アパートの隣の部屋の美人のお姉さんが作りすぎた飯をお裾分けしてくる
「あのう……突然お伺いしてすみません。
隣の部屋の者なんですけど、これ作りすぎちゃって……」
つけっぱなしのテレビを眺めてダラダラ過ごしていた日曜日。
チャイムが鳴ったので何気なく出てみれば、そこには蓋付きの両手鍋を持った美女が一人。
やや上目遣いの視線を前に、おお、と俺は感動を覚える。
大学に入り、一人暮らしを始めて早一年。
会話はするが遊びに誘われはしない程度の人間関係しか築けていない俺が、まさかこんなシチュエーションに遭遇するだなんて。
当然、鍋はお礼を言ってありがたく受け取った。
いやー、作りすぎちゃった料理を美人のお隣さんがお裾分けしてくるなんて展開、現実に起こるんだなあ。
中身は何かな。カレーかな、それとも肉じゃがかな。
それにしても、このアパートにあんな美人が住んでたなんて全然知らなかったなあ。
鍋を返す時に女子受けしそうなお返しを持っていけば、話が弾んで仲良くなれるかも……なんて期待まで浮かぶ。
ドアを閉めた俺は、とりあえず鍋をコンロの上に置いて蓋を取る。
中には、ゴロゴロと固まった丸い塊が幾つも入っていた。予想外の中身にちょっと面食らう。
肉団子だろうか。でも、それにしてはひとつひとつの見た目や色が微妙に違う。
……食べられるもんだよな?
今更メシマズや異物混入なんて言葉が浮かんで急に不安になってきた俺は、その中の適当なひとつを指で突付いた。
急に景色が変わった。
アパートの玄関兼キッチンにいた筈の俺は、見通しのいい原っぱに突っ立っている。
鍋も、コンロも、流しも、冷蔵庫も、すぐ後ろにあった洗濯機も一瞬で消えて、部屋でテレビを見ていた普段着のままで。
なんだこれ。
呆然としていた俺は、遥か彼方から土煙をあげて迫ってくる異様な集団に気付いた。
最初は壁かと思った。草原の端から端まで続く長い壁。だがすぐに、それは横に並んだとんでもない数の人間だと分かる。
追い付かれ、囲まれるまではあっという間だった。
片手に短い槍を、もう片手に丸い盾を持った鎧姿の男たちが、馬みたいなトカゲに跨っている。
列を割って出てきた青い瞳の女騎士が、尖った穂先を俺の喉に突き付けて怒鳴った。
「何者だ貴様っ! ここはこれより合戦の舞台となる大地……もしや敵方の密偵か!
それに、その見慣れぬ服装……おい、こやつを捕らえろ! カリストの手の者やもしれぬ、我が陣まで連行し吐かせてくれる!」
女騎士の号令で、後ろに控えていた数名がトカゲから降りて近寄ってくる。
それを見て、ただ呆気に取られるままだった俺にやっと恐怖が襲ってきた。
このままじゃ捕まってしまうと、訳が分からないままに叫ぶ。
「助けてええええ!!」
次の瞬間、俺はまたアパートのキッチンに立っていた。
ついさっきまでと何も変わった所はない。草原も、女騎士も、軍隊も全部消えている、ただの狭い台所だ。
俺は口を開けたまま、横滑りに視線を移動させた。鍋の中身も特に変わらず、色とりどりの肉団子がゴロゴロ転がっている。
俺は迷わず鍋をひっ掴むとドアを叩き開け、鍵も掛けずまっしぐらに隣の部屋を目指した。
チャイムを連打し、ドンドンと片手でドアを叩く。ノックというより叩く。
「すいませーん!! すいませぇぇーん!!」
たたたと走ってくる音が聞こえて、すぐにドアが開いた。
鍋を持ってきたお姉さんが、俺と俺の抱えた鍋を見て目を丸くする。
「あら、お隣の……どうしました? お口に合わなかったですか?
それとも、もしかしてアレルギー? まあ、だったら申し訳ない事を……」
「そのどっちかだったらもうちょい説明が楽だったのにと思いますよ俺も!
