一撃
野試合に負けた(と本人は思っている)タケルは、レイカたちの見立て通り、自信を失い、以前にも増して元気が無い。
学校には来ているが、休み時間のほとんどは机に伏している。レイカも無邪気に話しかけるのは控えている。さゆり(委員長)に至っては完全に無視している状態だ。
ヨッシーやカナキの嫌がらせが無いことだけが救いであった。
間が悪いことに、学校では変な噂が流れている。なんでも、転校生の鈴木レイカが別クラスの戸部と恋仲だとかどうとか……。級友の女子からは真偽を問われ、男子からはからかわれる。タケルに対する「いっしょに帰ろっ!」は学級内で関心を集めたが、それを打ち消すかのように瞬く間に、学級内はおろか学年中に噂はひろまってしまった。レイカにとっては迷惑な話である。
野試合の件のみならず、この噂も意識してのことだろう、タケルもレイカを避けている。
レイカは、なんとか二人きりになるチャンスを伺うが、そんなときは決まってさゆり(委員長)が割って入る。この時もタケルの反応は鈍い。
放って置いてくれと言わんばかりに、距離をとってしまう。
ある日の休み時間。廊下にいたレイカに戸部が近づいてきた。噂の二人の接近に、その場に居合わせた生徒たちが好奇の目を向ける。
「前に言った養成所の訓練。今度、見に来ないか? 興味あるだろう?」
周りには聞かれたくないのであろう、小声で、顔を近づけて話しかける。レイカは動かない。返事もしない。
「なぁ、聞いているのかよ。本物の戦闘剣術を見せてやるよ」
噂に感化されているのか、異様に馴れ馴れしい。
(噂を流したのは、このヤマザル本人だと思っていたけど…… 違うのかな?)
戸部の態度に嫌悪感を覚えつつ、考えを巡らせるレイカ。
そんな折、背中側を通り抜けていくタケルに気付く。
(ヤバっ、タケルくんに変な誤解される)
そっぽを向きながら戸部から離れる。スカートと長い髪とがふわりと揺れる。戸部のアプローチを拒絶する振る舞いなのだが、それすら魅力的に映る。彼女を避けていたタケルも無視できず、つい視線を向けてしまった。
そこで、タケルに気付いた戸部と目が合ってしまう。
「おうっ! へっぽこ剣術道場の格好つけ弱虫野郎!」
イキリながら、得意のローキックがタケルを襲う。レイカに格好いい(と本人は思っている)ところを見せつけたかったのだろう。
一度は堪えるが、二度三度と続けばさすがに厳しい。レイカとのコミュニケーションに失敗した八つ当たりでもあるのだろう、執拗に蹴りが続く。タケルは痛みに耐えかね、壁にもたれしゃがみ込んだ。
「そういや、オマエ。ガキの頃『レクシーネになりたい』とか言っていたな」
突然、レクシーネの話題を出す戸部。たしかに、タケルは子供の頃からレクシーネに憧れていた。
「七夕の短冊に『レクシーネになりたい』と書いたこともあったなぁ。格好つけやがって。まさか、今でもそう思ってんじゃねーだろうな」
戸部はタケルを見下した態度をとる。
今度は、タケルの憧れであったレクシーネをこき下ろすことで、優越感を得たいのであろう。
「馬鹿じゃネーのか。あいつらは怪物退治を理由に好き勝手な事をしていた、ただの税金食いつぶし集団だったの知ってるかぁ?」
(そんなの嘘だ!)
自分が知るレクシーネは、そんなものではなかった。悔しそうな顔をするタケル。だが、言葉で返せない。いや、できない。
「ニュースでもいろいろ批判されていただろう! 覚えてねーのか? 現実はろくでなしの似非ヒーローだ! なにが怪人事件対応の特殊部隊だよ。子供、怪我させたりよぉ! 他にもいろいろ不祥事を起こしていたよな」
決めつけるように言う。
得意満面の戸部。
「オマエみたいなダッセーやつ……」
タケルに対して雑言を言いかけた次の瞬間、戸部の両脚に鈍痛が走る。
もんどりをうつように倒れる戸部。それでもすぐに、身を翻し態勢を立て直す。さすがに剣術・武術をたしなんでいるだけのことはある。
「ィッテーなあぁぁっ! 何しやがる!」
突然の一撃に声を荒げ激怒する戸部。
見上げると、そこには冷ややかな視線を向けるレイカが立っていた。
「同じこと。自分がされると怒るんだ」
彼女は近くに設置されていた消火器を手にしている。これで戸部の膝裏をローキックの一撃のごとく強かに打ったのだ。
相手がレイカと知り、唖然とする戸部。
レイカは消化器を彼の目の前にドスンと置くと、こちらも唖然としているタケルの腕をとり、半ば強引に立たせる。
そして二人はその場を離れてしまった。
レイカに腕を引かれるタケルは、無言の彼女の顔を見ることができない。脚の痛みと、反抗できない情けなさ。先日の野試合で、みっともない姿をみられている羞恥もある。
(俺……。情けない……)
それでも助けてくれる彼女に対する負い目。礼の言葉も出てこないタケルは自分を責める。
教室まで戻ってきたところで、レイカが口を開く。
「レクシーネのこと。悪口言っていたからムカついた」
タケルの顔は見ずに、窓の外に視線をむけたままレイカがつぶやいた。
「ごめん……」
タケルの精一杯の返答だった。