1-5「不穏な影」
どうも雨乃森です。
予約投稿を忘れていました。
恐ろしい程の気まずい空気が俺たちを包んでいた。
というよりは後ろを付いてくる人物のとんでもない圧が会話を拒絶している。
久しぶりの旧友に俺も多少は話したい事があるというのに。
そうこうしている間に目的地だ。といっても俺の住んでる場所の前だが。
件の猫とはここで別れた。ここにいる保証はないが、そこいらの判断は彼女にまかせよう。
「……あのさ」
「ん、なに」
青天の霹靂。よもや動く石造ばりに固く口を閉ざしていた佐々木からのアクションだった。
突然の事に素っ頓狂な声をあげてしまった。
「今あんたって、何してるの?」
「……あー」
言いにくい。という訳ではない。それはあの人達に失礼というもの。
しかし、幻滅されないだろうか。目の前の佐々木はしっかりとスーツをきている。
対して俺は着古したジーパンとTシャツだ。
いや隠しったて仕方ないか。俺が知ってる佐々木は少なくともこんなことで幻滅するやつじゃない。
「倉庫でバイトしてる。まぁ、所謂フリーターって奴かな」
「ふーん」
微妙な反応だな。ちょっとふざけたのが行けなかった?
「ニャー」
俺たちの足元から聞いた事のある鳴き声が。視線を下に向けるといつの間にか
昨日の猫が座っていた。
「『ハル』冒険は楽しかった?」
「ニャー」
ほう「ハル」というのか。佐々木は優しい声色で猫を抱っこする。
ハルは佐々木の腕の中で俺をじっと見ていた。
「なんだ?」
「へぇ。この子結構人見知りなんだけど、気に入られたね」
「気に入られた?何かしたっけか、昨日牛乳を上げたことぐらいだけど」
「それもあると思うけど…雰囲気かな。よく似てるよ。二人とも」
「俺が猫と?」
俺はジッとそいつを眺める。『似てる』か。俺は猫のように気ままに生きたことはないが。
「あぁ、だから『ハル』なのか?」
「……」
確証のない発言は佐々木の睨み顔で立証されました。いやそこまで怖い顔しなくてもいいだろう。八割冗談だぞ。
「…ま、半分は事実ね。あんたに似てたのとこの子がその名前を気に入っちゃった」
「ニャー」
「へぇ、そういうこともあるのか」
「でもあんたの倍は愛想いいよ、この子」
「…猫より愛らしい男なんぞいるのかよ」
「多少は気にしたら?マイナスに振り切ってるし」
『…』
『ハハハハハハ!』
久しぶりに笑った。そして久しぶりのやりとりだ。昔こうやっていつ終わるかもわからない
言い合いをよくしたものだ。どちらかが負けるまで昔は続けたが、さすがにそこまで
もうこどもじゃない。
「体もでかくなって、大人になったのに」
「まだこんなことで笑えるなんてね」
「いいじゃないか。こんなことで。こういうのが老いぼれた時にいい思い出なるのさ」
「…そうだね」
佐々木はクスっと笑った。その笑顔だけは変わっていなかったことは安心している。
変わらないものが一つぐらいあってもいいだろう。
今一番変わるべきは、俺か。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「お?もうそんな時間か」
まだまだ明るいが、時間はすでに夕方を指している。
夏だな、いやその前に梅雨か
「送ろうか?」
「んー…いやいいよ。この子の件もあるし、これ以上迷惑は掛けられないかな」
「別に迷惑じゃ」
「いいから」
遮るようにも見えたその態度。ある種の拒絶に見えた。
昔の俺なら去る者二度と会わずだったが、今は何故か無性に不安にかられる。
繋ぎ止めておきたい。ではどうやって?
そこいらの奴ならここで連絡先のひとつでも聞くのだろうが。生憎と俺はそこまで
愛想がよくない、なんせマイナスだからな。だからこそのもどかしさ。
佐々木の背中が離れていく。
「あ、そういえば」
祈りが届いたのか、佐々木は数歩歩いて脚を止めた。
「な、なんだ」
嬉しさが口から漏れそうになる。
「あんたに今何してるかって聞いたけど…私のは言ってなかったね」
そういって猫を抱きながら佐々木は俺に名刺を渡して来た。
「…『絵本探偵事務所』…え?探偵さん?」
「よく間違われるけど、それ『えのもと』って読むの。後、あくまでも副業以下の手伝い感覚だけどね、本業は別」
「へぇ……探偵なんて初めて見た」
事務所の場所はここからそう遠くはない。にしても昔の馴染みが以外な仕事に就いているな
てっきり事務仕事とかその辺を想像していたが。人は見かけに寄らんらしい。
「あと……はい」
「ん?…これは」
「私の連絡先」
「……え?」
「なに?いらない?」
「いやいや滅相もございません」
「そ。んじゃほんとに帰るね。困ったら探偵事務所へ、飲みの誘いならそっちへ…無論あんたのおごりでね」
彼女はゆっくりと歩き出した。その背中に時の流れを再び感じる。
昔は……何回昔っていったよ。目の前の彼女の今を見てやれよ。
彼女の背中と周回遅れの自分を嫌でも比べてしまう。
だから小さくなっていく彼女の背中を最後まで見ていた。
あれが目標だ。
ゴールは目に焼き付けた。あとはそれに向かうだけ。脚は動くか?いや動かせるか?
