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MD  作者: みど・ないと
6/9

野試合

「そういえば、あんたもここの剣術道場に通っていたわね」

 サユリが思い出したように口にする。その言葉に、にんまりと笑う戸部。


 一方、タケルは戸惑っている。戸部がこの場に現れたことは想定外だ。その上、野試合を吹っ掛けられ、どうしていいかわからない。

(ひとりで、いろいろ思いを巡らせたかっただけなのに……)

 自分の大切な時間を台無しにされ、気分が悪い。しかし、そんな戸部に対して文句の一つも返せずにいる自分が情けない。


 タケルが躊躇(ちゅうちょ)していると受け止めたのだろう。サユリが学校では聞いたこともないような大声で焚き付ける。

「タケルくん! ヤッちゃいなよ! 勝負! 勝負!」

 煽るサユリに呼応して戸部も挑発をエスカレートさせる。

「委員長もこういっているぞ! 怖じ気づいたかぁ? ダッセーなぁ! 弱虫野郎! 男なら勝負しろ!」

 嫌がらせの時のように歯を剥き出しにした笑顔を浮かべ楽しそうだ。


 戸部は二本の試合用模造剣を手にタケルに近づいて行く。女子二人も後を追うようにベンチを立ち上がり(ほこら)の側に寄って来た。

「タケルくんは弱虫じゃないわよ! タケルくん! こんなこと言われて黙っているの?」

 ダサかろうが、情けなかろうが、戸部の挑発だけなら断っていただろう。だが、サユリが乗って煽ってきてしまった。

 レイカは盛り上がる二人をよそに、静かに、落ち着いて状況を見守っていた。


 戸部はウレタン製の剣をタケルに投げ付ける。腰の辺りにぶつかった剣はそのまま足元に落ちた。試合用の模造剣と言うが、実剣と同じ重さでなければ実戦剣術の訓練にはならない。内部には堅い芯が通っているのだろう。ウレタン製の見た目に反してそれなりに重い。当たれば怪我はしなくとも痛い。


「詳しくは言えないけどな……。俺は今、とある組織の養成所で剣術を始めとする様々な闘技の訓練を受けているんだ。実戦を想定し研究された、現代の戦闘剣術だ!」

 ヒュン、っと音を立て、戸部が試合用模造剣を振るう。たしかにその太刀筋は単純に振り回しているものではなく、明らかに斬ることを前提としている。相応に技を習得した者の振りだ。


「ここにあった、流派もよくわからないような道場の似非(えせ)剣術とは違うぜ」

 タケルへの挑発と侮蔑を兼ねて、戸部の語りは続く。同時にそれは、タケルが心のよりどころとしている剣術道場に対する侮辱でもある。

「俺が思うに、流派なんて師範だった(じじい)が勝手にでっちあげたものだ! 子供たちの心身を鍛えるって名目で道場を始めたって聞いたぞ。ただのお子様向け運動クラブだったってわけだ」

 戸部の言葉はなおも続く。

「俺はバカらしくなって三ヶ月くらいでやめた。そんな道場に、まだこだわっているオマエは、ホント、ダッセーなぁ!」


 戸部の言う通り、子供を相手にした運動クラブとして道場は存在していたのかもしれない。しかし、剣術そのものは本格的だったとタケルは記憶している。道場の出身者が、後に剣道の大会で好成績を収めた例もあった。師範のお爺さんの自己流だったとしても、似非剣術などと侮辱されるようなものではなかった。


 戸部の挑発と侮辱に、タケルも何かしら思ったのだろう。足元に転がる試合用模造剣を拾い、構える。

 こうして野試合が始まった。


 先手は意外にもタケルだった。小振りながら間合いを詰めて斬り掛かる。牽制のようにも見えるが、避けなければ斬られる。戸部は迫り来る切っ先を払いながら間合いを取る。

 一転、今度は戸部が斬撃を繰り出す。多少大振りではあるが威圧感は十分だ。タケルは避け続けるしか無い。

 真剣を使った実戦を想定した剣術の試合だ。剣道とは違い(やいば)が体に触れれば、それは斬られたと判定される。斬られないためには、斬撃を剣で払うか避けるしか無い。

 一瞬、タケルの剣の切っ先が(ひるがえ)った。退屈そうに眺めていたレイカの目付きが鋭くなる。

 戸部の斬撃は更に続く。避け続けるタケルは次第に息が上がってきた。


「なんだ? もうバテたのか?」

 そう言う戸部も息が荒い。

 戸部はタケルとの距離を詰め、体力勝負に出てきた。身長はタケルも戸部もほぼ同じ。若干タケルの方が高い。しかし戸部はかなり鍛えているようで、体つきは筋肉質で膂力(りょりょく)でタケルを上回る。

