1:『櫻ちゃんと僕』~自己憐憫~(1/66) 飯田櫻と会ったのは単なる偶然だった。 1:『櫻ちゃんと僕』~自己憐憫~ 飯田櫻と会ったのは単なる偶然だった
いろいろ整理して話したいけど……
何から話せばいいだろう。まず僕には、信じている神様がいる。
飯田にも、居る。
そしてその宗教の違いにより、まず、結婚は無理なのだ。が。
「ゆっきくーーん!!」
背中から聞こえる甲高い声。
……飯田櫻は、ごく普通の女の子。
ただし実家がインコ教でお金持ちだ。
でかい城、ではなくて、インコ教のみなさんにあたたかく送り迎えされているのはクラス中が知っていた。
なんでこうなったかというと、僕が趣味で、
授業中でもノートにしたためていた、
小説の主人公……が
シンデレラをモデルにしています。
え?乙女チック?
い、いいい、いいじゃないか。
とにかく。
昼休みも没頭しちゃったあげくうっかり寝てしまって。
「お城! お嬢様、これ、私を書いたのよね!?」
な声で目が覚めたら、
飯田櫻!!
「ありがとぉー! 柚月君、私たち両想いだねっ!」
と、まあ。
急展開を迎えまして。
「い、飯田さん……? あの、ぼく」
なにかいいかけたぼく。
「結婚式いつにする?」
肩までの黒髪をひらひら揺らしながら、櫻ちゃんはにっこり笑う。
「あ、あのさ。櫻ちゃんの家って、インコを溺愛するインコ教団だよね」
空に、ばさばさとインコを飛ばすのをよく見る。知性のある鳥だそうだ。
「そーだけど?」
首をかしげた櫻ちゃん。
僕たちは、結婚できないよ。
「僕はまず自分の家のとこの神様が大事だから」
僕の家は、寂れた神社でしたが、取り壊され、今は裏庭の社みたいなのしかない。
だけど、僕はインコよりずっと、思い入れがある。
「ぼくの家と、櫻ちゃんの家は互いに反発すると思うな。それにぼくは、神様が――――ッ」
首にうで!
両腕!?
「改宗すれば済むじゃない? ねえ、私を、私を見てたんでしょう?」
櫻ちゃんは当然のように言って見せる。
目は真っ暗で、いわゆるレイプ目だ。
目覚めたが椅子から立ち上がれぬまま、ぼくは櫻ちゃんの両腕によって、呼吸の与奪を握られた。
「ゆるさないわ……ゆるさない」
「個人の信じるものを曲げてまで押し通して、結婚したとして嬉しいわけ?」
「そんなの……
関係ないじゃないの運命なんだからッ!!!」
はー、はー、と肩で息をしながら櫻ちゃんは怒鳴った。
運命ってなんだ。
「ろしてやる……」
ぼそりと呟いて不安定に揺れ始める
「櫻ちゃん?」
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるッッ! 許さない許さない!
インコ教だってヤクザだってなんだってつかってやるんだから! 柚月君じゃなきゃだめなんだから運命なんだから!!」
「さく、ら、ちゃん」
時期チャイムが鳴る。
みんなが戻ってくる
それまで、どうにか耐えなくては。
「櫻、一度決めたら曲げないんだぁ。ふふ……ふふふ、あーははッ!」
ぐ、と首に圧力をかけられる。苦しい。
だがか弱い女子の握力ではなかなか軌道が絞まらないみたいだ。
「おかしいなー?」
「死なないね?」
当然みたいに櫻ちゃんは笑う。
死んでたまるか。
「離せよ、もうじき、みんなッ」
みんなが来る。
言おうとして、ぐっと首にまた圧力。
「ねーえねえ? きっと真っ白できれいな骨だろうね? 柚月くーん。ウフフ」
ぼくには、櫻ちゃんを見つめることしか出来なかった。
「私ね……好きな人には一途なの……
みんなが戻ってきたら二人きりじゃなくなる。なんだか今はそんな気分じゃないわ」
「ぼくの、気分は……っ」
「あなたの気分? 小説に書くほど私が好きな癖にッ!! 嬉しいでしょ死んでも一緒なんだからね!」
完全にイッている。
どうして……
櫻ちゃんは、おっとりしていて、物静かで。
こんな。
こんな風な彼女を、誰も想像できないだろう。
「そのノートにあるのは、君じゃない、別の、ひとがモデルだ」
力がわずかに緩んでいるいまのうちにとぼくは弁解する。
「嘘よ! 嘘なんだから!」
目をカッと見開く櫻ちゃんにぼくは鳥肌が立った。
「私たち、通じあってるの、だから今ここには二人しか居ない」
それは昼休みだからだ。
「あ、柚月くん、私の好きな『猫顔魚』ちゃんのストラップつけてるー!」
櫻ちゃんはふと通学鞄に目をやった。
「私がこれ好きだって知っててつけてきたんだよね?」
知らないんだが。
その後も次々と『私がすきなもの』を挙げていく。
それは妄想だと言いかけるたびに、
櫻ちゃんはキツく睨んでいた。
ぼくは、だんだん諦めにも似た気持ちになっていた。そうか。
いくら言おうとも彼女の中では、それが真実なんだな。
櫻ちゃんは一定の力で首に圧力をかけたまままた微笑む。
「なるよね? 私を好きになるよね? 結婚するでしょう?運命なのよ」
櫻ちゃんの目は真っ黒。黒い髪も、黒い制服もあいまって、なにもかもが黒に見えた。
お昼の賑やかな校庭。
窓際から伸びる影がかかり、ぼくと彼女の気持ちに線をひくような明暗をつけた。