8月3日 ― 消失
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青い水晶を吊り下げ、意識を集中させる。
ダウジングは、俺が無意識下で感じたものが、水晶の揺れに現れる。俺は何度も、百瀬の家や、あいつが通った場所に通い、百瀬に繋がる痕跡を探し続けた。
俺は今、百瀬の部屋にいた。水晶は、微動だにしない。汗を拭って、手を洗う。
百瀬の部屋は、きれいに片付いていた。もともと物の少ない部屋だったが、それが更に整理整頓されている。そして泉さんにも、分かっていることだろう。
百瀬は、ここを自分の意思で出て行ったことを――
その時、スマホが震えた。泉さんからの電話で、すぐに出る。
「泉さん――」
『水落くん、あのね、私、調べたの』
「調べた?」
『7月31日に、数彦の部屋から、顔を隠した人が、数彦と一緒に出てきたところを、近所のおじいさんが見てたって』
泉さんの声に、俺は驚く。
「調べた? 聞いて回ったの――?」
『だって。水落くんが一生懸命調べてくれてるのに。私だって、数彦のこと、心配で――』
泉さんは、百瀬の職場や、育った施設に聞き込み回っていたらしい。そして、目撃証言を見つけた――
「そ、それで……」
『その後は見てないって言ってた。でも、でも! その人を見つけられたら。数彦を見つける手がかりになるかもしれないから――』
「……」
悲痛な声が聞こえる。
俺は唾を飲み、どうにか言葉を絞り出した。
「少し……少し、時間をくれないか。今、ちょうどダウジングで探してたところだったから」
『う――うん。ごめん。集中してたのに、ごめんね。何かわかったら、連絡して』
「ああ……」
俺は、百瀬の部屋を出た。鍵をかける。毬の形の鈴が、ちり、と揺れた。
俺は、どうしたらいいんだろうか。
もう、水晶は微動だにしない。百瀬の部屋には、もう俺が見つけられる痕跡は何一つ残っていない。
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気が付けば、俺は図書館の中にいた。
その本は、検索してみたところ、普段は貸し借りが少ないため、書架に並べられず、書庫の奥深くにしまわれていた。
古い紙の匂いが溜まる、冷たい空気の場所で、パネルを操作して、本棚を動かす。暗い書庫の中で、そこだけが明かりをつける。
『画図百鬼夜行』と記された本を手に取り、そのページをめくる。
――木霊。百年を経た木には神霊がこもり、姿を現す。
――河童。全身は緑色または赤色で、頭頂部に皿があることが多い。
――猫又。猫が年老いて化けたもので、二本足で歩く。
江戸時代に描かれたというそれら妖怪の絵は、鳥獣戯画のようで古めかしい。俺はさらにページを繰る。
――鎌鼬。つむじ風に乗って現れ、人を切りつける。刃物で切られたような鋭い傷を受けるが、痛みはなく、傷からも血は出ないとされる。
「……百瀬……。」
今更、あいつの身に降りかかった怪異の正体を調べることに、何の意味があるのか。
それでも、俺は。




