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7月25日 ― 目撃


 ■■■


 その日は――激しい雨が降っていた。

 夕立というには激しすぎる、ゲリラ豪雨と呼ばれるようになった夏の雨。俺は文句を言いながら走っていた。


「何だよ、急に降り出して――」


 一週間くらい前から、百瀬から、メールの返事が、パタリと来なくなった。あまりそういうことはないタイプなので、気にはなっていたが、忙しいのだろうと思っていた。

 ただ、今日は旅行の計画を立てようと約束していた。それで待ち合わせると連絡していたにも関わらず、全く返事が来ない。俺は少し不安になって、百瀬の部屋まで走っていた。


 もしかしたら、夏風邪でもひいて倒れているのかもしれない。まあ、それであれば、自慢の彼女がいるのだし、俺はかえって邪魔かもしれないが――

 すっかり雨で濡れてしまった俺は、百瀬の部屋のドアを叩いた。


「俺だよ、百瀬。いないのか?」


 返事はない。だが――

 俺は部屋の奥に、百瀬の気配を感じ取った。間違いない。部屋の中にいる。


「……おい、居留守使うことないだろ?」


 何かあったのか。急に不安になって、ドアを開けた。鍵のかかっていなかったドアは、すんなりと開いた。


「……?」


 一歩足を踏み入れる。だが、いつも来ている部屋だというのに関わらず――得体の知れない何かが渦巻いている、そんな気がした。思わず、腕を擦ると、鳥肌が立っていた。

 雨が吹き付け、雷が締め切られた部屋を一瞬照らす。ドアを閉めて中に入ると、中の気配はより濃くなった。


「百瀬……おい、百瀬」


 足を踏み出した途端、血の臭いがした。

 はっとしてその方向を見ると、洗面所に、剃刀と、床に垂れた多くの血の痕が残っている。大量の血を流したのか、洗面所には赤黒い痕がまだ残っていた。


 普通じゃない。

 その時、部屋の方で――ゴトリ、と小さな音がした。それは激しい雨音が響く中で、ほんのわずかな音だったが、俺の耳には十分だった。

 何かがいる。いや――百瀬がいる。


 俺は迷わずに、洗面所、廊下、部屋、と次々明かりをつけながら、音のした方へ進んだ。

 人間は五感のほとんどを視覚に頼る。俺でもそれは変わらない。何かが出てきても対処できるように。そしてもし、ここにいる何かが、暗闇に潜むのを好むモノなら、尚更。


 隠れている気配は、部屋の押し入れの中だった。隠れていても分かる。水に濡れた後が続いていたし、微かに血の臭いもする。


「百瀬なのか? 返事しろ。開けるぞ」

「開けるな!」


 押し入れの中から、聞きなれた百瀬の声で、返事があった。ただその声は、ひどく焦っていて、追い詰められていた。開けようと手をかけたが、押し入れの内側からも、力をかけて押さえているのが分かる。


「どうしたんだ、そんなところに閉じこもって……何があったんだ?」

「頼む……帰ってくれ……見ないでくれ、水落……」

「そんなわけにいくかよ! 大体――」


 襖一つ挟んだ先に、さっきからずっと妙な気配がする。百瀬がいるところに、人間じゃない、いや、生き物じゃないモノがいる。そんな肌がチリチリするような感覚がして、俺は混乱する。


「どうしたんだよ……」


 自分の声が、ひどく弱々しかった。

 やがて、襖の内側の力が弱まった。


「水落、お前……霊感あるって、言ってたよな……」

「……ああ」

「いくら隠れても、お前は見つけてくれるような気がしてたよ……」


 助けてくれるか。


 親友の声が、そう言って。襖が静かに開いていく。暗がりの奥に、両腕に血に濡れたタオルを巻いた百瀬がいた。


「……その腕は」

「自分でそぎ落とそうとしたんだ。でも駄目だった。いくら切っても切っても、傷口から新しい……っ」


 何のことを言っているのか。だが、百瀬は腕から目を背けて、それ以上は言えなかった。

 そして、ゆっくりとタオルがほどかれていく。

 両腕に付いた、百はあるだろう大量の筋。傷跡。いや、違う。それは――

 皮膚の裂け目がゆっくりと開き、こちらを向く。


 大量の目が、百瀬の腕の中で、次々に瞼を開き、こちらを見る。

 あまりのことに、声が出ない。


「なあ。俺は何者なんだ?」


 ■■■


 ――百々目鬼(どどめき)。腕にいくつもの目のある姿をしている。

 両手に百もの目を光らせた十尺もの身の丈の鬼とも、女の姿をしているとも伝えられる。


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