奇録-肆- 棲家~経~
紫色の空の下 一人ぽっち
虚無僧って誰ですか なむなむしたよ
日曜のよく晴れた日、たまたま仕事が休みになり庭で洗車をしていた時のことだった。
住宅街の為、日曜ともなると子供たちの声があたりから聞こえてきていたのだが、ふと気づくと辺りから煩いほど聞こえていた子供の声が無くなり、静寂とも言えるくらいだった。
不思議に思い通りに出ると、人の気配さえも無くこの世界にまるで自分一人になったような感じがした。
まぁこんな事もあるのかなと思いまた洗車に戻ろうとした時、ある異常に気付いた。
今、時間は昼前の十一時くらいのはずにも拘らず辺りが、薄暗いというか薄っすらと紫がかっているような感じさえする。
いやいや、昼前でこの暗さましてや雨雲が出ているわけでもなく空は雲一つない青空? 青くはないやはり薄っすらと紫がかっているが雲はない。
流石に少し焦ってきた、何か別の世界に紛れ込んだような気がした。
本当に誰もいないのか確かめるため隣の家へ向かい、チャイムを鳴らす......、音が鳴らない。
扉を叩くが、音が無く何度も強く叩くがやはり音が無い。
いよいよ焦りがピークに達した頃、微かに音が聞こえてきた。
『シャリン......、シャリン......』
何か鈴の音に似たような何とも心地の良い音だった。
音のする方へ出ていくと遠くのほうに黒っぽい何かが見えた、キラッと何かが光った、どうやらその光った物が奏でる音のようだ。
暫くそこから動けないでいるとその黒いものが、こちらに向かって近づいてきているような気がした。
丁度拳大くらいの大きさになってくると話し声のようなものが聞こえてきた。
『な......みょ......』
声が徐々に大きくなってくると同時に黒い物の正体がわかってきた、それは時代劇などで見かけることがある虚無僧のような恰好をし、錫杖を持っていた。
虚無僧を目の前で見ることがこの辺りではありえないことであったが人がいたことでこの時の俺は凄い安堵感があった。
『なんみょうほうれんげきょう......』
段々とその声が大きくなってくると、聞こえてくる内容はお経だと分かったしかし、それがおかしなことに近づいてきて声が大きくなっていると思っていたのが、その姿は拳大の大きさのままだった。
次第にお経ははっきりと大きくなってくるが依然、虚無僧の大きさは変わらない。
これ、本気で不味いやつだ、先程のまでの安堵感が嘘のように今は恐怖でいっぱいになっていた。
どんどん、どんどん、はっきりと大きくなり今は耳を塞いでやっと聞こえるくらいだが逃げることも出来ず、その場にしゃがみ込んで、頭を腕で覆い耳を塞いでいた。
我慢の限界。
「「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」」
心の中ではずっと昔、幼年期に覚えた般若心経を無意識に唱えて続けていた。
『シャリン......』
錫杖の音が一度なると一気に静寂が戻った。
「大丈夫?」
その声で塞いでいた顔を上げると先程の事が無かったかのように辺りには子供達の姿と騒ぎ声が戻っていた。
俺は、道のど真ん中でしゃがみ込んで震えていたそうで、心配になり声をかけたようだった。
「愛生華、この時ほんと怖かったから、最後そんなに軽くない」
「......」
「『漢字が難しいし、おじいちゃんはなむなむ言ってるよ』っておじいちゃん寝てるだけだからそれ」
「えっ......」
「そう、お経唱えてると眠くなっちゃうんだよ」
「......」