ハルゲイサの裁き
壮絶な戦闘の記憶をまるで通勤ラッシュの様に話す飛田、ソマリアでの過去から武器商人シ・ショウの元へ。
「請求額を大分盛ったと自分で思っただろ?そう言う顔してたぜ、でももしかしたら足りない位かも知れねえ」
飛田はノートパソコンのキーボードを叩きながら言った。
岩井田は請求額を盛った事を気付かれてしまったと思いながら
「足りない?どう言う事だ、戦争をおっぱじめる訳じゃねえんだぜ?拳銃、小銃、あとライフル、そうだな装甲車も準備するか?」
と冗談混じりで言ったが、飛田はいつに無く真面目にこう答えた
「戦争を始める気はねえが、相手はそれ位の戦力って事だ、ただの護衛じゃねえ。まずジャック•スミス、こいつはLLC警備保障って所の戦闘員だ、さっき電話で話したよな、ちなみにLLCってのはアカデアの中でネイビーシールズ派閥とSAS派閥があったんだが、SAS派閥が独立して作った会社で本拠地はイギリスだ。ジャックはLLCに行く前、俺と一緒にアカデミアで警備要員をやってた、隠すつもりはねえがソマリアでアカデミアが惨殺事件の容疑に上がった事は知ってるよな?」
岩井田は知っていると言わんばかりに大きく頷き
「ああ、なんて言ったかな『ハルゲイサの裁き』だったか、お前のIDを見た時アカデミア社と書いてあったから真っ先に思い出したよ」
飛田は居心地の悪そうな笑い方でにやりと笑い
「その作戦に俺も参加していた、その筋じゃ有名な事件の生き証人って訳だが、そのチームにジャックもいたんだ」
岩井田は驚いた様に言った
「おいおい!あの事件じゃあアカデミア社の連中は公開処刑にあったって聞いたぜ?タイヤを首に巻かれてガソリンで…なんて噂もあった位だ、お前どうやって生き残ったんだ」
飛田は自分が体験した出来事なのに、まるで他人から聞いた様な口ぶりで話し始めた
「今回の案件を引き受けるって言うなら、これからどんなヤツを相手にするか知っておいた方が良い。あれは去年の7月だ、ソマリアの端っこにあったソマリランドって独立国が戦後のどさくさでソマリアに吸収されちまったんだ、小国だったし戦争で指導者が死んじまったんだ」
岩井田は話しが急過ぎて
「ちょっと待ってくれ、お前そんなデカイ作戦に就いていたのか…」
飛田は構わずに続けた
「作戦は任務の大きさが問題じゃ無い、成功出来る作戦立案かどうかが問題なんだ。でだ、ソマリアと旧ソマリランド残党のヤツらは当然仲が悪かった訳だ、しかし旧ソマリランドの高官も保身って物があるわな?ソマリア政府に取り込まれたヤツもいる、その中でもソマリアの情報局に潜り込んだムハンマドってヤツが旧ソマリランド出身だったもんだから、旧ソマリランド勢力にソマリア軍部の情報をダダ流しにしてたんだ」
そこで飛田はノートパソコンを開いてくるりと岩井田の方に液晶画面を見せた、そこには元ソマリア政府情報局高官ムハンマド・カリム氏の写真が掲載されているサイトが表示されていた。
「そこで怒ったソマリア政府は、このムハンマドを収監した訳だが、ムハンマドの息子は次期情報局局長候補だった、それで息子は自分の持てる全権限を使って親父であるムハンマドを当時収監されてたソマリア軍駐屯地近くの刑務所から、旧ソマリランド勢力が納めてた地域にある刑務所に移送しろって指示を出した。釈放は出来ずとも刑務所の移送までの許可は権限を行使出来た、だが裏切り行為をしてたムハンマドの味方になるヤツはいねえ、勿論旧ソマリランド勢力も居場所を特定されたく無いもんだから面と向かって護衛や保護なんてしねえ、紛争地帯のヤツらはその辺容赦も温情もねえからな、そこでムハンマドの息子はアカデミアに泣きついたって訳だ、まあ良くも悪くギャラに釣られて俺もジャックもムハンマドの護衛チームに配属されちまったって話しさ」
岩井田は息を飲んだ、まるで通勤ラッシュに巻き込まれる辛さを語るサラリーマンの様に紛争地帯での思い出を話す、この男は頭のネジをアフリカや中東に落として来てしまっているのかもしれない。目を白黒させる岩井田を他所に飛田は続けた。
「その時俺らはエチオピア側の国境付近にベースキャンプを張ってたんだが、ヘリで装甲車を一台運んだ後、現地で2台のピックアップトラックを入手して合計3台での警護作戦を組んだ、ジャックと俺含め合計10名でヘリに同乗して現地入りしムハンマドの収監されてる刑務所に行ったが、搬送される前に痛めつけておけと言わんばかりに、ムハンマドは正規軍の兵隊にボコボコされた後だったよ」