じゃなくてこれ! この肉団子! 触ったらなんかこうバーッとファンタジーっぽい場所に! 鎧兜の女騎士が!」
「あっ、はい。差し上げたんですから出入りは自由ですよ」
「はい?」
「そのひとつひとつは全部独立した世界です」
「……はい?」
「うーん、説明するよりもう一回やってもらった方が早そうですね。
そこの隅にあるお団子に触ってください」
「あ、はい」
流れるような言葉に乗せられて、指差された一個の肉団子にオレは触れた。
やっちまったと思った瞬間には、また景色が変わっている。
さっきと違ったのは草原や青空なんてどこにもなく、煙と瓦礫の中で銀色に光るロボットの群れが銃をぶっ放していた事だ。
こっちに気付いたのか、カマキリみたいな姿の一体が、機械音をあげてバカでかい銃口を俺に向ける。
「ぎゃあああああ!!」
叫ぶ。また景色はアパートの玄関先に戻っていた。
火薬の匂いも炎の熱さもどこにもない。俺は鍋を抱えて立っていて、目の前には落ち着いた大人の美女がいる。
全身からどっと汗が噴き出してきて、ガタガタと膝が震え始めた。怖すぎて鍋を捨てる事もできない。
「な……なに、今の……また変な場所に……」
「今の世界はけっこう文明が進んでいましたね。
持ち主なら、出たい逃げたいって思えば出られますからほぼ安全ですよ」
「だから世界って何!? そもそもお姉さん何者!?」
「私は神です」
「神なの!?」
「はい。今日は朝からお鍋で世界作ってたんですけど、ちょっと作りすぎちゃったのでお裾分けしようかと……」
「世界ってそんなお料理感覚で作れるものなんですか!? というかなんで世界量産できるような神様が安アパートにいるんですか!?」
「ふふっ、神はいつだってあなたの隣にいるんですよっ」
「それって心構えの話で、物理的な距離の事を言ってるんじゃないですよね」
「なんでも出来るならどこに住んでたって一緒ですから。これでも私、全知全能ですもん。えっへん」
納得できるようなできないような理屈を、お隣の神様――隣家さんは説明してくれる。リンカさんって言うらしい。
普通なら俺だってこんなのを相手にしたりしない。自分を神だと言い張る危ない奴には関わらないのが一番だって決まってる。ただ今回は二連続であんなものを体験してしまった後だから、頭ごなしに否定もできなくなっていた。
自分だけ黙っている訳にもいかず、俺も自己紹介を返す。ついでに鍋も返す。
「まあ! お肉は嫌い?」
「好き嫌い以前に、今の話の後だと食欲沸かないので遠慮しときます……」
「そうなのね……困ったわ。食べ盛りの男の子が隣にいるから、作りすぎちゃっても安心だと思ってたのに」
「カレーとか肉じゃがなら歓迎だったんですよホント。つーか触ると中に入っちゃうんじゃ、そもそも食べられないんじゃ?」
「お箸やフォークを使えばワープしませんよ」
「判定基準そこなんだ……」
神様のセンスって良く分からない。
いや本当に神様なのかはまだ不確かだけど。只者じゃないのは確かだけど。
隣家さんは、俺が返した鍋の中の肉団子世界を一個ずつチェックしている。
俺には色くらいしか違いが分からない。
「この世界は……あちゃあ、核戦争で滅んじゃってますね。
不思議と核戦争に行き着く世界が多いんですよねえ。比較的お手軽に火力が出せるからなのかな?」
「……そこにあるのって全部違う世界なんですか?」
「ええ、いっぺんに作ってもそれぞれ発展の方向性が違ってくるんですよ。味わいも微妙に異なります。おいしいのになー、なー……」
ちらっちらっと隣家さんが俺を見てくる。いや流し目されても絶対に嫌だから。
首を横に振る俺に、隣家さんはちょっと待っててくださいねと言って部屋の中へ引っ込むと、すぐに戻ってきた。
肉団子は白い大皿に移され、一個ずつ爪楊枝が刺さっている。
「はい!」
「食べやすさの問題じゃないです」
「ええー」
おいしいのにな。隣家さんはもう一度そう呟いて、肉団子をひとつ摘むと俺に見せるようにあんぐり齧ってみせた。
