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櫻ちゃんのきもち


柚月君は、会ったときからずっといつも一人で物語を書いて机にいる、寂しい子だった。


一人ってつまらなくない?


 私は不思議でもあったけれど、なぜかいつも彼から目が離せなかった。他人が知らない部分を自分が先に知ることができる気がして。



私はいつもそうだった。その子が人気になると離れて元の輪に戻ったり、別の輪を作ったりしていた。


寂しくて。

人気にならない相手が好きで。

彼が人気になれば、私にとっては用済みな、要らない存在となる。


けど、彼ならきっとそんな心配はない。


そう。私はそういう子。自分でもおかしい、気持ち悪いって思うけど、だけど、私は誰も近づかないものが欲しかった。


周りは、邪魔なのだ。



「鏡子はいいな。広田君との間って第三者が邪魔する隙が無さそうで

例えば、どちらかを自分のものにしようと考える奴が現れたとしても、相手にされないイメージ。嫉妬もしなさそう………」

相手を舐めきった思考。

知られたら絶対嫌われて私から離れていってしまう思考。


わかってる、わかってるよ。

そしたら、もう諦めて違う輪に行かなきゃならないんだってことを。


『負け』を認めたくない。

私は、結局大多数の一人ってこと、海のなかにいた、沢山の鰯の群れと同じ……


だけど、だけどあんなやつ誰も話しかけないじゃないの!!?


