合コンに行こう!
【この小説はアンリ様主催の《クーデレツンジレドン》企画参加作品です】
『お前、つまんないんだよな』
大学二年の春。高校の頃から付き合っていた彼氏にそう告げられ、フられた。
彼の言いたい事は何となく分かる。私はつまらない人間だ。彼のいう事には基本的にYesで返すのみだし、喧嘩などしたことすら無い。趣味も大して無い、好きな食べ物も嫌いな食べ物も特にない。デートの時に何か食べたいかと聞かれても、ひたすら何でもいいと言うだけだ。
私はつまらない、そしてウザいだけの人間だったんだろう。自分の意見を言う事などまず無かったし、何でも彼に任せっきりだった。
私は何処に遊びに行っても楽しかった。でも彼と一緒に居るだけでよかったなんて言っても、それはただの自己満足。彼はもっと私に「私」を見せてほしかったのだろう。でも私なんてこんな物だ。私はこの程度の人間だ。
彼と別れた後、何度か友達から合コンの誘いがあったが断った。別に恋人なんて居なくても生きていけるし、しばらく一人で居たかった。彼は私の事をつまらないと言ったが、私は本当に彼の事を好きだったんだから。
「生まれ変わりたい……」
もっと自分を出せる性格になりたい。しかし性格なんてそうそう変えられる物じゃないし、頑張って違う自分を演じても不自然なだけだ。ならば生まれ変わるしかない。今流行りの異世界転生でもして、全く違う世界でもっと違う自分として生きていきたい。でもそんな事、願うだけ無駄だ。そんなのは所詮フィクションの世界だけで、実際には……
「……あれ?」
大学の帰り道、別れた彼が反対側の歩道を歩いていた。しかも新しい女と仲良さげに手を繋いで。
その様子を思わず目で追ってしまう。彼も手を繋いでる女の子も、満面の笑みで楽しそうに歩いている。
「もう……彼女出来たんだ……」
なんだか無性に寂しくなった。そして死にたくなった。
あぁ、こういう所が駄目なんだろうな、私は。
もっと私も早く新しい男を見つけよう、とか思わないとダメなんだ。私も幸せになろうとか思わないと……駄目なんだ。
でもそんな気には到底なれない。
今はもう……ひたすら消えてしまいたい。惨めでバカな自分を……消してしまいたい。
「さようなら……」
遠目に、彼へと最後の別れを。
死にたい死にたいと願っても、私は自殺する勇気なんて無いし実際に死ぬのは怖い。
だからこれからも、細々と私は生きていくんだろう。何事もない、紙のように薄い人生を……。
※
それから数か月後、友人にどうしてもと言われて合コンに参加する事に。当初決まっていたメンバーの一人が急に参加出来なくなり、人数合わせで来て欲しいとの事だった。最初は断ったが、もう私しか居ないと泣きつかれて渋々承諾した。まあ、タダ飯にありつけるならいいじゃないかと……無理やりに自分を納得させて、合コンが行われる居酒屋へと向かった。
駅前の何度か彼と来た事のある居酒屋。幹事である友人の芽衣はもう来ていて、私を見つけると手招きしてくる。
「ごめんね、葵。来てくれて助かったわ」
「うん、大丈夫。暇だったから」
ちなみに芽衣は歴とした彼氏持ちである。服装も化粧も芽衣はオシャレで大人っぽい。それに対して私は「通夜ですか?」と聞かれそうな服装。黒のロングスカートに黒のセーター。
そんな私に、芽衣は本日の主旨を説明してくる。今日は合コンであって、合コンでは無いらしい。
「今日ね、柚香に彼氏の友達紹介したくてね……でも相手は普通に合コンだと思ってるのよ」
「あぁ、成程。分かった。その友達と柚香をくっつける作戦ね」
柚香はとても可愛い今時の女子。背も小さくて気も小さい。顔も性格も可愛くて、私が男なら是非抱き枕にしたいと思ってしまう子だ。勿論猫を被っているのでは? と思われるかもしれないが、彼女はそんな器用じゃない。何故分かるのかと言えば、私は柚香と幼馴染だからだ。
「ついでに葵も……そろそろ新しいの見つけたら?」
「うん……まあ、考えとく」
新しい男を見つける気など皆無だが、芽衣が私の事を心配してくれるのが分かって心が痛い。ハッキリ言えばいいのだ。新しい男を見つける気など無いと。そうすれば芽衣も変な気を使わずに済む。