目の前で食べれば釣られて俺も食べ始めると思ってるんだろうか。幼稚園児か俺は。
大きな肉団子は一口じゃ食べきれず、そのままパクパク頬張っていく姿は子供っぽく見えて正直とても可愛い。もともと大人っぽい美人なので、この無邪気な仕草とのギャップはだいぶ堪らないものがある。
これで食べてるのが世界じゃなくてただの肉団子だったら、俺も手放しで今回の縁に喜べたのに。本当に世界でさえなければ。
「あの……それ世界なんですよね?」
「ええ」
「食べちゃって大丈夫なんですか?」
「食べたら滅んでなくなりますねー」
「大丈夫じゃないじゃないですか!」
「食べられて滅んだなんて住民には分かりませんよ。
勇者が魔王に敗北したですとか、その逆とか、はたまた太陽が巨大化して星が飲み込まれたですとか、それらしい理由が各世界の中でテキトーに組み上がってる筈です」
「世界ってそうやって滅ぶんだ……はっ! もしかして俺らのいるこの世界も!?」
「ふふっ、どうでしょう?」
隣家さんはほんのり笑って、最後の欠片をぱくりと頬張る。
よく見たら、俺が最初に触ったあの肉団子だった。
青い瞳の女騎士……負けちゃったんだろうか、魔王とかに。
そんな事件があってから数日後。
駅から続く商店街に寄った俺は、バッタリ隣家さんと出くわした。
あれきり接触はなかったので、思わぬ遭遇にうっと呻いてしまう。もしかしたら今までも知らずにすれ違っていたのかもな。
膝まで下りたロングコートに、ぐるりと巻いた薄い桜色のマフラーがとても似合っている。元がいいって万能だ。
神様でも寒いんだろうかと思いながら挨拶をした。さすがに顔まで合わせて無視する訳にはいかない。
「こんにちは。今日はお夕飯の買い物かしら?」
「そんなとこです、コロッケしか買ってないですけど。隣家さんは?」
「私は世界の材料を買いに」
「商店街で買えるんですね……なんか俺にも作れそうな気がしてきました、ははは」
これが乾いた笑いってやつだろうか。
そんな俺に向かって、隣家さんはさらりと言った。
「作れますよ。あっ、そうだ! お時間あります?」
「おじか……えっ? えっ!? はっ、あの、いま作れるって」
「宜しければ、これから私の部屋に来ませんか? お暇なら一緒に世界を作ってみましょう」
耳の奥をくすぐられるみたいな、落ち着いた優しい声で誘われる。
みませんと俺は答えた。
と言ったものの、少なからず興味はある訳で。
「来てしまった……」
そう、結局来てしまったのだ俺は。
断じて下心ではない。下心でこんな見えている地雷を踏みに行く男はいないだろう、たぶん。
隣の部屋の美女に誘われて一緒に夕飯作り。字面だけなら羨ましいのに、その美女が神を自称していると付け足すと全部台無しだ。
だけど、妄想って言い切れない体験をしちゃってるからなあ……。
アパートのキッチンはコンロしか置けないくらい狭いので、折りたたみ式のテーブルを使って下拵えする事になった。床にはこぼれた時の為にペットシーツを敷いてある。なんだろう、この所帯じみた世界創生の儀式は。
あんまりジロジロ見たら失礼かと思ってさっと眺めただけなんだけど、
同じアパートだから部屋の作りは同じなのに、俺の部屋とは全然違う印象を受ける。
具体的に言うと、いい匂いがする。ふんわりした花の匂いだ。ああ、つくづくこれが世界肉団子作りじゃなかったら。
流しで手をしっかり洗って、いよいよテーブルにつく。
「マジで俺でも作れるんですか?」
「大丈夫です。分からないところは教えますから」
「所というか箇所というか、一から十まで全てが分かりません」
「初心者はアレンジを加えようとしないで、レシピを守って丁寧に進めるのが大切です。まずは合挽き肉をボウルにあけてください」
「はい」
「次に味付け用の調味料を作ります。この生姜をおろしてください。全部おろしちゃっていいですからね。それが済んだらお酒を大さじ一杯と、お塩を同じく大さじ一杯。あとはごま油に……」