飛田は更にノートパソコンのキーボードを叩き、別のサイトを開いた。そこにはソマリア正規軍の兵士と思しき若者が、満面の笑みで椅子に縛り付けられた血まみれのムハンマド氏を傍らにAKの銃口を天井に向けて佇んでいる。
「まあそんな訳でムハンマド本人を受け取り、本人は装甲車に乗せ、後方護衛はMK19を積んでテクニカル(荷台にMK19等を簡易搭載した車)にしたピックアップ、前方護衛はピックアップそのままで出発した」
飛田はアラビア語らしき文字で書かれた記事をノートパソコンのモニターに写した。そこにはピックアップトラックに乗った白人男性数名と、その後ろに装甲車が一台、更にその後ろにピックアップトラックにMK19を乗せたトラックが一台並んで走っている写真が掲載されている。
「で、ハルゲイサに入った瞬間渋滞にハマったんだが、後ろの方でトラックがパンクした音が聞こえた。しんがりをやってたバルザンって外人部隊上がりのヤツが、そのパンク音をM82だと勘違いして、自前のAKで数発射撃をしちまった、その後ひっそり追って来ていたソマリア正規軍がバルザンの射撃音に刺激されて前から撃って来る、それに釣られてモニターしていた旧ソマリランドのゲリラも撃って出て入り乱れての銃撃戦って寸法さ」
飛田はまるで不良学生がケンカの話しをする様に、どことなく生き生きと話しを続けた。
「ムハンマドはびびっちまって装甲車から単独で逃げ出し頭を撃たれ即死、装甲車に乗ってた俺らだけは何とか助かったが、アカデミアから警備に当たっていた他の奴らは旧ソマリランドのゲリラに捕まって大通り沿いで処刑だ、装甲車に乗ってた俺らは命からがらベースに戻ったって訳さ」
岩井田はハルゲイサの戦闘でアカデミア社の戦闘員が10名中4名生き残ったと聞いていたが、その中に日本人がいたとは知らなかった、飛田曰く「死のうが生き残ろうが国籍も名前も公表はされない」との事だ、非戦闘員が戦地で武器を持って行動する場合の死には名前は与えられない、また死人が本名だった場合、残された家族や祖国に被害を及ぼすとも限らない、何とも言いがたい世界である。岩井田は聞いた。
「その後どうしたんだ?それが去年の夏だろ?ここに来たのは去年の9月だぜ?」
飛田はあっさりと答えた。
「ああ、あの事件が7月で、ベースに着いてすぐにアカデミアの司令塔からも早く逃げねえとソマリア軍が殺しに来るぞって言われたし、特例で契約金の3倍出すから退社しろって言われた、ベースキャンプでプレートキャリア(防弾ベスト)やら何やら全部捨ててパスポートだけ持ってそのままアカデミアの輸送機でスペインに運ばれてから、日本に戻って来たって所だな」
岩井田はあっけに取られた様な顔をしながら言った
「で、日本で就活してたって訳か…」
それを聞いた飛田は苦笑いしながら言った
「そう言う事だな、厚かましいって話しだぜ『戦後のどさくさ』なんてよく言った物だが、俺もジャックもアカデミア社に所属していたからアメリカじゃあ賞金首だろうし、ジャックはもう名前を変えてんのかな、LLCがあの事件の生き残りを知らない訳が無いのに拾った時点で怪しいぜ、だとするとジャックは捨て駒だ。こんな事になっちまったからには話しちまうが、俺だって日本に入国した時点で目を付けられてるだろうよ、日本防衛省情報本部辺りが怪しい…あそこに山崎って男がいるんだが、アフガン邦人誘拐の際、実はアカデミアの特殊任務班が現地で誘拐犯を射殺した時に俺はその特殊班にいた…本社じゃだいぶしつこく素性を聞かれたらしいからな」
岩井田は驚きながら言った
「何だ何だ?!まだそんな話しがあるのかよ、アフガンの邦人誘拐ってぇと…2037年、あれは日本政府が無血で邦人救出したんじゃねえのか」
飛田は至って平穏な面持ちで言った。
「戦時中のまっただ中で無血で人質救出なんてカッコいい話しがあるかよ、アフガンって言ってもナンガルハールって言う麻薬だのギャングだの、戦争以外も最高にホットな危険地域だ、日本人のボランティアやジャーナリストのめぼしいヤツらを7人かっさらって行きやがった、それで要求は『日本の陸自撤退』だぜ?」
もはや岩井田には理解出来ない程の危険しか想像がつかない、飛田が説明する様に続けた。