お前のすぐ後ろにはもう二度と進めないあの子がいるぞ。
置いていけるか?
否
これは見捨てる訳じゃない、俺は必ず戻ってくる。だからその間はうたた寝でもして
時間をつぶしてくれ。なぁ、ハツ?
さて、帰るか。
…………
……
誰かに視線を向けられている、という感覚は存外わかるもんだ。
さらには自分に一体どんな視線を向けられているか、最近似たような事もあった。
自分の中のそういったアンテナも全開だ。
視線の主は見ない。そいつは背後にいる。
息を整えろ。昨日浴びた視線とはまた違う性質だ。まるで笑われてるような
そうそう実は俺、負けず嫌いなんだ。もし昨日のアイツが俺は笑ってるのなら許さないし
また違う別件ならそれはそれで許さない。
ふぅ…………
勢いよく振り返る。
そこに立っていたのは、影ではなかった。もっと確かな。そう恐らく人だ。
そう見えるオカルトだって言うならそれまでだが、少なくともそいつからは「人」の気配を
感じた。そいつは路地裏からこちらを伺うように覗いていた。
全身黒色の姿は、お手本のような不審者だ。しかし目をひくのは、その顔だ。
ニタニタと笑ったような趣味の悪い仮面がその顔に張り付いていた。
そいつは俺と目が合うと肩をびくりとさせていた。
おいおい…理解不能な襲ってくる影ならともかく。こんな奴にストーカーされるような
いわれはないぞ。となると…
「おい…!」
俺はそいつにむかって駆け出した。仮面野郎は慌てて逃げ出す。
もしこいつが気持ち悪いストーカーだとして、その標的が俺じゃなかったら?
俺の仮説の立証は目の前の仮面野郎にしてもらうとしよう。
運動不足とはいえ、毎日倉庫のバイトで鍛えられてんだ。そう簡単には逃がさない。
仮面野郎は俺を撒こうと必死なのか、手当たり次第に角を曲がる。
だが、土地勘はないな。その先は
「おい!ハロウィンには大分早いだろ」
見事な袋小路。出口は反対側でそこには俺だ。
「気持ち悪いのつけやがって…なぁ、どこで買ったんだよ、低評価レビューしてやるよ」
「…」
反応はない。そいつはジッと俺を見ている。子猫ならともかく、こんな奴に見られてもな
「なんだ耳まで仮面で覆ってんのか?」
「…」
ゆっくりと近づく。こいつが凶器の類を持っていない確証はない。
何より、追い詰められているのにこいつの落ち着き様は不気味の一言に尽きる。
警察を呼ぶか、つか最初からそうしろ。ヒーロー気取りなんてダサイっつの。
俺が携帯を取り出した時だ。
仮面野郎の手元がキラリと光、腕を振りかぶってきた。
なんとか姿勢を逸らした、鋭い何かが鼻先を掠める。
「マジかお前…」
「…」
俺は仮面野郎から距離をとる。そいつの手元に小さなナイフが握られていた。
末恐ろしいが、もっと恐ろしいのは
一切の躊躇なくナイフを振ってきやがったこいつの容赦のなさだ。
「…ッ」
鼻先から温かい液体が流れる。マジでやばい。
だが、今ここに立っているのが俺で良かった。もし佐々木だったら…
考えるだけでゾッとするが、まずはこの状況をどうにかしなければならない。
このまま逃げるのはなしだ。こいつを野放しに出来ない。ここで逃がしたら
佐々木の身に危険が…
くそが。こんなお人好しだったか俺?
