8月18日 ― 陽炎
夏のホラー2018企画への参加作品です。
心霊ダウザーシリーズの第五弾という位置づけですが、この話だけで完結しています。
霊感ダウザー・水落青年の、ほろ苦い夏の話。
図書館から借りてきた本の、少し黄ばんだ紙をめくる。あまり借りる人がいないのか、古い本特有の匂いが鼻をついた。
俺、水落幸晶は、関東圏の大学に通う、大学生だ。お盆も過ぎた、夏の終わり、俺はカフェで人を待っていた。
人の気配に、俺は本を鞄にしまった。
「水落くん。ごめんなさい、遅れてしまって――」
「……いや、俺はもともと、夏休みだから、気にしないで」
現れた、茶色いウェーブヘアの女性、泉さんに、俺は向かいの席に座るように言った。彼女はアイスティーを頼んだ。泉さんは、俺と同い年のはずだが、既に社会人として働いているせいか、つい自分より年上のように思えてしまう。
敬語を使わなくてもいい、だって数彦には、敬語じゃないでしょう、と言われたからそうしているけれど。
泉さんが、アイスティーを飲んだところで――俺は切り出した。
「……百瀬の行方は、分からない」
「――っ」
彼女の肩が、跳ねるように震えた。
「百瀬の部屋は、明らかに本人が身辺整理をした後だった。警察も探してはくれているが、それは分かっていると思う」
「水落くんの、能力、でも……駄目、なの?」
縋るように、泉さんの目がこちらを見る。
「……。」
俺は、黙って、百瀬の部屋の合鍵の入った封筒を、泉さんに差し出した。
「鍵は返す。あの部屋は、隅々まで調べた……」
「っ、う……」
泉さんが顔を覆って、泣き出す。恋人が、突然、自分の前から何も言わずに失踪してしまったのだから、当然だ。
「何もできなくて申し訳ない。俺で良ければ、何かあれば相談に乗る……」
「い、いいの。ごめんなさい。水落くんも、数彦がいなくなって辛いのに、わ、私だけ、ごめんなさい。でも、でも今は」
ひとりにして。
俺は、黙ってうなずき、伝票を持って立ち上がった。泉さんが、赤く泣きはらした目で俺を見るが、俺は首を振った。ここで彼女に払わせたら、百瀬なら怒るだろう。
苦いものを噛みしめて、俺は外に出た。差すような痛い日差しが、照り付ける。
(これしか、できなかったのか……?)
青い水晶を転がす。鎖のついた水晶は、手の中で青い光を散らした。
ダウジング――人間の潜在能力を使い、目的のモノを探す技術。
俺には、人よりやや鋭い五感と――そして、これは測れるものではないから、何となくとしか言いようがないが――霊感めいたものも持っており――それらの感覚を使って、モノを捜すことを得意としていた。
百瀬数彦。さっき会っていた泉さんの恋人であり、俺の、小学校からの親友だ。
この夏、俺は――あいつの失踪に関わった。あいつのために、百瀬の痕跡を探し回った。この、水晶を使った、ダウジング能力を駆使して。
悪魔の証明という言葉がある。「何かがある」ことを証明するのは、それを見つけ出せばいいから簡単だが、「何かがない」ことを証明するのは、世界中隅々まで探し回っても、なお証明できたことにはならない――まだ、どこかに、それがある可能性を捨てきれないから。
非存在を証明するのは、悪魔のように難しい。ただ。
「もう、残ってないんだろうな……」
まだ、百瀬の痕跡が、わずかにどこかに残っていたとしても、それは時間とともに風化して、消えていくのだろう。
暑さのせいか、どこかぼんやりとした頭だったが、足はちゃんと目的地に向かっていた。図書館に向かい、本をカウンターに返す。黄ばんだ本の背表紙には、掠れていたが、『百鬼』の文字がかろうじて読める。
もし、もっと俺の霊感があれば。
人じゃないものの気配に、気付くことができていれば、何か結末は違ったのだろうか。
これは、俺が親友と別れた話。もしくは、妖怪と呼ばれるものを目の当たりにした話。
そして、俺が何もできなかった話だ。