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フロントエスケープ  作者: yen・sin
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東京タワーテロ

依頼人一枝の隠された過去、永田町、ヤクザ、民間軍事企業、様々な危険が岩井田興信所に集まる。

そして飛田は……

岩井田は受話器を持ったまま少しの間考え込んでいた、前回の質疑で一枝にもらった名刺には一枝の自宅兼事務所だと言う東京の電話番号が書いている、岩井田は心の中で「芸妓をやめたと言っていたが、今は東京に住んでるのか」と思ったが、これから先は村井木の懐に入っての捜査になる、どんな危険が待っているやも知れない、少し躊躇った後に名刺に書いてある番号をタッチパネルになっている据え置きの電話機に入力した。


「もしもし?岩井田さんでしょ、その後どうだったのか気になっていたんです」


数コールした所で、関を切った様に一枝が電話に出た、岩井田はゆっくりとそれに答える様に


「一枝さん、岩井田です。まだ村井木の懐に入ってはいません…村井木の近辺はかなり物騒な連中が警護している様です、私の事務所におこしになられた際、飛田と言う者がいたかと思いますが、ヤツは軍人上がりでして…過去に所属していた民間軍事企業の元同僚が村井木の身辺警護に当たっている様です」


一枝は「民間軍事企業?」と不思議そうに訪ねて来た、大戦時ニュースにはなっていたが、日本で本土決戦があった訳では無い為、国内で戦争を見守っていた人間に詳細を説明するのは難しく、岩井田は「傭兵みたいな物です、いや警備員みたいな物かな」と答えたが、厳密には傭兵とも警備員とも違う、そもそも傭兵制度はジュネーブ条約で禁止になったし、警備員と言うには所属している人間の経歴がいかつ過ぎる。傭兵か警備員かは置いておいて、岩井田は一つ疑問に思っていた事があったので素直に聞いてみる事にした。


「所で単純に疑問なのですが、一枝さんが村井来に近付く事は可能ですか?近づけなかったり連絡が取れ無いのであれば話せる範囲で良いので理由も伺っておきたいんです」


娘が父親の命を狙っているのでは無いかと言った疑念を持ちながら、過去の愛人とは言えよほどの理由が無ければにこんな依頼を他人に任せたりはせず、自分で村井木にコンタクトを取るだろう、ましてや昔一度会った伝手をたぐって岩井田の様な公安崩れの探偵を探し出し、尚且つ全ての者を危険に巻き込む可能性があるのだと知りながら…そんな事を考えていると一枝が重い口を開いた。


「娘が10歳になる頃です、私は2年間服役しておりました、隠すつもりは無かったのですが、罪状は殺人罪です、あれは東京タワーテロ事件があった年でした」


岩井田は「東京タワーテロ事件か、海外のテロ組織が日本をターゲットに初めて起こした大規模テロ事件だったな、確か東南アジアの過激派組織が起こした事件だ」と考えながら、しかし殺人で2年の服役?と不振に思った岩井田は聞いた


「東京タワーテロと言うと2030年ですが、殺人で服役2年ですか?また何故そんなに早く刑期を終える事が出来たのでしょう、故意では無かったと…」


すると一枝は刻々と事の経緯を話しだした。


「これには私にも計り知れぬ事情が裏で動いているのを感じました、信じてもらえないかも知れないのですが聞いて下さい。初公判の日、1人の男が私に会いに来ました、その男は自分の事を『マルエツ興業』の者だと言ったのです、今やそのマルエツ興業は村井木ドリーム建設に並ぶ建設業界ではNo,2の大手建設企業と言っても良いでしょう。でもその昔、マルエツ興業は丸越組と言うヤクザのフロント企業でした、お客様としてお座敷に呼ばれた事もありますし、その際にお客様からマルエツ興行の名刺も頂いておりました、その後警察関係の方からマルエツ絡みの事件で話しを聞きたいと言われた事もあります」


