表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MD  作者: みど・ないと
7/9

レッド

「あの試合が実戦だったなら、タケルくんが勝っていた!」

 麦茶が()がれたコップが飛び跳ねるほど、力強くレイカはちゃぶ台を叩いた。タケルと戸部の野試合から一週間以上が過ぎている。その野試合ついて話しているのだが、高揚を抑え切れず声も大きい。


「最初の斬り合いの時、タケルくんの(やいば)がヤマザルの右拳を打っていたっ! 剣道で言うところの篭手(こて)ね。その後にも二度、相手の胴を切っている!」

 戸部の体当たりやローキックの前に、すでに勝負は決していたと言うのだ。レイカが『ヤマザル』と呼ぶのは、もちろん戸部のこと。ちゃんと名前を覚えていないのと、その容姿や雰囲気でそう呼んでいる。

「あのヤマザル。自分の拳と胴を斬られたことはわかっていたはずよ。それでも気付かないふりをして試合を続けた。あげく体力勝負よ! 体当たりはまだしも最後は脚蹴りって、もう剣術の試合じゃない!」

 唇を()み、心底悔しそうだ。無言、無表情だった野試合の時とは打って変わり、感情をあらわにしている。


 田畑や雑木林の中に十数軒の家が点在する郊外の集落。その一角に建つこぢんまりとした家。畳敷きの部屋に彼女はいた。

 レイカの話を聞いているのは、どこか影のある風貌の男。年齢は三十代半ばを過ぎた頃だろうか。

「タケルくんは、自分の攻撃が当たったことに気付いていなかったみたいだけれど……。感覚的って言うか、身体(からだ)が勝手に動くんでしょうね」

「剣術道場に通っていたことは無駄じゃなかったってことか……。それで、ラボはどう言っている?」

 男が応え、そして問う。

「『聖剣を預けるには、少々心許ない』だって。一応は評価しているけれど……。やっぱり精神的な部分が不安みたい。」

「藤村タケルは、戦うことにためらいがある……、ということか」

 男はお湯だけを注いだマグカップを手に、レイカに向き合う形で腰を下ろす。眼差しは真剣だ。

「あのヤマザル。例の養成所の訓練生みたいよ。やり方は汚いけれど強かった。そんな相手に実際は勝てていたんだから、タケルくんだって強いのよ」

 少し冷静さを取り戻したレイカ。わたしが見た感じだけど、と前置きして話を続ける。

「嫌がらせには反撃しない。でも試合になったときは先手で攻撃していたし。タケルくんは、正統な理由があればちゃんと戦える」


「あの野試合で自信喪失してなきゃいいんだけど……」

 少し伏し目がちにつぶやく。

「お前が慰めてやったら、元気でるんじゃないのか?」

 からかうように男は言う。

「……? どういうこと?」

「可愛い女子が味方についてくれるなら、男子はそれだけでやる気でるよ」

 クスっと笑うレイカ。

「それって体験談?」

「男子なんてけっこう単純だってことさ」

「だといいんだけれど、嫌がらせのこともあって、彼、けっこうナーバスになっているのよね。変に声を掛けるのも(まず)い気がして…… いっそ、タッくんに会わせちゃおうか?」

 男の表情が曇る。

「昔の話だ。今の俺では彼の力にはなれない」

(ここにももう一人、ナーバスになっている人がいる)

 面倒な男たちだとレイカは思った。

 突然、思い出したように天を仰ぐ。

「あーっ、失敗だったなぁー。彼に『どうして反撃しなかったの?』なんて聞いちゃったこと」

 初対面の時のタケルへの問いを思い出し、後悔しているのだ。彼がどう受け止めたか? 責める意図はなかったにせよ、これは、聞いてはいけない事を聞いてしまったのかもしれない。

「タケルくんのことは、もう少し様子を見てみるわ。元々ゆっくりと仲良しになる予定だったし」


「それと、これ」

 報告とも相談とも愚痴ともつかない話をひとしきりしたあと、ペン(ペン状のもの)をレイカがテーブルの上に置く。男の目付きが変わる。

「MD……。あの時のか……」

「そう。タケルくんが嫌がらせを受けた時に壊されたんだけど、ラボで修復してもらったの。ほとんど効力が失われていたけど、彼、大切に持っていたよ」

 男は無言でペンを見つめる。

「あとはタケルくんに〝これ〟を返すだけなんだけど……。御邪魔虫(おじゃまむし)がいて、なかなか二人きりになれるチャンスがないんだよねー」

 レイカがタケルに近づくと、必ずサユリも寄ってきて三人の会話になる。レイカはペンが直ったことをサユリには知られたくない。そもそも特殊なアイテムである。なるべく余人を交えたくないのだ。


「その御邪魔虫のいない時を狙って渡せばいいんじゃないのか? おまえならそれくらいできるだろう?」

「変な噂が流されていましてね……」

 レイカの顔つきが〝普通の女子高生〟になっている。

「……? なんだ、それは?」

「わたしが例のヤマザルと……。不本意ながら、恋仲だと……」

 照れではない。屈辱とも取れる表情のレイカ。

「それで、タケルくんの態度がよそよそしいのよ。わたし、避けられているみたいで……」

 年頃の娘らしい言葉に、優しい目を向ける男。


「あと、もうひとつ。この間の堤防破壊の話」

 レイカの目つきが鋭くなる。いつもの凛とした表情に戻る。男も敏感にそれを感じ取った。

「事故と報道されているが……」

「おそらく奴らの仕業よ」

「そう思う理由は?」

「GDが対処していた」

「少女戦士がどうとか言うアレか。しかし奴らが、今、この街で動く理由があるのか?」

「なぜかは解らない。ラボでも分析中。とにかく、気には留めておいて」


 レイカはコップの麦茶を飲み干すと、立ち上がる。

「用件はこれくらいかな。転校して早々、あんまり学校をサボってもいられないから、もう行くね」

 玄関に向かう途中キッチンと脱衣所に目をやり、大きなため息とともに肩を落とす。シンクに無造作に置かれた食器類。洗濯機の横には衣服が脱ぎっ放しの状態で散らかっている。

「わたしたちのヒーローがこれじゃ、ねぇ……。タケルくんが見たらガッカリするよ! タッくんもしっかりしてよ!」

 呆れるような、それでいて少々とがめるような口調。

 自嘲する男。

「物言いが姉さんに似てきたな……」

「お父さんに言わせると、お母さんよりキツいってさ」

 少し拗ねながら言い返す。

「じゃぁね! レクシーネ・レッドさん!」

 そう言い残して、レイカは男の家を出て行った。


 彼女を見送った男は無精髭を撫でながら洗面所へと向かう。

「姪っ子にもお小言を言われるようになっちまったか……。たしかに、姉さんよりキツいや」

 その姿を鏡に映す。

「これが、現在(いま)のレクシーネ・レッド……」

 男は(ひとり)()ちながら、髭剃りに手を伸ばした。


 彼の名は赤城タツヤ。かつてレクシーネ・レッドと呼ばれた男。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