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7月30日 ― 懇願


 ■■■


 七月の終わり、スマホが鳴った。トークアプリの通知は、『泉 真紀』となっていた。


「……。」


 俺は通話に出る。電話の向こうから、泉さんの切羽詰まった声が聞こえてきた。


『もしもし、水落くん……? 良かった、繋がって』

「……どうしたの。一体」


 興奮した息遣いと、少し上ずったような声は、彼女が焦っていることを伝えてくる。俺はできるだけ落ち着いた声を出そうと努めた。


『数彦と連絡が取れないの! 部屋に行ってもいないみたいで。今までこんなことなかったのに――』

「……泉さん、百瀬の部屋には、行ってない?」

『行ったけど、だけど、いないみたいで――』

「ちょっと待って。今からそっち行くから。今どこにいる?」


 俺は電話しながら、急いで出かける準備をする。財布をポケットに突っ込んで、青い水晶の振り子を、握りしめた。


『えっと――えっと、今は自分の家で、でも、もう一回数彦の部屋に行ってみる』

「俺も行く。合鍵持ってるよな?」

『うん』

「近くで待ち合わせよう。一旦切るよ」


 百瀬のアパートの最寄り駅の前にあるコンビニを伝えると、泉さんは、電話の向こうで頷いた。

 真夏の日差しが照り付ける中、自転車を全速力で漕いで駅に向かう。来た電車に飛び乗り、冷たい空気が汗を冷やす中で、百瀬にかけた。


『”おかけになった電話は、ただいま電源が切られているか、電波の届かない場所に――”』


 無機質な女性の声が聞こえただけだった。百瀬の携帯は、やはり繋がらなかった。


 二週間前から、百瀬と、連絡がつかなくなっていた。

 俺は、ぐっと拳を握りしめた。


 ■■■


 泉さんは、コンビニの中で俺を待っていたが、俺を見つけると、すぐに出てきた。


「水落くん」

「泉さん。ごめん、遅くなって」

「ううん、いきなり呼び出したのに、来てくれてありがとう」


 百瀬の彼女である、泉さんとは、俺も何回か顔を合わせたことがある。明るい色のウェーブヘアで、一見すると派手そうな子だと思ったが、話してみるとギャルっぽいところはなく、素直な子だった。


「すごい汗かいてるけど。大丈夫?」

「ああ……」


 走ってきたからだろう。頭がおかしくなるような暑さだ。汗を拭って、俺は泉さんと百瀬のアパートに向かった。そこで、泉さんは今までの経緯を説明してくれた。


 二週間ほど前、泉さんは、百瀬の家に行く予定だったという。だが、約束通り尋ねていったにも関わらず、百瀬は部屋にいない。預かっていた合鍵を使って入ったが、いつまで経っても百瀬は帰ってこないし、携帯にいくらかけても繋がらない。

 そしてその日以来、一切連絡が取れないという。


「私、その日は、何かあったのかなって、帰ったんだけど……でも、でも、今までこんなことなかったから。」

「ああ……俺も、連絡が取れなかった」


 百瀬は連絡はマメにするタイプだし、約束をすっぽかしたりすることはない。もしやむを得ない事情があったなら、必ず知らせるはずだ。だから、こんなにも心配することになる。俺も百瀬とは付き合いが長いから、泉さんの気持ちがよく分かった。


 古いアパートは、駅から十五分くらい歩いたところでつく。

 鈴のキーホルダーがついた鍵を取り出して、泉さんが部屋のドアを開けた。


「……数彦、いる?」


 返事はない。しん、と静まり返った部屋に、俺と泉さんは静かに入った。

 ずっと窓が開いておらず、カーテンも閉め切られたままで、部屋の空気が淀んでいるのが分かった。

 泉さんは部屋を見渡して、そして、肩を震わせた。


「ねえ、水落くん。お願い。――数彦を、捜して」

「……泉さん」

「数彦が言ってた。水落くんには、なくなった物を見つける、不思議な力があるんでしょう? 数彦、いつも水落くんの話してたの――」


 泉さんが俺を見上げた、その時だった。


 背筋がぞくり、とするような気配を感じた。

 これは人間の気配じゃない。もっと違う、正体の知れないモノが持つ気配だ。

 泉さんは何も感じないのか、俺に向かって話し続けている。

 霊感のある、俺だから感じ取れるんだろう――。


 俺は、ポケットから青い水晶を取り出した。心を落ち着かせようと、鎖のついたそれを強く握りこむ。


「分かってる……百瀬は、俺にとって大事な友達だから」

「水落くん!」

「とりあえず、ここを出よう。泉さんは、自分の家で少し休んだ方がいい。顔色が悪いよ」

「……。」


 俺は背中に脂汗が流れるのを感じながら、泉さんに外に出るように促した。

 外に出ると、たちまち日差しが照り付けてきて暑かったが、その明るい太陽の光に、ほっとしている自分がいた。


「泉さん。百瀬の部屋の鍵、貸してくれないか? 後で調べたいことがあったら、また来るかもしれない」

「……うん、分かった。じゃあ……」


 俺は何度も百瀬の部屋に出入りしている。それが分かっているから、泉さんも鍵を預けてくれた。

 帰り道、泉さんはぽつぽつと話した。


「……警察にも、捜索願を出そうと思う」

「……そうか。そうだな」

「普通は、家族の人から出してもらうんだと思うけど……数彦は、」

「……。」


 百瀬には身よりがない。今のアパートも、確かもうじき取り壊しになるところで、それまで空き部屋であるよりはマシという理由から、特に保証人もなく入れたと聞いた。

 駅で、泉さんを見送る。そして俺は――日が暮れていく中、もう一度百瀬のアパートに向かった。


 あの部屋に、彼女を長い事いさせる訳にはいかなかった。鍵を預かったのは、俺が入れるようにするためではない。彼女が勝手に、百瀬の部屋に行かないようにするためだ。


 夕暮れ時のことを、黄昏時といい、逢魔が時という。昔は今ほど夜が明るくなかった。だから、人は暗闇を恐れ、日が暮れていく時間を、人を惑わせるモノが跋扈する時間とした。


 なら、現在はどうなのか。今や夜は明るくなり、完全な暗闇を見つける方が難しい。

 俺が今から、会いに行こうとしているのは――何なのだろうか。


 耳にこびりついているのは、百瀬の助けを求める声だ。


『化物だっ……!』


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