「はい……はい……」
普段料理をしていないと、こんな事にもついていくのが大変だ。
「そうしたら、お肉に混ぜるお野菜を準備します。昨日の残りがありますから、これを使いましょう」
「刻んだ人参にごぼうに……これはニラ? 特に変わった種類はないんですね」
「ええ、重要なのがこの玉葱です。みじん切りにして軽くレンジしておいた玉葱を混ぜると、自然な甘みが出るんですよ」
「甘み」
正常であり異常な単語を復唱する。世界の話をしていた筈なのに甘み。
作業にはおかしな点はない。材料なんて買ってきた時の値札まで付いている。おかしな事がないという事が既におかしいんだけど。
隣家さんに教えられるままに、挽肉を捏ねて刻み野菜やつなぎや調味料を混ぜて、また捏ねる。だんだん粘りが出てきて、肉が手に貼り付くようになってきた。新鮮でちょっと楽しい。
よく捏ねたら、隣家さんの作ったお手本を見ながら、なるべく同じサイズになるように両手で丸めていく。5分もかからずに、生の肉団子がアルミのバットの上に整列した。最後の一個だけ、余った肉を足したので少し大きい。
それを持って、隣家さんがキッチンに移動する。俺も後に続いた。
「手は洗いました? よろしい。
まずお鍋に水を張ります。一緒に煮るお野菜から水が出るから、気持ち少なめで。
縁まで注いだら吹きこぼれちゃいますよ」
「ふんふん、なるほど……」
「最初にお野菜を煮ていきましょう。水から入れちゃって大丈夫です。
さっき同時進行で切っておいた白菜にキャベツにネギに、忘れちゃいけない舞茸!
今回は粉末の和風出汁を使いますけど、トマト缶とコンソメやデミグラスソースでもいいですね。チリパウダーを加えてピリッとさせるのもオススメですよ」
「あの、世界作りの話してますよね?」
「もちろんです。何を加えるかによって世界の方向性が違ってくるんですよ。
とっても大切な要素なんですから」
「はあ……」
「そうしたら中火にして……ほら、ぐつぐついってきたでしょ?
ここで肉団子を、形が崩れないようにお玉に乗せて入れます。あとは蓋をして、弱火にして煮込めば……」
10分ほど待って、隣家さんは蓋を開ける。
「はい、世界の完成です!」
「一番気になる工程が丸ごとすっ飛ばされたんですけど!?
あとあんなに入れた水と野菜が跡形もなく消滅してるんですが!?」
「あら、お料理って生き物なんですよ?
火加減によって、味付けによって……作るひとの手の中で、刻々と姿を変えていくんです」
「変えすぎでは」
完成したには完成したらしいものの、これじゃ何がなんだか分からない。
どういうふうに単なる肉団子が世界に変わっていくのかを見せてもらえると思っていたのに、やったのは肉団子を煮ただけだ。
俺がそう伝えると、隣家さんはちょっと考え込むようにしてから言った。
「うーん、それじゃ次は蓋をしないで煮ましょう。
これだと熱のまわりが一定にならないから、出来上がる世界のばらつきが大きくなるんですよ。初めてなのに冒険しますね!」
「それが冒険に該当するって今初めて知ったんですよ俺」
隣家さんは鍋の中の肉団子を皿にどけると、新しく野菜と水を投入した。洗わなくてもいいらしい。
二度目でもやる事は全く同じなんだけど、隣家さんはすぐ隣に立って付きっきりで説明してくれる。
ふわっと、野菜や肉の煮えるのとは全然違う匂いが鼻先にきた。
隣家さんの髪の匂いだ。部屋に漂ってた花の香りに、ミントを混ぜたような爽やかな匂い。
「……さん? あのう、どうしました?」
「はっ!」
いけない、集中集中。せっかく教えてもらってるんだから。
俺は何もなかったように、白い湯気をあげている鍋に向き直った。胸はまだドキドキしていたけど。
「ほら、お湯が沸騰してきたら肉団子がくるくる回転し始めましたよね」
「はい」
「その一回転ごとに時代がひとつずつ飛んでいきますから、適当なところで煮込むのをやめてください」
「先に言ってくださいよ!」