ここまで話し、一枝は受話器越しに大きく深呼吸をした。岩井田もマルエツ興業の事も知っていたし、村井木ドリーム建設だって先代は春日一家と言う指定暴力団が上層部を固めるガッチガチのフロント企業だった事も知っている、そう思いながら一枝の話しに再度耳を傾けた。一枝は重苦しく話しを続けた。


「そのマルエツ興業ですが、先代社長がかなり苦心してフロントから一般企業へと鞍替えして、真面目に…とは言いがたいですが、産廃を取り扱う企業として表向きは全うな商売を始めたばかりの頃でした、私の前に現れたマルエツ興業の男はこう話しました『マルエツは組の時代から村井木さんに仕えて来ました、今はどちらも堅気ですが組の時代は兄弟分です、一枝さんなら知らない訳では無いと思いますが、村井木さんは3代目で先代は堅気では無かった、我々はそんな関係から生まれた絆があります、村井木さんをお守りするのが我々のお勤めなんです』その時初めて今目の前にいる方が現マルエツ興業代表の丸越さんなのだと察しました」


岩井田が公安の時代、丸越の顔写真が警視庁の暴力団対策本部すなわちマル暴で出回っていた、既に暴力団から足を洗っていると言う事にはなっていたが、マルエツ興業自体は堅気に降りた物の、裏では原子力発電所の廃棄物処理関連への人材派遣をしており、これが絶妙な所で法の目かいくぐる様な厄介な仕事っぷりだった為公安からまだ目を付けられていたのだ。そんな経緯もあって岩井田は丸越のヤクザ特有の纏わり付く様な目つきを覚えていた、その目で一枝さんに口上を垂れたと思うともっと早く相談に来てくれれば、あるいは助言や手助けも出来たのに…とすら思いながら聞いた。


「丸越さんは続けました『村井木さんは政財界にも顔が利く、利権絡みの案件を多く所有しています。大手ゼネコンの西郷建設、あそこは今の村井木さんのポジションを狙っている会社の一つです、その西郷建設の役員と言う者が近い内にあなたの座敷に現れます、しかしその男は鬼龍威信会きりゅういしんかいと言う組の者で西郷建設はその組の企業舎弟です、やつらは村井木さんの命を狙っています、鬼龍はあなたに村井木さんの居場所を聞くでしょう、一枝さん…辛い事をお願いしますが、コレをその鬼龍の者に飲ませて下さい』と青酸カリ200mgを私に渡しました」


岩井田はそこまで聞いて「なるほど」と頷いた、話しはややこしく聞こえるが、要はヤクザ崩れの土建屋の利権争いで、そのトップの愛人である一枝が巻き込まれたのだと。一枝はヤクザに利用される事を知っていながら自分が身を窶した事に苛立を隠しきれない様に続けた。


「ヤクザと言うのは、一度でも義理を噛んでしまった人間を生かさず殺さず骨の髄までしゃぶる生き物です、村井木と関係を持ってしまった私を何らかの形で使おうとするでしょう、娘が巻き込まれてしまうより先に私がヤクザの相手をしよう、そう考えたのです」


岩井田は「若い頃会った時は洞察力のするどい子だと思った物だが、今や頭の先までそっちの世界に漬かってるじゃねえか」と内心思っていたが、黙って受話器を持ったまま頷きながら聞いていた


「でもここからお話しが急変します、確かに鬼龍威信会の方と思しき男性が西郷建設の役員として私を座敷に呼びました、そして村井木の居場所をそれと無く聞かれましたが、私は存じ上げませんとお答えしました…鬼龍威信会の方は翌日も私をお座敷に呼ぶと言って宿泊先にお帰りになられましたが、最後の一杯に私は毒を盛ったのです。青酸カリ200mgではその場で即死と言う事はありませんでしたが、その後ホテルで亡くなっているのが発見されました。勿論私が一番最初に疑われる立場にいましたので参考人として出頭し、任意のままに拘留されましたが、裁判中に留置されている私の所へ面会しに来て下さった方がいました」


