虎穴に入らずんば
いよいよ本章、村井木ドリーム建設に仕掛ける飛田
村井木を護衛するジャックとは。
そして2040年、4月下旬に話しは戻る。
村井木ドリーム建設本社「村井木ビル」の近くの路地、ライトバンを停めた飛田は「車内禁煙」と言うステッカーが貼ってある車の中で、アメリカンスピリットに火をつけた。
◇
飛田は岩井田と電話で少しやり取りした後、しばらく車内で村井木ビル周辺の様子を伺っていた。
黒っぽいスーツで身を包んでビル周辺をウロウロしている連中は素人だ、あまりにも動きが雑過ぎる、中にはスーツの襟と耳に仕込んだインカムでしきりにどこかと連絡を取っている者もいる…あまりにも連絡頻度が多い、セキュリティー臭い行動を取り過ぎだ、しかし飛田はこの辺りまでは予測していた。
自分がもし村井木の護衛をコーディネイトするなら社内とビル周囲は、安く雇える人足に任せ派手に動かし、外部に「警護しています!」と言うアピールをする、そして要人当人の警護自体は自分か、あるいは自分の配下にある腕利きを3~4名付けると言った所か…と考えると、村井来を護衛しているのは多少心得のある人間が受け持っているのかも知れないが、こんな事は少し考えれば分る事だ。
飛田は先ほどから何かをコソコソと作っていた、先ほど訪れたガソリンスタンドに併設されていたコンビニで買ったデジタル腕時計の裏蓋を開け、電子ライターの着火装置を繋ぎ合わせている、その先には中国の旧正月で使う少し多き目のバクチクが繫がっている。
「よしよし、いたずらグッズ作るのもそこそこ手間がかかるな」
どうやら時限バクチク破裂装置の様だ
「1分後位に何発かパンパァン!みたいな感じで良いだろう」
とボソボソ独り言を言っていると、にわかに黒スーツの連中がざわめき始めた、飛田は「おいでなすったか」と一言ささやき、自動販売機に行くフリをして車を降りた。するとビルの正面玄関、随分立派な回転自動ドアがクルクルと回り始めたかと思うと、これまた黒スーツで紺色のネクタイ、大柄な白人男性が先に出て来た、飛田はそれを見ながら自動販売機に向い。
「なるほどな、ジャック・スミスか。中々値の張る良い護衛を雇ってる」
作業服に作業帽姿の飛田は帽子を深々と被り「ジャック・スミス」と言われる男の方を見るでも無く、見ない訳でも無い様子で缶コーヒーのボタンを押した。
「あ、俺缶コーヒー飲まねえんだ」
飛田はそう言いながら、自動販売機から缶コーヒーを取り出す瞬間、ポケットから先ほど造った時限バクチク破裂装置を取り出し自動販売機の取り出し口に放り込んだ。
「1分はちょっと早過ぎたかな…サクッと撤退」
と、またまた独り言を言いながらライトバンに戻りエンジンをかけた、ディーゼルエンジンの古くさいエンジン音が路地に響き、飛田はゆっくりと車を移動させながら車道に出て先ほどの自動販売機から離れ、村井木ビルの正面の方まで車を回した、ここまでの所用時間は約45秒、飛田は村井木の護衛リーダーと思しき男ジャック・スミス他3名の白人が護衛として村井木を守っているのを確認した。
「4人共でけえから村井木が見えねえな、あのわざとらしい着物の小さいじじいか」
大男4人に囲まれる様に、その円の中央に設えの良い着物を着て不機嫌そうな面持ちの老人が歩いている。
「ジャックの野郎、1年程見ねえ内に太ったな、しかし他の3人は見た事ねえな、ジャックのヤツが転職したって言うLLC警備保障の若手って所だな」
飛田はそう口走った、どうやらジャックと言う男と飛田は知り合いらしい。その瞬間「パン!パパパン!パパパパパン!!」とバクチクが自動拳銃の様な音を鳴らした、そして一発目のバクチクが鳴ると同時にジャックは村井木を地面におし倒しスーツの胸元から拳銃を取り出していた、他の3名は村井木を押しつぶしてしまわない様、村井来の上に覆い被さっている。
飛田はその様をライトバンのバックミラー越しに見て
「良い動きだ、ジャックも太ったがちゃんと若手教育してるじゃねーか、しかしまだ92F使ってるのか…昔のアメリカ映画みてえだな」
92Fとは80年代~90年代に米軍で正式採用されたベレッタ社の9mm弾の拳銃だ、飛田はそのまま様子を見守ったが、ジャックがどうやらこちらの動きを怪しんだ様で銃を向けて何か叫んでいる。
「勘づかれたな、流石に早い、まあこんな所にいたら仕方ねえ、ずらかるか」
と言い飛田はアクセルを思い切り踏んだ「ギャアアアアン!!」古いディーゼルエンジンは猫のシッポを踏んでしまった様な悲鳴を上げると、すり減ったタイヤからしこたま煙りを上げて急発進した。
ジャックの部下が追いかけ、相手が数発こちらに発砲した様に見えたが飛田は全く気にせず車を飛ばした
「ジャックが護衛に付いてるって事は、あまり村井木近辺に接近し過ぎると俺の顔も割れちまってるからヤベえって事か…しかしジャックが出刃るって事は大分厄介な事になってる証拠だな、上手い事潜入してもう少し情報収集しないとダメだな」