「まあゲリラ独特の資金集めさ、奴らは人質を取らねえ、順番に殺して死体がねえと保険金が降りない遺族や政府に金銭を吹っかけてくるんだ。だが日本政府は頑としてテロには屈しない姿勢だ、その上陸自の特戦を動かそうとした途端、ゲリラに人質が1人殺されちまった、政府のお偉いさんもアメリカさんに助けてくれと懇願したが、人質はアメリカ人じゃねえし他国の為に軍事介入出来ねえとさ、そこで俺らの出番だったって訳だ」
と笑った、それを見た岩井田はただただ驚いた顔をしながら
「出番ってのは?結局日本政府は何の打つ手無しで、民間にゲリラを一掃させるって依頼が来たのか!そんな話しが…」
飛田は真剣な面持ちになり言った
「日本政府の依頼じゃねえ、日本政府から米国情報局経由でアカデミアに依頼が来た。そこで俺らで用意した隊員は計12名、ゲリラとの交渉は日本防衛省情報本部がやっていた。作戦は先にナンガルハールの農村で人質6人の内3人を引き渡し、次に3人分の保険金相当の金を用意するって言う好条件の嘘交渉をして、村に武装勢力の交渉役が現れたらアカデミアの4名で狙撃排除、その間に日本防衛省情報本部が情報収集していたゲリラの本拠地もアカデミアの8名で襲撃すると言う作戦だ、そんなに難しい任務じゃ無いが、やはりこれは傭兵行為だと言うのでアメリカでも日本でも内部から反発があったみてえだな」
戦場帰りの元同僚から話しは聞いていたが、岩井田は戦争に行っておらず、現代の戦争とはよその世界で起こっているかの様にネットやニュース映像でしか見る事が無かったせいもあり、何と言うか「静か」に感じるが、前線では昔と何も変わらぬ撃ち合いが行われているのだと飛田の話しを聞きながらひしひしと感じた。
爆発した瓦礫や砂塵、家具の焼ける臭い、人や家畜の死体の臭い、生きている人間が放つ脂汗の様な饐えた臭いや傷の臭い、炎の熱さと照らしつける日光の熱さ、様々な悪臭や閑散とした光景が入り交じっている戦場を思い出しながら飛田は話していた、飛田はそんな景色の中で血を拭い取ったばかりのナイフをホルダーに刺し、銃身に熱が残ったままの銃を手にして人生の大半を生きて来たのだ。
岩井田は戦場の臭いや風景や価値観を知らない、しかし飛田の話しっぷりを聞き、銃のトリガーを引く度にどんどん生死に対する価値観が麻痺して行く様が分った。飛田は何食わぬ顔で話しを続けた。
「あの事件では、ゲリラ組織本体は別の場所にあった、規模は大した事無かったが、事件を起こしているのはその組織の中の7~8人の単独犯だ、その内日本政府と交渉してるのは2~3人、それで一国を脅そうって話しだ、成功すりゃ大金が手に入るし組織の幹部にも選ばれる、失敗して組織に戻りゃぶっ殺される、そりゃ奴らも死にもの狂いだぜ、日本で昇進や保身を気にしている連中とは人殺しに対する意気込みが違う。
俺は狙撃班を指揮しながら突入班に帯同して、狙撃サイドの対象排除確認が取れ次第突入した。本拠地に残された5人の内リーダーは40代か50代のオッサンだったが、その他の4人はまだ15歳位のガキだったよ、奴らがAKを構える前に俺らはマガジンの半分も使わないで全滅させる事が出来た、狙撃された奴らは20代と30代、これからって奴らだった、まあこれからってヤツだからそんな前線で交渉役を買って出たんだろうな」
今までの話しを聞き、岩井田は少し身震いがした。
しかし、先ほどまで笑っていた飛田はどこか寂しげに俯き
「俺はクセェ戦場で鉄砲を撃ってレーションやら何だか分らねえ地元の飯ばっか食って人生のほとんどを使っちまってる、だからもし日本に帰れたら堅気に戻りたかったんだ…もしかしたら捕まっちまうかも知れねえ、でも日本に帰って来てもまだドンパチやるなんて思ってもいなかった…オッサン、迷惑かけるな…この一件が落ち着いたらここ辞めるわ」
とつぶやいた。岩井田は複雑な面持ちで飛田に言った。
「…所でよ、日本防衛省情報本部の山崎って野郎とは帰国後会ったのか?それとも具体的に追われてるとか、そいつはお前のどこをそんなに疑ってんだ」
飛田は肩をすくめながら言った
「さあな、疑られるって言われちゃあ思い当たるフシがあり過ぎて困るぜ」
と飛田は笑った、それにつられ岩井田も作り笑いをしながら言った
「お、俺も公安を辞めてから普通の職に就くぞ!なんて思ってたが、結局この有様だ。警察を辞めてから嫁と娘に逃げられちまってな、こう見えても若い時は公安でSITにも所属して射撃じゃ1等賞だったんだ、よく娘や嫁に自慢したんだが…今考えりゃあ全部ダメだったのかもな」
