翌日の教室
翌日は、学校中が河川敷で起きた爆発騒ぎの話題で持ち切りだった。現場がすぐ近くなので、部活動で校内にいた生徒たちは皆、あの爆発音を聞いている。
報道によると堤防が崩壊したとのこと。一応、事故とされている。現場付近は立ち入り禁止となっていて、それ以上の情報は公表されていない。
学校側の説明も報道に準じたものだったが、あの戦闘と思しき光景を目撃した者は多く、話題の中心は〝空を舞う人影〟であった。
現場を見た生徒の話では、地上にも何体か人型のモノがいて光弾を撃ち合っていたという。にわかには信じられない情報も飛び交い、憶測が憶測を呼び、SF映画について話をしているのかとすら思えてくる。
聞こえてくる話をまとめると、やはりタケルの思った通りの事態が起きていたようだ。
「藤岡くん」
いつも周りから呼ばれる、聞き慣れた呼称。
いつも通り反応するはずだが、声の主がサユリ(委員長)となれば話は変わってくる。少し緊張した面持ちで返事をするタケル。
「なに?」
「鈴木さん……。鈴木レイカさんなんだけど……」
昨日の放課後に三人は名前で呼び合おうと決めたはずだが、さっそく苗字で呼んでいる。
(三人の時だけの話だったんだろうな)
そう解釈しながらも腑に落ちないタケルに対し、委員長は話を続ける。
「彼女。今日休んでいるんだけど、何か聞いてる?」
確かに朝からレイカの姿が見えない。いない=休んでいる、とは気になったが、その理由までは考えが至らなかった。
「いや、何も聞いてないけど。そもそも連絡を取っているわけでもないし」
「そうなんだ。昨日の様子から、二人とも仲良さそうだったから。何か知っているかと思ったんだけど……」
昨日が初対面なのだ。互いに興味のある話題で盛り上がっていたからといって、休みの理由まで知るほどの仲ではない。
「先生も知らないって言うのよね」
それならいいわと、委員長は素っ気無く話を切り上げ、タケルの側を離れる。
昨日の三人仲良しはその場のノリだったのかと少し残念な気分になりつつも、「二人とも仲良さそうだった」などと言われたせいか、登校していないレイカのことが気になりだす。
(サボるようなタイプには見えなかったけどな)
転校の翌日に理由も無く休むというのも奇妙な話だ。
昼休みになって、再び委員長がレイカについて話しかけてきた。先ほど、今日は休むとの連絡があったそうだ。欠席の理由まではわからない。
委員長は用件だけを伝えるとタケルの側を離れていった。
レイカが休んでいる件といい、委員長の態度といい、どうも釈然としない。タケルはそんな思いを抱えつつ、午後の授業が行われる特別教室へと向かい廊下を歩く。そこで、タイミング悪く戸部と鉢合わせになってしまった。
「おまえ、GDって知ってるか?」
戸部が唐突に話しかけてくる。
「昨日の……。飛んでいた方。アレ、GDだぞ」
河川敷の件を話しているのだろうが、タケルには〝ジー・ディー〟なる言葉の意味がわからない。
「いや、知らないけど……」
「なんだ、知らないのか」
戸部は小馬鹿にした表情を浮かべる。ここで例のローキックが来るかと、全身に力を込め身構えるタケル。しかし戸部は何もせずその場を去っていった。
確かに、戸部一人の時は、いつも嫌がらせがあるとは限らない。今回は普通に話しかけてきた、そんな例だ。
そして、ふと気付く。普段なら時折聞こえてくるヨッシーの声、「気取ってんじゃねーぞ」を今日は耳にしていない。
誰彼かまわずに嫌がらせをするヨッシーの声は、休み時間によく聞かれるのだが……。
タケルは恐る恐るヨッシーとカナキの教室を覗いてみる。どうやら、二人とも不在のようだ。
教室内の生徒たちは、やはり昨日の爆発音や戦っていた人影について話をしている。そんな中、ヨッシーとカナキが登校していないと小耳に挟む。
(二人とも休みなのか……)
少なくとも、今日は二人に対する警戒はしたくてもいいのだとホッとする。と同時に、別の心配事が頭をもたげた。
レイカも休んでいるのだ。
昨日、彼女が嫌がらせに介入した件もある。まさか、二人が登校前に彼女に危害を加えたとか……。
あの二人ならやりかねない。
彼女にもしものことがあったら……。午後の授業は気が気ではなかった。
事情を知っている委員長に相談した方がいいだろうか? そう思いつつも、女子に気軽に話しかけられるほどコミュニケーション能力は高くない。
自分が考え過ぎなのかもしれないし……。
放課後になって、どうしたものかと考えを巡らせていたタケルの視界が突然に塞がれる。
「やっ!」
息がかかるくらいの近さにレイカの顔。
思わず仰け反って距離を置くタケル。驚きと顔の近さに、心臓がドキドキとしている。
「今日は大丈夫だった?」
タケルが置いた距離を詰めるように、レイカは屈みながら再び顔を近づけ聞いてくる。
長いまつ毛。すぅっと通った鼻筋。桃色の唇。再び眼を見つめ返す。瞳が反射し映し出す光の中に、自らの顔があることで、いっそう心臓の鼓動が激しくなる。
「あ、あれ……? あの……、きょ、今日は休み……、だっタッツ……っだったんじゃ……」
どもりながらもかろうじて言葉を返すタケル。
「六限の授業までには間に合わなかったけどね」
せっかく来たのだから、校内に入ってみたと言いながら、ようやく身体を起こすレイカ。
「今日は大丈夫だった?」
再び聞いてくる。ヨッシーやカナキに何かされたんじゃないかと、心配しての言葉だろう。
気に掛けてわざわざして来てくれたのだろうか? 確認したくなったが……、いや、そんなことをいちいち聞くのも変か? それにしても放課後になってから登校するというのも不思議だし……。
「あ……。あ、うん……」
タケルの中途半端な返事。
突然のレイカの登場に、思考がまとまらない。
ともあれ、今日の午後に心配の種となっていた、彼女の身の安全は確認された。
教室に残っていた生徒は、タケルとレイカのやりとりの様子を怪訝な顔をして見ている。
何人かの女子はクスクスと笑いながら話し込んでいる。二人の距離が近すぎるのと、タケルの反応がおもしろいのだろう。いろいろ話題にされても仕方ないところだ。
男子からは羨望とも嫉妬とも受け取れる視線が向けられる。そんな男子の感情に対して、火に油を注ぐかのごとく、レイカが無邪気な笑顔でこう言った。
「いっしょに帰ろっ!」