MD(エム・ディー)
廊下で起きた一悶着で、レイカは生活指導の教師に呼び出された。戸部も一緒である。
「二人そろって、仲良くお説教されていたよ」
とサユリの弁。
二人仲良く……の言葉に、タケルは胸がザワつく感を覚える。
タケルも当事者のはずだが目撃者の一人として扱われ、あくまでレイカと戸部の問題にされている。そもそもタケルが関わっていたことなど最初から無かったかのようだ。
放課後、サユリが女子数名を伴いレイカに事の顛末を聞いてきた。
「今、噂の二人がトラブルって、どういうこと? 何かあったの?」
委員長としての責務からか、あるいは色恋沙汰への興味なのかは解らない。
「別に何も無いわよ。ムカついたから殴っただけ」
素っ気なく答えるレイカ。
「みんな、痴話喧嘩だっていってるわよ」
「喧嘩の原因は? 痴情のもつれ?」
「実際、戸部くんとはどうなの?」
サユリと女子数名から冷やかしを受けるレイカをよそに、タケルが教室を出ていく。
蹴られた脚を引きずる痛々しい姿が、レイカの視界をよぎる。
(このままじゃ、タケルくんに渡せないな……)
彼女の懸念は、別のところにあった。
「つまらない話は、もういいわ」
その口調は冷たく、噂話に花を咲かせる女子一同は黙ってしまう。ツンとした表情を変えずにレイカは席を立った。
その日の暮れ。爆発事件があった堤防の対岸にレイカは立っていた。
辺りを確認した後、鞄からガングリップ状の握りが付いた三十センチメートルほどの棒状のものを取り出し、おもむろにその先端を対岸へ向ける。
風になびく髪。少し目を細めつぶやく。
「せっかく修復工事をしているところ、悪いけど……」
タケルは自宅の二階。自分の部屋で過ごしていた。
戸部に蹴られた脚が痛む。歩くことはできるが、積極的に動き回ろうとは思えない程度にはダメージが残っている。本来なら病院にいくべきなのだろうが、原因が原因だけに気後れする。
そんな時。突然、爆音が響いた。
ドシン! と空気が震える。覚えがある。先日の堤防爆発事件の時と同じ音だ。
対岸が騒がしくなる。委員長や戸部がGDと呼んでいた、空を舞う人影。二体、確認できた。電子音を伴い光弾が飛び交っている。
窓を開けて対岸の様子を見るタケル。
「この前と同じことが起きている?」
「ちょっと事情が違うけどね」
背後からの声に、思わず飛び上がる。本当に飛び上がってしまうほど驚いたのだ。反対側の窓の外、屋根の上ににレイカがいる。
「こうでもしないと二人きりになれなくてね。部屋、入れてもらえる?」
「あ、ああ。うん」
呆然としながら、答えるタケル。痛む脚を引きずり気味に歩き、堤防を望む側とは反対の窓を開ける。窓枠をまたいでレイカは部屋に入ってきた。
脱ぐのに手間取ったハイカットの靴を、床に敷いた古雑誌の上に置く。今更ながらゴツい靴を履いているとタケルは気付いた。
「あの連中のことは後で説明するね。とりあえず、向こう側のカーテンを閉めてもらえる? 連中にここにいるのを見られたくないから」
川向かいでは先日と同様に光弾が飛び交っている。連中とはGDと呼ばれる人影のことだろう。対岸で起きている事やGDに関心はある。しかし、今日は突然の来訪者を意識しざるを得ない。タケルは言われるままにカーテンを閉める。
「まずは、これ」
修理が終わったペン状のアイテムを渡す。
「直ったんだ……」
不思議そうにペンを見つめるタケルに対し、レイカが話始める。
「『MD』……。レクシーネの使っていたアイテムよ」
「えむ……。でぃー?」
「MDに関して、何の略語かと問われると答えるのに困るんだけど……。『魔法の道具(Maho-no-Dogu)』とか『マジカル・デバイス』Magical Device」が一番適切かな」
ちょっと語呂がイマイチだけどとはにかむ。