飛田があっさりと、そして寂しげに言い返す
「鉄砲撃って飯食ってる様なヤツなんてそんなモンだろ」
岩井田は頭を撫でながら言った
「お前の家族はどうしたんだ?父ちゃんとか母ちゃんとか」
飛田は何の事も無い様に返答した
「2030年の東京タワーテロで全員死んじまったよ、親父とおふくろ、それに妹…。
で、装備一式揃える前に、村井木ドリーム建設の偽造ID作らねえと、まずは内部に入って調査だ。明日までに必要そうな装備一式をリストアップしておく、予算に合わない場合は順番にカットも出来る様にしておくよ」
岩井田は何だか悪い事を聞いてしまったと言う顔をしながら「そ、そうか」と一言だけ返し、また電話の受話器を握りどこかにいそいそと電話をした。
「IDは鹿元に頼んだから明日には出来るだろう、後はヤツに村井木ビル管理サーバーに潜入してもらい、偽造IDの登録をして、ビルの青写真を入手するようにも伝えてあるからそれさえ揃えばすぐにでも潜入出来るぜ」
鹿元とは、岩井田が公安時代に知り合った天才ハッカーで、内閣のサーバーに某国ハッキング集団が潜入した際、逆ハックをかけて敵のサーバーにウイルスを送り込むと言う作戦を一人で成し遂げた男だ、00年代に入ってから、日本政府の施策としてホワイトハッカーを抱き込むと言う物があり、鹿元もスカウトがかかったが、鹿元自身金融機関へのハッキングの余罪があり、政府とはそりが合わないと考え「鹿元情報解析サービス」と言う会社を設立して独立、その後はヤクザだろうが国の公的機関だろうが、金さえ払えば大抵のファイヤーウォールをくぐり抜け必要な情報を収集して来る、昨今に至っては倒産寸前の印刷工場を買い取り偽造ID等を作成させており、とにかくこう言った裏の下請け業では足が付かず仕事が早いと有名な業者となった。
飛田は「上出来だ」と言い、メモに必要な装備品を書き出した。
プレートキャリア (防弾チョッキにポーチが装着出来る物)× 2
弾倉用ポーチ × 10
AK12 × 2(マガジン2 + 予備マガジン10)
Glock26 × 2
VSS特殊狙撃銃 × 1
M67手榴弾 × 10
スタングレネード × 6
スモークグレネード × 6
無線機×1(市販の物でチャンネルが分かれている物、半径1km)
ストラダーナイフ × 1
5.56x45mm NATO弾(500発)
9x39mm SP-5弾(50発)
9x19mmパラベラム弾(50発)
登山用30mロープ × 3
岩井田はこのメモを見て
「おい、俺の知っているルートじゃあこんな物扱ってねえぞ」
と言ったが、飛田は日本の闇ルートの実情を知ってか知らずか
「世界中共通だと思うが、闇で武器を扱ってるヤツらはこれ位は集めて来る、その方法も俺は知っている」
と言った、岩井田は「なる程、そう言えば民間でやってる奴らの武器調達は会社と契約したら武器代金として前払いでもらった後、自分で武器を現地調達するんだっけか?そう言う話しを聞いた事がある、武器屋との交渉も自分でするんだろう」と考えながら答えた。
「そうか、じゃあ俺の知り合いの道具屋に当たるが、こんな物騒な物を大量オーダーした事は今までねえ、お前もついて来てくれ」
と飛田に同行する様に促した、飛田は頷き
「ちなみにそいつはオッサンか?やっぱこう言う事やってるヤツはオッサンだよな、オッサンはやだな~」
と呑気に答えた、今や戦後の日本では銃器は手に入りやすい、しかも正規価格の0.5倍程の値段だ。岩井田が自分で護身用に持ち歩いているSIGの弾丸を買う為、年に数回だが横浜の中華街にある薬膳中華料理店を経営する萬良商事と言う店に寄る。萬良商事は表向き薬膳料理店で店も繁盛しており、従業員は完全に薬膳だけを販売していると思っている。しかし実は店主で萬良商事の社長の通称「士燮」と言う初老の男性が武器商人としての顔も持っているらしい。
世界的に有名な武器商人として大戦時にはヨーロッパ各国で名前を馳せたそうだが、戦後は65歳になり、娘を日本人へ嫁にやった事や治安がどちらかと言えば良い日本の中華街に本拠地を置く事になった。日本は昔世界に誇れる法治国家として、武器の密輸も密売も非常にやりにくい国だったが、戦後本当に安全神話が崩壊し様々な類いの武器や麻薬の密売人が集う様になっている。
飛田と岩井田は横浜まで車で1時間程飛ばし、中華街の近辺に車を停めて門の前に立った。