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サボテン

作者: ハチワレ

私は物語に苦手意識がある。

だから漫画とか小説とか絵本とかテレビドラマとか、そう言ったものすべてに対してどこか抵抗がある。

理由はとても単純で、幼稚と言われても仕方のないものなのだが、

こちらの自由が利かないという所だった。

自分の意志でチャンネルを合わせ、ページをめくり文字を追う。けれど読み進めれば進むほど展開は自分の意図しない方向へ流れ、死んでほしくない人物は死に、幸せになって欲しくない人間はハッピーエンドへ爆走するのだ。

ある時、途中まで読んだところで本を閉じて以来、積み上げた文庫本や漫画に手を付けることはなくなっていた。

現実も虚構も同じだと気づいた時、私はどうしようもない虚しさに襲われた。窓を開けるとベランダの隅にある小さいサボテンが目に入った。元々テーブルの上に置いていたが、枯れかけてみすぼらしくやせ細ってしまったので外に出してそのままほったらかしていた。

手に取ってみる。小さなテラコッタの鉢は、元々別のものが入っていたが、今は枯れてしまい、こうしてサボテンが後釜に入ったという訳だ。

思い通りにならないのは、現実だけで十分だ。

何を見ても気に入らないところばかりが目立つ。爪の始まる場所に出来たささくれは、手を洗ったりシャツに袖を通したりするたびに思い出したようにチクリと刺すように、一々気になっては新しい痛みを提供する。大きな傷ではないのに存在感だけが大きく、苛立ちに変わっていく。

私は最早全身ささくれ立っていた。美しいものばかり見ていられたらどれほど楽なのかと思う。けれど、そんなものは到底かなわないのだと思う。人間は醜いなと思う。動物は非情だなと思う。

サボテンに棘がある理由は、実はよく分かっていないらしい。

砂漠に発生する朝露を集めるとか、食害を防ぐためとか言われていた。今検索すればすぐに答えも出てくるかもしれないが、そこまでする気は起きなかった。

大学生になり、大学を卒業して1年以上経っていた。

大学の時に出来た友人らしき人脈はスマホと共に川に捨てた。

思い出したい過去など無い事だけは覚えている。

掃除をすることにした。座り続けた所為で猫よりも猫背になっている。起きて食って寝て起きて喰って寝る。それだけで一日は過ぎた。貯金が尽きれば私の人生は終わりだ。

死ぬ前に見られて困るものは処分しなければならない。

勉強机の引き出しに手を掛ける。この部屋には他にベッドと備え付けのクローゼットがあるが、クローゼットの中は冬物のコートを吊るして、下にコンテナをいくつか置いて肌着やらを詰め込んでいるので、見られて困るものはない。

ベッドの下は今掃除すれば子犬くらいの大きさの埃でも出てくるだろうが、それも見られて困るとは思わない。残りは小学校の時に買ってもらった勉強机くらいだ。

勉強机ってすごい名前だなとふと思った。

引き出しを開けるといろんなものが入っていた。日記帳は途中から下手な漫画に変わり、四日で幕を閉じている。これは恥だなとゴミ箱へ放った。

それ以外にも入試に使った4Bまでの鉛筆やコクタン、練り消しが出て来た。ふと引き出しの一番下に段差を見つけた。爪を引っ掛けて引っ張り出すと、上に乗っていたアクリル絵の具やポスターカラー、彫刻刀が持ち上がって引き出しから溢れる様に床に散乱した。それは中学の時の卒業文集だった。

何となく開いてみる。私は自分のページで手を止めた。私は小学校の高学年くらいから学校に行かなくなった。いじられキャラになってから庇われるのも揶揄われるのも嫌になった。幼稚な話だと今では思う。そんな程度で?と今の私なら当時の私に言うだろう。でも私はランドセルを背負って家を出て、薬品工場の液体窒素と書かれたタンクが目に入る場所まで来ると踵を返して家に戻った。母親はインターホン越しに怒鳴ったが、結局家に引き入れてくれた。

毎日泣いていたな。

父親は夜中に帰って来ると、私は二階の部屋で起きていた。父は私が学校に行っていないことを母から告げられると必ず声を荒げて引き摺ってでも行かせろと言った。私は布団をかぶって震えていた。

それでも、学校には行けなかった。

中学の同級生は小学校と変わらない。それが同じ地区にある中学に行っている弊害だった。別に人が変わっても何も変わらないことは、高校生活で証明済みだった。寧ろ少し悪化した。

被害が悪化する前に逃げ出したので無理をして行っていたら好転していたかもしれないが、どうでもよかった。

中学の卒業文集には、私の知らない思い出でキラキラとしていた。

フォークギター部なんてあったのか。修学旅行は農家に体験宿泊なんかしたのか。文化祭での劇や、部活動、一生の友達に出会えたなんて書いてある。

この中の誰か一人でも、私の事を覚えているだろうか。

どうしてそんなことを思うんだろう。友達なんていなかったのに……。

卒業文集をゴミ箱に放ろうとした時、ふと足元に細長い袋が落ちているのに気付いた。

「……」

セカイ堂の袋を破ると、新品の筆が出て来た。袋には何も書かれていなかった。思い出も何もないことに違和感を覚える。そして思い出した。

大学で唯一言葉を交わす程度には仲の良かった同級生に送ろうと自分で買ったものだった。突然大学を止めた後、音信不通になってしまった。これを買った理由はただ、プレゼントを貰ったからだ。

窓のサボテンに目をやる。

駅中にある画材屋に行きたいというので、ただついて行った。

一緒にどこかへ行ったのはその一度くらいだった。

「俺今度誕生日なんだけど」

「そうなんですか」

「プレゼント代わりに何か奢ってくれてもいいんだぜ?」

ふざける様に言ったそいつに、私はただの思い付きで言う。

「そういえば私、今日誕生日なんだった」

「絶対嘘だろ」

と言って笑った後、スリーコインズでこのサボテンを買ってくれたのだ。

「これ、三百円もしたのか……ん?」

サボテンに手を伸ばしてまじまじと眺めているとふと気づいた。

「あ、花咲いてる……」

窓越しに見えない場所に、恐竜の背中で出来たボールから薄いピンク色の花が取ってつけたように咲いている。

緑と黄色の表紙のスケッチブックを開いて鉛筆で適当に当たりをつけた。

新品の筆の封を開ける。

落ちている絵具のチューブを拾って筆の上に絞り、そのまま白い紙の上に塗りたくった。

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