7月15日 ― 侵食
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数彦が、汗で汚れた作業着を脱いで、シャワーを浴びようとした時だった。
(……ん?)
腕に、裂け目のような筋がついていた。知らない間に、また増えている。
(そんなに、怪我するようなことしてないと思うんだけどな……)
そもそも、現場では、怪我防止のために長袖を着ている。何か鋭いもので切ったのなら、作業着の方が切れていないとおかしい。だが、作業着は切れ込みどころか、血ひとつついていなかった。
指先を紙で切るくらいなら、気が付かないうちに傷ついていることがある。痛みもないし、なるべく気にしないようにしようと思うが――これはさすがに、多いのではないだろうか。
(誰かに、知らない間に切りつけられてるみたいだな……)
だが、すぐに馬鹿馬鹿しいと思う。そんなわけない。もし誰かに切りつけられて、気付かないはずがない。寝ている間に誰かにそうされていたら別だが、数彦にそんなことをする人はいない。
それより、もうすぐ真紀が来る。
真紀は本当にできた彼女で――水落にも散々自慢した――家に来た時は料理を作ってくれるし、一緒にいて落ち着く。真紀の家は大家族らしい。だから弟たちにたくさん料理を作ってあげてきたの、と話していた。
眩しかった。素直で優しくて、家族に愛されて育ってきたことが、よく分かる。
まだ若いし、金もないから言えないが、本気で結婚しようと考えている。
シャワーを浴びて、Tシャツに着替えようとした後、ふと腕が気になった。
両腕に、刻まれた筋は――それぞれ、数十本はあった。
「――え?」
一気に総毛立った。
明らかにおかしい。さっきまで、絶対にこんなに傷はなかった。だというのに、もう数えるのが難しいほど、腕は筋だらけになっている。腕を擦った。
「ひ……皮膚の病気か何かなのか?」
とりあえず、痛々しいから何かで隠そう。少し暑いが、長袖を着た方がいい。いや、包帯を巻いた方がいいか? 気持ち悪くて、とても――直視できない。
なるべく自分の腕を見ないようにして、数彦は、部屋の押し入れから服を引っ張り出した。長袖のシャツを取り出した自分の手、その手の甲を見ると――
じわり。
見えない何かが、ゆっくりと引き裂くように、腕に亀裂が入っていく。
「ひい……!」
じりじり、じりじりと。皮膚は数彦の目の前で割けていく。血は流れない。痛みはない。だが、そこに確かに裂け目が残る。
何かから逃れるように、数彦は床を這いずる。混乱しながらも、何か得体の知れない現象が、自分に降りかかってきているのだと分かった。
何だこれは。
助けてくれ。
ずるずると部屋の中を逃げ回る間にも、数彦の腕には、次々と裂け目が生まれていく。風呂場に逃げ込んだのは、鍵のかかる場所に閉じこもろうという考えが、浮かんだからだった。
濡れた床にへたりこみ、荒い息をつく。そこで数彦は、鏡に映るモノを見た。
「――――っ!」
暗い部屋で、メールを着信した携帯が震えていた。