それはそうと……柚香はまだか? 本日の主役がまだ来ていない。男も一人も来てないけど。
「ん? ぁ、柚香からライン来てる……。ぁ、電車乗り遅れちゃったって。えーっと……ゆっくりでいいよ……と」
「ところで、柚香に紹介する男の顔写真とかあるの? どんな男?」
「あぁ、この人。結構イケメンっしょ?」
芽衣のスマホに映し出された男性。眼鏡男子だ。如何にも仕事が出来そうなエリートサラリーマンのような男。しかし私達と同じく大学生だと言う。歳は一つ上らしいが。
「というわけで……葵、この人を落としちゃダメよ」
思わず飲みかけていたお冷を吹き出しそうになる。何を言ってるんだ。
「いやいや……落とすも何も私なんて眼中に無いでしょ」
「そう思ってんのはアンタだけよ。というわけで……今日は葵、ツンデレで行きなさい」
無茶ブリ来た。ツンデレで行きなさいって……デレていいのか? 駄目だろ。ひたすらツンツンして男からドン引きされなければ。
※
それから十分程度で男三人が到着。そして更に五分遅れで柚香も居酒屋へと姿を現した。
私と芽衣は柚香を真ん中にして座り、全員揃った所で飲み物を注文。柚香以外はビール。
「柚香ちゃん、お酒は苦手?」
店員に注文した後、自己紹介を終え、男の一人が柚香にそう質問してくる。恐らく芽衣の彼氏だろう。柚香の彼氏候補とは別タイプのイケメンだ。なんかアイドルになれそうな雰囲気だ。
そんな柚香は、質問に対し「ぁ、はぃ……」と今にも緊張で吐きそうな顔をしている。
まるで拾ってきた子猫のようだ。今すぐ抱きしめて家に持ち帰りたいが、その前に柚香と男をくっつけなければならない。私が言えた柄では無いが、柚香は自分から男と付き合えるような子じゃない。ここは強引にでも……しかしだからと言って、変な男を柚香の彼氏にしたくない。見極めねば……目の前に座っている男三人を。
「葵さん、でしたっけ。芽衣さんとは仲いいんですか?」
その時、柚香とくっつける予定の眼鏡男子が話しかけてきた。
『今日はアンタ、ツンデレで行きなさい』
そうだ、私はツンツンしなければならない。
普段の私ならそんな事不可能だけど……柚香のためなら……私は鬼でも悪魔でも……何にでもなってやる。
「……? あの、葵さん? 気分でも……」
「五月蠅い、私に話しかけるな、眼鏡」
一瞬、時が止まった。
んぅぅぅぅぅぅ?! 今、私……何て言った?!
なんか凄い事言っちゃって無いか?! 大丈夫か?!
話しかけるな眼鏡、確かにそう言ってしまった。
いやいやいやいや、アホだろ私! きっと男達は「じゃあ何でお前ここに居んの?」みたいに思ってるよ絶対! やばい、ツンツンしすぎた……もっと、もっと控え目にせねば!
「あ、はい……すみません」
すると眼鏡男子……いや、要君は非常に申し訳なさそうに言ってくる。ごめんよ……マジでごめんよ……でも柚香のためなんだ、分かってくれ。ちなみに要君はバスケットをやっているらしく、背も高いしガタイもいい。しかし性格は大人しそうだ。
「あの、柚香さんは……話しかけても……いいですか?」
要君は恐る恐る柚香へと会話をしてもいいかと申請する。要君は私の様子をチラチラ伺いながら、見るからに焦っている。
あぁ、やってしまった……。でもこれはこれで、柚香がとてもいい子に見える筈だ。いや、元々いい子だが、割増という意味で。
これぞギャップ萌え。私がツンツンし、柚香が優しく対応する事で「ツンデレ」が成立する。飴と鞭の間違いでは? と思わないでもないけど。
そして多少……要君には鞭で打ち過ぎた感はあるが、その分柚香の印象が最高の物に……。
「は、はははははい……よ、よよよろしいですことよよ……」
なんか柚香が……壊れた喋る人形みたいになってる。
し、しまった……! 私が場の空気を微妙すぎる物にしたから……柚香の緊張が更にガッチガチの氷像状態に……。
あぁ、芽衣が微妙な視線向けてくるのが見なくても分かる。
おい、男共! なんとかしろ! 私が悪かったから! 頼むから何とかしてくれ!