岩井田は電話越しではあったが、一枝に用心深く話しかけた


「娘さんですか?しかしその頃娘さんはまだ10歳位だ、面会は女将さん?あるいは別の…」


一枝は話すトーンを変える事無く続けた


「面会に来たのは民権党みんけんとう鷺池議員秘書です」


岩井田は受話器を握りしめたまま斜め上を向き「永田町が出たか」と溜息まじりに呟いた。ここまで話しを聞いて来て人間が不振な死を遂げており、大きな企業が絡んでいるにも関わらず、当時公安に所属していた岩井田が情報を耳にした記憶が無い、岩井田は一枝があの村井木ドリーム建設CEOの愛人で、その隠し子を追っていると知っていながら依頼を引き受けた時、もしかして企業間の話しだけでは済まないか…と言う勘が働いていたし、ある程度覚悟もしていた。そして一枝はそのまま続けた


「村井木と丸越のバックには内閣を司る民権党がいました、今でも村井来は内閣に通じている民権党の方とお付き合いが多い筈です。しかし丸越の器で殺人事件を闇に葬るには地方議院の鷺池先生を動かす事が精一杯だった、勿論それすら大変な事です。それに西郷建設は民権党の敵派閥である実進党じっしんとうをバックグラウンドを持っていたので民権党を動かしやすかったのかも知れません」


岩井田はここまで聞いて、薄くなった頭を撫でながら言った。


「永田町にヤクザのフロント、ある程度予測はしていましたが厄介な連中のオンパレードですね、ちなみに2031年に西郷建設社長がフィリピンかどこかで銃撃されて亡くなってから西郷建設は衰退しましたが、もしかしてその辺りも一連の話しが絡んでいるのですか?身代金目当ての誘拐から殺害されたと聞いていましたが」


一枝は、電話口で淡々と語った


「私は獄中だったので受け売りになってしまいますが、当時某商社が東南アジアでも比較的治安も景気も良かったマニラに商業施設をオープンさせると言うので、ゼネコンだった西郷建設の社長が現地視察に赴いた際、何者かに誘拐された後、犯人アジトに踏み込んだ警察隊と銃撃戦になり、その際巻き添えを受けてお亡くなりになったと伺っております、岩井田さんの仰る通りもっぱら身代金目当ての誘拐だった…と言う線で報道されました、でも面会に来て下さった鷺池議員の秘書様からは『狙撃された』と伺いました、それから西郷建設の株価も急激に下がり衰退の一途でしたが」


岩井田はうんざりした様な顔でその後に続きを付けた


「『狙撃』か…民権党は長年内閣を取り仕切っている、何をどうしたのかは分らないが、生えて来たカビは壁ごと削っちまうって方針か、裏で民権党の誰かが糸を引いてる事は間違い無い」


岩井田はコードレスの受話器を持ったまま机の周りを一周しながらこう続けた


「そう言えば私が公安に勤めていた頃、2030年の東京タワーテロの後すぐ、日本の国益を脅かす内外派閥を暗殺する陸自特戦群のラットキラーとか言う部隊が国連PKOに紛れて東南アジアに渡ったと聞いた事がある、そんな部隊が本当にあるかどうかも怪しいが、その噂が本当でラットキラーなる奴らが西郷建設社長を殺害……いや、しかしいくら民権党が村井木と根深い癒着があったとしても、たかが企業間の確執で敵派閥の民間人を殺害するなんて話しがあるのか?」