「おもちゃの使い方が上手いじゃないか。ストーカーさん?」
「…」
仮面野郎はナイフを向けながら俺に歩いてくる。そのしぐさからは余裕を感じる。
野郎…
喧嘩なんて何年ぶりだ?いや喧嘩なんて優しいもんじゃないか。
とりあえず余計な怪我をする前に警察を
俺が携帯を使おうとすると、案の定そいつは焦ったように駆け出した。
ナイフを突き立てようとしたが、なんとかその手首を掴む。
仮面野郎は目一杯暴れるが
「大人しくしろ!」
その腹に膝を突き刺す。我ながら見事に入ったと思う。仮面野郎の動きが止まる
が。
そいつは空いている方の手で俺を掴み、強引に投げた。
予想外の反撃に俺はお手本のように地面にたたきつけられる。受け身の授業を思い出したが
なんの役にも立たなかった。背中からいったおかげで肺の空気が一気に抜ける。
形勢逆転。今度はおれが袋小路で奴が出口だ。
より一層やばくなったが、体は動かない。俺は倒れながら、仮面野郎を見上げる。
しかし、見上げる頃には奴の姿はなかった。
やばい。俺は何とか、握りぱなっし携帯に電話をする。
『……もしかしてハルカ?さっきぶりだけど…」
「単刀直入に聞く。最近誰かにストーカーされてないか?」
『はぁ?何いきなり』
「じゃあ、妙な仮面をつけた奴にあったことは?」
『ちょっと待って。ほんとに何の話?』
「いいから、答えてくれ。ストーカーされてないのか」
『……一応『探偵』しているからそういうのには敏感だよ。だからこそストーカーされてないといえるよ』
「……そうか」
『あんたこそどうしたの?やけに苦しそうだし、いきなり変なこと聞くし』
「あー、この話はどちらかと言えば『探偵』のお前にいうべきかな」
『じゃあ丁度いいよ。渡した連絡先どっちも同じだから』
「は?」
名刺ともらった連絡先を確認する。うわほんとだ。え?こういうのいいのか
とりあえず俺は先ほどのことを全て話た。
『……そいつもしかしてあんたのみてたんじゃないの?』
「…………はぁ?」
『だってそうでしょ?あんた自身が視線を感じた訳だし、それにそいつの隠れていた場所。
どちらかと言えばあんたの後ろ』
「……」
言われてみればだな。佐々木と別れた時点で、あそこから居なくなればいいのに。
ずっと俺を見てた訳だろ。じゃあいよいよどういうことだ?俺と彼女をそういう風に見えたから?だからこそ俺を見ていた?そうじゃなかったら?
なんなんだよあいつは。心あたりがまるっきりでない。
「くそが……妙な影に今度は『人』か……」
『……妙な影って?』
「あ、あぁいやなんでもないよ。最近色んな事が立て続けに起きるなぁ」
『……』
「いやはや。ここ数年の俺の人生からしたら、まぁ賑やかなこって」
『……はぁ。ま、元気ならいいよ。でもちゃんと警察には行った方がいいよ。』
「探偵さんが助けてくれないのかい?」
『冗談』
「……はい」
『でも手伝える事はするよ』
「……ありがとうございます。」
『じゃあ、気を付けて』
電話が切れた頃には辺りは暗くなっていた。
流石に今頃から警察に行くのは、ちと面倒だ。
くはは…………先程までナイフを突きけられていた人間の考えじゃないな。
もしかしたら俺はこの状況を楽しんでいるのかもしれない。
仮に俺がストーカーされてるなら、そいつの首くらい自分で獲ってやろうと。
そう意気込んでる自分がいるのを感じる。
だってそうだろ?
俺の人生は十年前から色が無くなった。
しかし、太田さん達に出会ってからは多少なりとも色づいた。
しかしここ最近ときたら。色覚が狂っちまいそうな程に濃いものが俺のモノクロのキャンパスにぶつけられている。
家に着いた。時刻は完全に夜だな。
一先ず、風呂に入ろう。
鏡に写る自分を見た。
口角の吊り上がった自分を見た。
ついにおかしくなっちまったか?俺は自分の顔に手を当てる。
その瞬間一気に血の気が引いた。
なぁ。なんで笑ってんだよ。
なんも笑えねぇよ。
恐怖で心が満ちる。この不可思議な現状に対しての事ではない。
楽しんでる。
この状況を。
ふざけるなよ。今写ってるのが俺だと、言いたいのか?
「ざけんな!!」
パリンっと何かが割れる音がした。
同時に拳に痛みが奔る。あぁ、殴ったのか。
ため息すら出ない。
これも全てあの「招待状」のせいだ。
あれが来てからおかしなことが起こり始めた。
今までは歪なれど歯車は回っていた。
だというのに……
はぁ。風呂に入る。拳がしみる。上がったら手当をしないと。
湯舟に浸かれば多少は気が晴れるかと思ったが、むしろその思考はより深い所まで
沈んでいく。
冷静になれ。悲観的になるな。客観的に物事を見ろ。昔のように斜に構えろ。
「……よし」
適当に寝支度を整える。目に付いたのは例の「招待状」
「行けばなにかがわかるか……?」
昔のことなんて何も覚えていない。むしろ忘れたいぐらいだ。
しかし俺は一緒消えない罪悪と共に生きていく、それが俺の役目だ。
赦してもらいたい訳じゃない。何より誰も怒っていない。誰も責めていない。
そもそも『罪』なんてない。俺がそう思ってるだけ。
だからこそ、俺は俺を許せない。
だれかがもういいよと言っても、俺が前を向くことはない。
「…………はっ」
ここ最近の俺の考え方の変化ってのは、あっさりと覆った。いや元に戻ったか。
いいんだよ。これで。
……
いいのか?
ほんとに……
どうも雨乃森です。
ここまでありがとうございました。
また次回会いましょう。