「突然だけど面白い話していい?」
すると本当に突然、私の向かい側に座る男がそんな事を言い出した。
というか何て恰好してるんだ。キャップにサングラスにマスクって……何処ぞの仮面ユーチューバーか? というかこの声……
「俺の従妹がさ、ある日突然、俺のアパートに来て……こう言ったんだ。『背中が痒い』って」
……で?
え、終わり? 面白い話、終わり?
シーン、と凍る空気。なんだこの合コン、カオス過ぎる。もうこれ以上無いほどにカオスだ。意味が分からん。すると芽衣の向かい側に座る男、つまり芽衣の彼氏が
「だから何だよ! もしかして終わりか?! 面白い話終わりなのか?!」
とツッコミを入れる。それに続いて芽衣が爆笑しだし「終わりなんだ?!」と手を叩いて喜び出した。それに釣られて柚香も要君も笑顔に。凍った空気が少し溶けだした気がする。それから要君と柚香が順調に会話を開始し……なんとか救われた。あぁ、良かった……。
「バ、バスケやってるんですね……背高いですもんね、カッコイイです……」
お、柚香がちゃんと会話してる。しかも顔を赤くしながら「カッコイイ」なんて言っちゃって……。君の方が可愛いぞ。
すると要君が私の方へ再び視線を送ってくる。
「カッコイイと言えば……葵さんもカッコイイですよね、その……雰囲気が……。何かされてます?」
また私に会話フってきた……! 喋りかけるなって言われて良く会話する気になるな、君。
しかし気を付けろよ私! 今度は程々にツンツン……程々にツンツンするんだ!
「……別に……ジム行ってるくらい」
よし、よし! いいぞ! 程々にツンツン! 今度は成功した筈だ!
その時、突然柚香が横から私に抱き着いてきた。
え? ん? ど、どうしたの、柚香ちゃん……。
「……葵、今日はどうしたの? なんでそんなにイジワルなの? 私、何かした?」
柚香が上目使いで私を見つめながら、そんな事を言ってくる。
ガフッ! 不味い……鼻血が……鼻血が出そうに……。
「い、いや、別に柚香が悪いわけじゃないから……大丈夫大丈夫……その、ちょっと……」
柚香の頭を撫でまわしながら、そのままお手洗いへと戦線離脱する私。
あかん、不味い、ツンツンするのは良いが……柚香にも気を使わせてしまう!
別に私、普段通りでいいんじゃないか? 元彼だって私の事をつまらないって言ってフったわけだし……。私はいつも通り、つまらない人間をしていれば全然……。
※
そのまま居酒屋の女子トイレから出てくると、廊下の壁にもたれながら一人の男が立っていた。私の向かい側に座っていたサングラスにマスクの男だ。
あの立ち方……ポケットの中に親指だけ突っ込んで、太もものあたり掻く癖……。それにあの声……。
「……何してんの……朝陽」
「……別に」
私が話しかけると、サングラスとマスクを取る男。やっぱりコイツは……私の元彼、私の事をつまらないと言ってフった男。
「なんで……こんな所に居るのよ。彼女放っておいていいの?」
「……? 彼女って……誰の事だよ」
コイツ……しらばっくれる気か。
「ちょっと前に……街で楽しそうに手繋いで歩いてたじゃない。あの子はどうしたのよ」
「……あー、いや、あの子……俺の従妹」
な、なんだと?
「う、嘘おっしゃい! 従妹とあんなイチャイチャと……! あんな仲良く恋人みたいに手繋いで歩くわけないじゃない!」
「いや、だってまだ小学生だし……手繋いで歩かないと危ないだろ」
……小学生? いや、だって……凄い背高かったよ?! 朝陽と同じくらいだったから、身長170cmはありそうな……
「最近の小学生は発育良いんだよ。それよりお前……演技下手過ぎ」
「な、何よ、いきなり……というか朝陽こそ……なんで変装なんてしてんのよ」
「俺だって騙されたんだよ。芽衣ちゃんに要と柚香ちゃんをくっつけたいから、人数合わせで来てくれって言われて……そしたらお前が店の中に入っていくのが見えたから、急いでドンキでサングラスとマスク買ってきて……」
芽衣ー!
あいつ……やりおったな……。
でも私はよりを戻すなんて気は一切ない。それは朝陽も同じ筈だ。
「別に……変装なんてしなくてもいいじゃない。今更会ったって何がどうなるわけでも無いんだから」
「……まあ、俺もそう思ってるよ。それより……今日のお前、演技下手くそだけど……なんかいいな。じゃあ俺もう帰るから」
「は? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
帰ろうとする朝陽を止めようと、思わず廊下の壁へと手を付き……退路を断つ。
って、いや……なんで私、壁ドンしてんの。
「……なんスか、葵サン。顔近いッスよ」
「う、五月蠅い……私だって必死なのよ……柚香に幸せになってほしくて……」
やばい、背中にジンワリと汗が……冷や汗が……!