群れのなかの一匹の魚が、ようやく、安全な場所を得られた気がする。



 私は、なぜだか柚月君と親しくならなくてはいけない気がした。

誰も話しかけない、自分を特別にしてくれる相手。


「柚月くんはぁ……、私しか知らない存在になるの……」


どんな手を使ってでも、ね。





・・・・・・・・・・・・・・


授業も宿題も終わったし帰ろう、と席を立つ。普段夜更かししているけれど、それが祟って最近日中はめちゃくちゃ眠い……

眠れるように、放課後はこうやって復習の時間をつくる。


毎日早く寝ようと心がけているのだがなかなか思い通りにいかない。


「夕飯は、なにか食べたいな。

三色そぼろ丼とか、ハンバーグ……あー、両方……」


 コンビニのやつが好きだった。

僕の得意料理は……カレーだろうか。

これなら失敗すること絶対に無い。具材切って固形のカレー入れるのは手料理と言えるのかは謎だが。

寮なので、手料理、を作るこができない。


 なぜかふとラインをもってないというと「おめえ何型だ!」

と僕に聞いてきた佐仲問を思い出した。


自分は血液型診断をがっつり信じてる人間ではなくて、面白いなーと思っている程度だけど……

彼はああいうのが好きみたいだ。


 次に、僕が三色そぼろ丼が好きだと言ったとたんに作るように毎日せがんだ母親を思い出す。



「……」


なんだか、変な気分だった。寮の部屋は一人。


ああ、そうだ、そういえば今朝すれ違った、誰だっけ……

かわいい子だったな。

朝、同じ寮のなかで、佐仲問が相変わらずやかましかったので、苦笑していたときに会った……


 そうだ、寮の名簿を見せてもらおう。

佐仲がいる階。同じフロアだ。

彼はインコ教のお嬢様と付き合ってるっぽいが、まっすぐ帰るだろうか。

個人的な意見だけれど、佐仲とお嬢様は絶対気が合うと思う。

なんて思いながら走っていたら、人とぶつかった。

「っ!?」

「ごめんなさいっ!」


目の前で謝っているのは……


「あ。今朝はどうも」

「うん。久し、ぶり?」


あの緑の犬をあげた彼。

不思議な間ができた。

えーっと、と場をもたせる術を考えていたら、ぐう、と彼の胃が収縮する音。

「あ。お腹すいてるの?」

彼は、かああ、と頬を赤くする。

「朝、あまり食べてなくて」


はい、と僕は弁当を鞄から出した。


アスパラとベーコンを一緒に調理したもの。

いわゆる赤ピーマン、パプリカの肉炒め。サラダにヨーグルトに柑橘系のフルーツ、そしておにぎりだ。


「うわ、すごい、良いんですか?」


「うん、育ち盛りなのに不健康なのは心配だから。健康って良いものだし、今を元気にいられるのはいいことだと思うよ」


「だけど!」


「今日は、ちょっと食べる暇がなかったんだよね、

お金はかかるけど、今日は僕はあとで買うし……平気!」


「すごい、ありがとうございますっ! お名前は……」


「僕? 永藍っていうんだ。えいあい、ね」

とても空腹だったのかがつがつと食べている彼を見ながら、僕が隣のクラスということや、佐仲の話をした。


「佐仲の、一番気持ち悪いのは、やっぱり「いるいる~」ってならないところかな」


「わかる、フィクション感がある……なんていうか」

「そもそもそういう人だというか、彼はしょうがいもあるし、当然な感じなんだけどね」


 相手をネガティブにあげつらったり、微妙に的を得ていない感が「ん?となるのかもしれない。


「櫻ちゃんも……どんな人間なら正解なんだろう?」


ぼそり、と彼が呟く。


「櫻お嬢は、良い子?」


「仙人と付き合えばいいと、思います。勝手についてるだけです……」


「普段どんな話を?」


「カレーはあんまり好きな食べ物じゃないけど、スパイになった気分で炒めてる時は、本当に好い香りで滾るだとか。

いい香りで家族がみんな喜ぶとか」


「なにそれ」


気が合うのか、彼とはずいぶん話し込んでいた。昇降口へ向かうべく、二人で階段を降りていたそのとき。


ある『本』が、踊り場に放置されていた。


「パンチラ、アイドル、一夫3妻、妹の身体……」


彼が読み上げる。

真顔だ。


「今なら99円!

失敗率100%! ポンコツ手品に失敗した時に見えるパンチラ(&パンモロ)姿。


新人のジャスミン。

――人間やめますか、アイドルやりますか?

極道3人組が責任を取るために全身整形してまさかのアイドルデビュー。その後一夫多妻がオッケーな町で、借金に追われる小春には金持ちからハレ婚のお誘いが。しかし交通事故をきっかけに体が入れ替わってしまった。物静かで従順だった妹(身体は兄)は豹変し、「お兄ちゃんの身体は返さない」!!?TS(トランス・セクシャル



……うっわなにこれ!?

なんていうか、かなりカオスな本。

「読みます?」


スッ、と渡されて慌てて拒否する。いや、そんなに焦らなくていいんだけど。

「い、いらないいらないいらない」


そういえば、彼は。

櫻ちゃんを好いているとは言い切れない雰囲気だが。なぜ付き合っている風なのだろうか。


聞いてみたい気がしたが、なんとなくわかる気もする。




「ええと、あらすじ……宮尾嫌いを豪語する俺は、学校中の女子たちから嫌われている、クールでイケメンだけれど、なによりもお金を愛する銭ゲバ男子「闇の皇太子」。大人の男が苦手なのに、隣人のエロ漫画家・大友のもとでアルバイトをすることになってしまう。そこで幼馴染みのポジティブ貧乏少女、星宮の秘密を知った――いくらパンツをはいても“弾け飛んじゃう妖狐(いぬ)のおまわりさん”っていう秘密を――


読むの!?


設定盛りだくさんだね!?


安く済ませたわね!!

怒声が響いた。

何事かと僕らは慌てて本を投げ捨てて立ち上がる。


「櫻ちゃんの声だ……」


「みたいだね」


「私の柚月君を釣って……あんな安いもので!!!安く済ませていいと思ってるの?」



振り向くと櫻ちゃんが仁王立ちしていた。

「柚月君が手には入るなら安いものだと思って買ってわざと置いたんでしょ!!」


「僕は、安いものだなんて考えないし、第一……」



櫻ちゃんはとまらない。変な盲信までしている様子だ。


「安いと思ったの!?」


だめだ。

会話にならない。


「柚月君は、櫻を愛してるの!!四六時中櫻のこと考えて、櫻にときめいてるんだから! 告白されて、結ばれたの!」


彼をちらりと見ると複雑な感じで目をそらす。

彼女は彼を恋愛脳に仕立てあげたいのだろうか。

「あ、会いたくて震える?」

僕が聞くと、櫻嬢は、当たり前でしょ!?

と言った。


「震えまくっているわよ!! そりゃもうファミリー銭湯のマッサージ機の強くらいは震えてるわ! 見てわからないの!」


「それ痙攣じゃない?」


「ふん、恋のすごさがわからないなんて! あんた清純そうな顔してるけどほんとはめちゃくちゃ恋人欲しいでしょ? モテない自分をな・ぐ・さ・め・て・る・んですっっ! つって~?


そーれをあんな安物本で、誘惑して!」



この平常心が、な・ぐ・さ・め・てるように見える辺り、櫻ちゃんの妄想爆発ぶりがうかがえた。



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