慌てて穴開きお玉で肉団子をすくい上げる。
しかし考えてみれば、時代が進んだからといって別に悪い事とは限らない。それより生煮えの世界の方がまずそうだ。
一回出しちゃったけど大丈夫かなと思いながら肉団子を鍋に戻して、さっきと同じ時間だけ煮る。
今回は野菜も汁もなくならなかった。やっぱり蓋を閉じるのが肝らしい。
ちゃんと出来ているのか心配になったが、隣家さんが頷いてくれたので、これで仕上がりとする。
火を止めて別の大皿に並べたそれらは、どう見ても肉団子だった。もしくはつみれか、煮込みミートボールか。残った野菜を添えたから最初の肉団子より多少見栄えがしているものの、それだけだ。本当にこんなので、あの日に俺が吸い込まれたような世界が作られているんだろうか。
「それじゃ、試食タイムでーす! ふふっ、楽しみですね」
「あくまで食べ物って認識なんですね……あの、これってこの前みたいに中に入る事ってできます?」
「ええ、できますよ。見に行きたいんですか?」
「まあ……自分で作った世界って考えると、やっぱ気になるっていうか」
俺は茶色い肉団子の山を見ながら言った。
わざわざ自分から飛び込みに行くのもどうかと思うが、この手で作った世界となると好奇心の方が勝つ。
もし触って入れなかったとしても、それはそれで笑い話になるし。
いや、その場合は神を名乗る危ない女とひとつの部屋で料理を作ってるって状況になるから全然笑えないなこれ。
とにかく入れる事は入れるらしいので、俺は適当に選んだ肉団子に指先でちょいと触れた。
「行っちゃいましたねー、お料理は出来たてが一番おいしいんですけど」
とはいえ世の中には保存食や一晩置いたカレーという最強の存在もある。
万物を平等に見る神として、一概に出来たて最強説に固執する訳にはいかない。
「あっ、この大きなの割れてる」
最後に余った分を足した肉団子は、しっかり固まっていなかったらしく煮ている間にヒビが入ってしまっていた。やはり料理には適切なサイズというのがあるのだ。なんでもかんでも大きくすれば良いというものではない。
だがこれもバケツプリンやわらじハンバーグの魅力を否定する事に繋がりかねない為、迂闊な評価は差し控える。
「それにしてもなかなか戻ってこないですね。そんなに面白い世界になってたのかな?」
確かに戻ってこない。目の前にあるのはほかほかと湯気をあげる山盛りの肉団子だけだ。
「もしもーし?」
両手をメガホンのように口に当てて呼び掛けてみてから、首を傾げて肉団子を覗き込む。
「あらあ、ちょうど核爆発の真ん中に出ちゃいましたか。
それじゃあ戻ってきたいとも助けてとも思う暇がありませんしねぇ……」
皿から顔を離して床に手を着き、天井に向かって溜息をつく。
「はあ……仲良くなれそうだったのに、残念」
がっかりしながら、端の肉団子を摘んでぱくりと齧る。
張り切って二回分作ったからかなりの量になってしまったし、残りを冷凍しても当分は肉団子生活が続きそうだった。
いろいろ応用がきく餃子の方が良かったかもと思いながら、今度は付け合せの野菜を一口。うん、こちらにも良く味が染みている。
エンジン音と人の声に、ふと窓の外へ目をやる。
アパートに隣接する道路には、箱型の荷台がついたトラックが停車していた。
ずいぶん長く空き部屋になっていた隣の部屋へ、慌ただしく人の出入りする気配がする。
「あら、お引越し? そういえばもう春ですものね」
この国において、春は多くが動く季節だ。
新たな学び舎に移る者。緊張の面持ちで社会へ羽ばたく者。出会う者に別れる者。夢敗れる者に夢を叶える者。
人の社会は滔々と流れる河と等しく、決して途絶える事はない。昔も今も、そしてこれからも。
「学生さんでしょうか、それとも社会人の方かしら。
そうだ、今度お裾分けを持っていってみましょう! ふふっ」
隣家の神はうきうきと子供っぽく微笑むと、いつも買い物袋に使っているピンクのトートバッグを手に取った。