なんで私が元彼に壁ドンなんて……!
「お前、俺と付き合ってる頃よりいい感じだな。あの頃は何か他人行儀だったし」
「……当たり前じゃない……嫌われたくなかったんだから……」
朝陽に嫌われたくない、だから私はずっとイエスマンだった。
ワガママを言えば嫌われる、愛想を尽かされると思って。
でも今となっては、もう終わってしまった事だ。
もう嫌われたんだから……別にもう……何でも……
なんでも……出来る。
「分かったよ……最後まで合コンには参加するから、そろそろ離れよ。周りの目線が痛い」
「……え?」
気が付けば、トイレに赴こうとする人が廊下の入り口に数人集っていた。その誰もが暖かい目を送ってくる。
私は急いで壁ドンを止めて「す、すみません」と言いつつトイレへの道を開ける。するとその中の一人が、サムズアップしながら女子トイレへと入っていった。何だ、今のは。どういう意味だ。
そのまま私と朝陽は元の席に。変装を解いた朝陽を見て、芽衣は妙にニヤ付いた顔に。コイツ……破産させてやる。今日はこのまま飲みまくってやるからな……!
※
「葵、大丈夫? タクシーで送っていこうか?」
「大丈夫大丈夫。俺、コイツの家知ってるから。駅からも近いし電車で十分だから」
俺は酔いつぶれた葵へと肩を貸しながら、そのまま連中と別れて駅へと。要と柚香ちゃんは上手くいきそうだ。二人共、最後まで結構楽しそうに会話していたし、次も芽衣ちゃんを交えて食事に行く約束をしていた。
「ぅー……朝陽……きぼちわるい……」
「飲みすぎだっつーの。そんなに飲めねえくせにガバガバと……」
切符を買い、改札を通って駅のホームのベンチへと葵を座らせる。
電車が来るまで……あと十分程度か。水を買ってくるついでに一服してくるか。
「葵、ちょっと水買ってくるから。待ってろ」
「ぅー……」
唸りながら頷く葵を確認して、そのまま自販機で水を買いつつ喫煙ルームへ。
煙草に火を付けながら、久しぶりに会った葵を思い浮かべる。
正直に言って可愛い。葵と別れた後、誰かと付き合おうとしてみたが、どうしても葵の事がチラチラと頭の片隅に浮かんでしまう。
俺は葵の事をつまらないと言ってフった。あの時は本当にそう思っていた。俺が何を言っても肯定しかせず、自分の意見を言わない人形のような奴。
それでもデートに行けば喜んでくれて、満面の笑みを返してくれた時は何よりも嬉しかったのに……いつからだろうか、物足りないと思い始めてしまったのは。
狭い喫煙ルームの中、自分の吐く煙を見ながら考える。
今日の葵は良かった。何が良かったって、あいつの違う部分が見れた事が良かった。コイツもこんな顔をして、こんな事を言うのか、と……。結局俺は葵の事をまだ何も知らないのかもしれない。あいつが俺に嫌われたくないから他人行儀な態度を取っていたというのは……俺の責任だ。葵が安心して自分をさらけ出せる存在に……俺はなれなかったんだ。
煙草の火を消し、葵の元へと戻る。
葵は携帯を弄りながら……今にも吐きそうな顔で真っ青に。
「……おい、大丈夫か?」
「……出る……」
「は? ちょ……! 待て! 頼むから待ってくれ!」
急いで葵を立たせ、そのまま多目的トイレへ。
俺は葵の背中を摩り……
【注意:葵ちゃんが修羅場です。しばらくお待ちください】
用を済ませ、ホームへと戻ると電車は既に出発していた。
次の電車は……げ、ニ十分後。まあいい、どうせ明日は休みだし……
葵を再びベンチへと座らせ、隣に俺も座る。
すると葵は俺の肩に頭を預けてきた。懐かしい重み。そのまま寝息を立て始める葵。
「はぁ……まったくコイツは……まったく……」
明日は休み……。
最低な男だと罵られるのを覚悟で……明日は葵に電話をかけようと……
俺は密かに決心した。
【この小説はアンリ様主催の《クーデレツンジレドン》企画参加作品です】
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【お酒と煙草はニ十歳から!】