死者に人は殺せない(短編化)
長編のあらすじを短編小説として読めるように書きあげた、あらすじだけ企画寄稿作です。
ふとした瞬間に、子供の頃に想像した姿との差に愕然とする事は無いだろうか?
この物語の主人公もその一人である。
彼が子供の頃憧れたのはミステリー小説に出て来る名探偵だった。
そんな彼は今巷を賑わす殺人鬼である。
今日も今日とて二人殺し山に埋め、運悪く崖崩れに帰路を阻まれた。
盗難車を捨てて山道をさまよう殺人鬼が辿り着いたのは古びた洋館。
携帯電話の電波は繋がらず、そこに至る唯一の道は土砂崩れによって塞がれた。
クローズドサークル。殺人鬼の頭にそんな単語が浮かぶ。
館には何やら訳有な雰囲気漂う五人の人々。
資産家、女社長、劇作家、舞台女優、洋館の管理人。
宿を提供される事になった彼は、ついうっかり自分は探偵だと嘯いてしまう。
不穏な空気、複雑な香り漂う人間関係、古びた洋館、そして殺人鬼兼名探偵。
その状況が事件を生むのか、或いは事件がその状況を生むのか。
そしてその夜、事件は起きる。
悲鳴と密室、落ちたシャンデリア。薄暗い天上にぶら下がる人影。
なぜ舞台女優は殺されたのか?
誰が彼女を殺したのか?
どうやってあんな場所に死体を釣り上げたのか?
言葉の端々に漂う後ろめたい過去の気配と切られた電話線。
そんな中一人冷静な自称名探偵は天井を見上げて思う。
(死体じゃないですやん……)
そう、彼は名探偵では無く殺人鬼。
密室のトリックは皆目見当がつかないけれども、死体かそうじゃないかは見れば分かるのだ。
ただし、それを論理的に説明する事は出来ない。
何故ならそれは殺人鬼の勘なのだから。
互いが互いを信用出来ない四人によって暴露されるそれぞれの後ろ暗い過去……をほぼ聞き流した殺人鬼は、取り敢えず名探偵っぽい雰囲気に酔いしれる事にした。
「一番問題なのはこれが密室だと言う事だよ」
殺人鬼は考える。
天上にぶら下がる舞台女優は、多分ここに居る全員を殺す気なのだろうと。
名探偵の役に酔いしれる殺人鬼は適当な事をいい続ける。
「ここは皆集まっているべきでは無いのかな? 何処に居るか分からない犯人君はきっと虎視眈々と次のターゲットを狙っているかもしれないのだよ?」
自分の身は自分で守ると斧を手に部屋に閉じ籠る資産家。
管理人をヒステリックに怒鳴りつける女社長。
芝居がかった言動の劇作家。
それっぽいが中身の無い感想を垂れ流す、この洋館では誰も殺していない殺人鬼。
そして予定調和の殺人は続く。
手始めに首だけを木の上に吊るされた管理人。
首から下を自分の身代わりとして離れに吊り下げる舞台女優。
管理人の鹿撃ち帽を頭に乗せて嘯く殺人鬼。
「首を切断せざるをえない事情があったんだろうね」
その次に冷蔵庫に詰められた顔を潰された女社長の死体。
女社長に扮して死亡時刻を誤認させる舞台女優。
女社長の膝掛けを肩に引っ掛ける殺人鬼。
コートの上から同じ色の膝掛けを肩に掛けたその様はインバネスコートの様であった。
「大広間に居た私達に見つからずに死体を運んだ方法。そのヒントは冷蔵庫にいつ死体が詰め込まれたかだよ」
そして首の無い資産家の焼死体。
劇作家が犯人であるとミスリードさせたい舞台女優。
資産家の愛用していたパイプ片手に天上を見上げる、煙草嫌いの殺人鬼。
「首が何処へ消えたのか、それが重要だ」
殺人鬼の適当な言動は割と真相に肉迫していて、危機感を覚えた舞台女優が暗闇の中殺人鬼を襲う。
それを難無く捌く殺人鬼。
高々三人しか殺していない連続殺人犯ごとき、百戦錬磨の殺人鬼に敵う筈もなく。
「追い詰められた犯人と言う物は迂闊な行動をしがちなのだよ」
冷蔵庫に隠された二つの首を見つけて舞台女優が生きている事に気が付いた劇作家は、罠を張って舞台女優を待ち受ける。
奪い合われるナイフ、階段を転げ落ちる二人、舞台女優の腹に刺さったナイフ、壊れた様に嗤う劇作家。
二人の傍に立った殺人鬼は勝ち残った一人――劇作家を殺した。
「……貴方何者?」
舞台女優が掠れた声でそう尋ねる。
殺人鬼はその問いに答えず「そして誰も居なくなった」と言ってその場を立ち去る。
それは殺人鬼の思う名探偵っぽい行動であり、別に意味は無い。
洋館の外に出た殺人鬼が目にしたのは沈む夕日。
今から歩いて山を降りるのは難儀な事だと洋館へと舞い戻る。
殺人鬼は息絶えた舞台女優の傍らに再び立った。
何か名探偵っぽい台詞を言おうとして、その手の台詞は言い尽くした事に気が付いた殺人鬼。
「そもそも、そして誰も居なくなったってタイトルだよね?」
帽子とパイプを膝掛けで包んでから暖炉に放り投げて、殺人鬼は殺人鬼へと戻った。
残念ながらもう殺す相手は居なかったが。