 (つば)()()いの形に持ち込み、タケルの体力を奪う作戦だ。


 体当たりに近い形で戸部が押し込む。タケルは回り込みながら圧力を回避し、横薙ぎに剣を払う。腰を仰け反らし避ける戸部は、自分の望んだ間合いを取れない。

「くそっ!」

 戸部が苛立ちの声を上げる。しかし、体力勝負では戸部に分がある。すぐに態勢を立て直し、空いた距離を詰め再び体当たりを仕掛ける。


 今度はタケルも避け切れない。よろめいた次の瞬間、タケルの身体は宙に浮く。脚に激痛が走る。戸部の強烈なローキックに足元を蹴り払われた。右手を地に付き、かろうじて転倒を免れる。痛みに耐えながら立ち上がりざまに身を捻りながら片手、左腕で剣を突き出す。しかし、戸部の二度目のローキックの方が速かった。


 強烈な衝撃を受け、タケルは地に倒れ込む。容赦なく戸部のローキックが襲い来る。三度、四度と足腰、そして背中に叩き込まれる。さすがにもう避ける余力は無い。

 へたり込んだタケルのすぐ横に仁王立ちする戸部。

「俺の勝ちだな。実戦なら、オマエ死んでるぜ!」

 手にした剣の、ウレタン製の刃がタケルの首筋に当てられた。


「あーーーーあー……」

 タケルの善戦に勝ちを期待していたのであろう、サユリが残念そうに声を出す。

 

 戸部は、自分が手にしていた物とタケルの(かたわら)に落ちていた物、二振りの試合用模造剣を収納袋にしまいながら、タケルに対して悪態をつく。

「ほんと、ダッセーやつだな。オマエ。無能なくせに格好つけやがる。だが実力は伴わない。勝負に対して精神的な面でも未熟だ! 弱虫野郎!」


 こいつ小学生の頃からそうだったよなと、サユリに同意を求める。

 女子二人の前で、タケルを引き合いに(おのれ)の腕っ節をアピールしたかったのだろう。俺様口調で饒舌になる戸部。

「うーん。でも、いい勝負だったんじゃない?」

 サユリは苦笑混じりに微妙な表情で応える。

「何言ってんだよ。ウチの養成所の初心者より弱いぞ、コイツ! ほんとに剣術習っていたのかってレベルだ! 素人以下だな! なあ、そっちの転校生もわかったろ。ダッセーやつなんだよ、コイツは! ハハハッ」

 笑いながら、今度はレイカに話を振る。そんな戸部に対して、レイカは無表情、無言のまま、一瞬、冷ややかな視線を向けるが、すぐにそっぽを向いてしまった。


「じゃあな! 今日も訓練があるし、オマエみたいなダッセーやつに関わってられねぇ!」

 レイカの冷淡な反応が間を作るが、戸部は気を取り直し、女子二人に対して片手をサッと掲げると、得意にその場を去っていった。


 一方のタケルは未だにへたり込んでいる。レイカとサユリは顔を見合わせる。慰めの言葉の一つでも掛けたいところだが、この状況では彼のプライドを傷つけかねない。実際、もうプライドもなにも無い状態なのだ……。


 困惑の空気が漂う中、ようやくタケルが立ち上がる。服に付いた土を払うと、置いていたスクールバックを手に取って橋の方へと向かってゆっくりと歩き出す。 うつむいたまま、レイカとサユリの前を通り過ぎる。二人に対して見せられる顔ではないのだろう。


 タケルが橋を渡り始めたのを見て、ため息をつくサユリ。

「戸部のあの言い草、なんなの? アレはないよねー。でもさ、藤岡くん、もっと強いと思ってた。期待はずれだなー」

 戸部の態度に嫌悪感を示しつつも、負けたタケルも情けないとサユリが言う。(本人がいないので、タケルを苗字で呼んでいる)

「彼にはちょっと失望した」

 独り言のようにサユリがつぶやく。レイカは相変わらず無言を通す。


「わたし、帰るね」

 興が醒めたと言わんばかりに素っ気無くそう言うと、サユリ(委員長)も橋へ向かって歩き出す。すでにタケルの姿はない。時折振り返りレイカの様子を気にしながら歩いていたが、やがて橋を渡り、川向にその姿を消した。


 祠の側には、先ほどの野試合の経過を現しているかのように足を()った跡が残っている。レイカはそれを確認するように眺めていたが、やがて祠に向かって歩を進める。

 祠の前で柏手を打つと、すぐ横に建つ石碑に目を向けた。

『心剣』

文字が刻まれている。かつてここに剣術道場があったことを記した物だ。

 

レイカは穏やかな笑みを浮かべ、しばらくの間、石碑を見つめていた。

物語序盤、この回で一段落です。

主要な登場人物やキーワードは盛り込めたかなと。

もう少しアッサリと話を進めたかったのですが、プロットの変更もあって、考えていたよりも長くなってしまいました。

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