。
一瞬仕方ないとも、思った。
だけど最近考えることは、それが理解されて、しっかり通用する社会だとしたって──
それを都合良く、悪用する人が出てくるのは必至だ。
そうしたら、さらに、居場所が無くなる。立場が悪くなる。
そうなれば、今度こそそれを騙る人を絶望し、嫌悪してしまうのは自然だ。
中途半端な理解がある分余計にたちが悪くなってしまう。
「それは、きみが? 周り?」
昨夜電話をかけたとき、永藍さんはとても淡々としていた。
「どちらも」
「でも、報われないことも多いだろう? なにかを隠して生きるストレスは、大きいだろうに」
「──それでも、いいんです。嘘を付かなきゃ生きていけないし、隠さなきゃ居場所はないし、誤魔化さなきゃ笑えなくても──それが矛盾で、論理的にズレていても。
ずっと抱えている。今さら、肩代わりなんて、誰にも出来ない。飢餓状態から一気に食べて、死んじゃうようなものだから」
どこにもいないような人は、案外どこにでも隠れていて、それが、わかっただけでも幸せなのかもしれない。
軽い気持ちでありがとね、と出来なくもない。けれどそんな中途半端な思いで答えを出したくない。
あとからも、今も思う。
やっぱり、それでいて。
櫻ちゃんは手遅れだと思うんだ。