「意味がよく通らない例としては『マジェスティック・ディバイダー(Majestic Divider)』。アイテムの研究者、『マイケル・ディーン(Michael Dean)博士』から取った名称というこじつけもあるわ。『メード・イン・ディート(Made in DEET)』なんてのもあるわね」
タケルにはよく理解できない。レイカも理解してもらおうとは思っていない。
「ミニディスクでもないからね」
茶目っ気をだして冗談も織り交ぜるが……。
「????」
タケルにはその意は伝わらなかったようだ。ネタが通じず、ちょっとむくれるが、すぐに話を元に戻す。
「アイテムになにか呼称が欲しくて、適当に付けた名前だと思ってくれればいいわ。たいして意味なんてないの」
当時、名称を付けた人もいい加減なものだと独り言のようにつぶやくと、話を続ける。
「ある時は変身アイテム。ある時は武器。ある時は怪我を癒やす道具。いろいろ種類もあるし、その役割も多岐に及ぶの」
「レクシーネのアイテムって言ってたけど……? どういう……」
タケルの問いにレイカは微笑みながらこう答えた。
「わたしは〝関係者〟ってだけ教えておく」
ちなみにこれがわたしのアイテムだと、鞄からガングリップ付きの棒状のものを取り出して見せる。ルアー釣りに使うベイトロッドの手元部分に似ている。
「いろいろできるのよ。わたしのは汎用性も高いし。タケルくんのも含めて、これについては追い追い話するね」
対岸の戦闘はすでに収まっているようだ。光弾の電子音は消え、代わりに緊急車両のサイレンの音が響いている。
「堤防。今回はわたしの仕業だけど、前回のは解らないわ。敵も何をしたいのか、わたしたちも計り兼ねているの」
「敵?」
「そう。十年くらい前かな。頻発したインフラ破壊事件。覚えているでしょ? サユリの言っていた怪人騒ぎ。あれと同じ事が起きているんだけど、なぜこの街なのか? なぜ今なのか? 全然わからないのよ」
「とにかく、お邪魔虫のいないところで、あなたにこれを返しておきたかった」
腰を上げるレイカに、タケルはあわてて声を掛ける。
「待って!」
聞きたいことはまだある。
レイカとレクシーネの関係。
会話に出てきた〝ディート〟という呼称。
そもそも、なぜレイカは家の屋根に登っていたのか。なぜ騒ぎを起こしたのか? 戸部とのトラブルの件もある。
そもそも、どうして自分に関わるのか?
「今は、あなたに全てを話すことはできないの。ゴメンね。時が来れば、改めて説明するわ。堤防の騒ぎも収まっちゃったみたいだし、今日は時間切れ」
窓枠に腰かけて、ゴツい靴の靴ひもを丁寧に結ぶ。
「タケルくんも身辺、気を付けて」
「だけど……」
「大丈夫! タケルくんなら、そのアイテム。今の状態でもそれなりに使えるはずだから。普段から身につけておいて」
レイカは、窓の外、屋根の上に立って振り返る。
「今度は盗られたりしないようにね!」
タケルに対してウインクすると、人のそれとは思えない身軽さで隣の家の塀に飛び移り、続いて向こう側の樹木の影にその姿を消した。
「あれもMD……、アイテムの能力?」
タケルはつぶやいた。
ふと、自らの手に握られたペン状のアイテム=MDを見やる。戸部に蹴られた脚の傷みが失せていることに気付くまで時間は掛からなかった。
「レクシーネってなんだったんだろう?」
アイテム? 魔法の道具? 武器になる? 治癒の能力もある?
そう言えば、戸部もレクシーネの悪口を言っていたが……。タケルの知るレクシーネとは異なる物言いだった。
自身の認識は揺るがないが……。
(調べてみよう)
タケルがそう思うのは必然だった。
(改題の可能性もありますが……)期せずしてタイトル回収となりました。
ここまで書いてみて……。主人公のタケルが動いておらず、代わりにレイカの方が動いているなと。
どうしても受動的になってしまう主人公ですが、今回でアイテムを手にする事ができたので、もう少しタケルを動かしていければなと思っています。