岩井田は、自分の予測の遥か上を行く仮説が出て来た事に驚きつつ、過去2030年~2031年前後にかけて、東南アジアの軍事情勢が悪く、ベトナム、ラオス、カンボジアでは「3国紛争」と言われる程小競り合いが続いてたが、米軍に基地となる土地提供をしていたフィリピンだけは治安も良かった、しかし3国紛争の飛び火を恐れフィリピンへの渡航を見送る観光客が続出し、フィリピンの観光産業の低下がニュースで取りだたされていた。ところが日本をはじめ多くの海外商社はマニラから撤退しなかったり、新しい工場を作ったりしていた事知り、各国の企業はマニラに支社を置く事で政府筋から何かしらの恩恵を受けているのだろう、と睨んでいたのを思い出した。その実、米軍が基地を多く保有する事で日本もPKOを名目に東南アジアの紛争に介入しやすくなっていただろうし、金融系や製菓・製パン系、あるいは酒造関連の企業は紛争により利益が膨らんだと聞いた。


そんな事を考えながら目の前を見ると、飛田が事務所に帰って来てソファーに腰掛けていた。

岩井田は少し考えた後一枝に告げた。


「それでは、一枝さんは服役の件があってから村井木との連絡を断ったと、それはやはり娘さんを危険から遠ざける為だと思うのですが、村井木からの金銭的支援もそこで終了しているのですか?」


確信めいた所を聞いておきたい、今尚金銭的に村井木から支援されていると言う事であれば話しが変わって来る、岩井田はそう考えながら一枝の返事を待った。


「理由はどうあれ私が犯罪者だったと言う事や、娘の安全面も考慮して、出所後は村井木から距離を置き、金銭を受け取っていた銀行口座も閉めました。その時点でかなりの金額が手元に残されていましたので、私は投獄中に女将さんを介し、村井木の息のかかったお金で食品加工会社を買い取りました、株主は私で代表は女将でその会社を運営しております。更に私が服役している間、娘は女将に預かって頂いておりました。出所後しばらくその会社の株を運用しながら芸妓を続けておりましたが、やはり人目に付くと言う理由から芸妓を辞めざるを得ませんでした、女将にも人前に出ない方が娘の為に良いと言われ、大変迷惑をおかけしたにも関わらず生活の基盤が整うまで女将のお家を間借りさせて頂いて…」


なる程、何だかんでマネーロンダリングの会社まで経営していたのか。岩井田はそんな事を考えながら、何かの力が因果を引き寄せるのを感じていた、そしてまた一枝の話しに耳を傾けた。


「だから私は村井木の前に姿を出す事が出来無い…姿を表してはいけないのです。岩井田さんにはこんな大変な厄介事を持ち込んでしまい、本当にご迷惑をかけしてしまっているのは分っております、でも私が警察に駆け込んでしまうと先ほどお話しした通り、もっと厄介な物が動き出すかも知れない、そんな思いもあって以前から警視庁で手腕を奮っていた岩井田さんが公安をお辞めになり、ご自身で興信所を経営されていると聞き、この件をお願いしたのです」


岩井田は「とんだ噛ませ犬だ、永田町とヤクザが敵か、飛田の話しだと兵隊崩れも絡んで来そうだ」と思いながら、乗りかかった船が泥で出来ているのか腐った木材で出来ているのか、どのみち対岸まで辿り着けるかどうか分らない事をひしひしと感じながら岩井田は一枝に返事をした。


「先ほども話した通り、まだ村井木の懐には入っておりません。これから捜査及び対象排除阻止となると装備もそれなりに揃えなければならない、金額的には数十万や数百万では済まない可能性だってある、先ほど仰っていた会社経営の資金だけでお支払いの方は大丈夫ですか?」


一枝は「おいくら出せばいいですか?」と訪ねて来たので、岩井田は装備一式の概算、それに自分達のギャラを少し多めに言った、値段を高めに言えばあるいは他を当たってくれるのでは無いかと言う淡い期待もあったが、反面岩井田の悪い癖でこんな大きな山を引き受けない手は無い…と言う気持ちもあった。一枝は金額を聞いて「分りました、小切手でお出しします。もし足りなくなったら言って下さい、今回の件に関してはお金に糸目を付け無いと決めております」と言い、更に岩井田がこの任務を引き受けた事に感謝しながら電話を切った。そして一部始終を聞いていた飛田が口を開いた。

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