と運転しながら言った、そして少し車を走らせた所でスピードを緩め、街中の路肩で車を停めてしまった。要人警護の際、何か異常があれば勿論その異常を排除するのが役割だが、明確に異常の元が分らない場合は要人から離れてしまう訳には行かない、よって手だれ4名は深追いして来無い、ましてやビル周りでウロウロしていた警護は発砲があった時点でブルって動け無い筈だ、それにあまり都心で車を飛ばしても怪しい暴走車として目立ってしまう。とにもかくにも飛田は岩井田に電話をかけた。
「岩井田のオッサン、早く出てくれよな、状況的にはレッドサインじゃねーが、割とイエローサインだぜ」
トゥルルル、トゥルルル、トゥ…
今回は2コールで電話に出た、岩井田は何やら嬉しそうな声で
「おう飛田、どうだった?護衛さん、中々逞しいのが付いてたんじゃねえか?」
飛田は即答えた
「何だよオッサン、何か知ってるのか?ジャックだ、俺の元同僚のジャックが護衛に付いてる、あと若手3人」
岩井田の二ヤけた顔を思い出して、少し苛ついた飛田はそのまま続けた
「オッサン、公安伝手でどっかのお偉いさんから村井木のじじがPMSCの護衛を頼んだって聞いたんだろ?間違っちゃいねえが、アレは俺の知り合いだ、ジャック・スミスって言ってな、俺がアカデミア社にいた時の同僚でロシア人だ、自分じゃアメリカ人って言い張ってたが、ヤンキー(アメリカ人)に憧れたイワン(ロシア人)で何かやらかしてPMSCに下って来たんじゃねえかな、チームは2~3回組んだ事があるが良い腕だったぜ、多分警察系のスペツナズ上がりだがアメリカ陸軍のCQB(近接戦闘)も使う、風の噂じゃアカデミアから枝分かれしたLLCって警備会社で若手育成してるって聞いたんだが、自分から出刃って来るんだ、相当金を積まれてご指名もらって警護してんじゃねえかな」
岩井田は飛田の話しを黙って聞いていたが、その話しを聞いてこう答えた
「何だ、やっこさん…戦争でもおっぱじめるのか?護衛って言ってもここは日本だぜ?腐っても法治国家だ、そんな戦争屋に護衛を頼むなんざぁいくら戦後と言っても物騒過ぎるな、もう少し内部に入り込んで様子を探りたい所だ」
飛田は深く溜息を付きながら
「そう言うと思ってたぜ、まあ何だな…俺はジャックに顔が割れてるから村井木の近くまでは行けねえよ?オッサンが乗り込むか?」
岩井田は大笑いしながらこう答えた
「馬鹿野郎!こんなオッサンがあんなデカイ会社にのこのこ行って『新人』って訳にも行かねえ、ましてや村井木本人が手だれの要人警護を4人も付けてる時期に偽の新規商談持って行っても幾重にも重なっているセキュリティをクリアする訳もねえ、そんな事が出来るんなら俺はこんなショボイ興信所なんてやらずに、今頃は商社マンとして大企業で良い役職に就いてるってもんだ、お前がどうにかして潜り込め、村井木の側近にまで近付く事はねえ、社員界隈で情報をかき集めて来れば何か一個位使える情報があるだろうよ」
それを聞いた飛田は、作業帽を脱ぎボサボサの頭を掻きながら
「人使いが粗いねえ、だから日本の上長ってのは昔から嫌われんだよ!…それじゃあオッサンの知り合いで偽造パスポートや偽造IDを作ってる奴らがいただろ?アイツらに村井来ドリーム建設の社員証を作ってもらってくれ、それなりに値は張るだろうが潜り込んで何か知ら情報をゲットして来る、こうなったら本腰入れて捜査に入って一枝のおばちゃんから金ぶんどるぞ!この野郎」
岩井田は飛田にそう言われ、覚悟を決めたのか
「よし、分った。相手もそれ相応の護衛を付けてるって所を見ると、それなりに何か危険な事情があるんだろう、まあ村井木に関しちゃあ危険じゃ無い時の方が少ないんだろうが、お前が直接知ってる野郎が出刃って来るって事は日本国内だけじゃ済まない何かがあるんだ、月面界開発関連か…あるいは月移住関連か、その他もじゃんじゃん出て来そうだな」
飛田も真剣な面持ちで答えた
「そうだな、ドンパチする訳じゃねえにしても、それなりの準備がいるな…一枝のおばちゃんにどこまで資金提供出来るのか相談しなきゃじゃねえか?」
確かに今のまま無尽蔵に一枝に調査費を無心する訳にも行かない、しかしタイミングを逃すと情報の鮮度は落ちてしまう、乗るか反るか、岩井田一世一代の大勝負だ
「人手が足りねえぜ全くよ…一枝さんには今回の案件がかなり厄介だと言う事、それと我々が本当に首を突っ込んで良いのかを伺うのと同時に、偽造IDを見切り制作し始め、飛田を村井木ドリーム建設に送り込む、飛田!それで良いか?」
岩井田の提案に飛田は乗ったと言わんばかりに答えた
「俺は金さえ積まれりゃやる事をやるだけだ、相手は厄介な野郎共だが調べが終われば即撤退する、もし一枝のおばちゃんの娘の純が絡んでて、それを止めるって言う話しになるんならそれはそれで別料金だ、おばちゃん…純は今米軍で何かの開発に携わってる的な事言ってたよな、もしそれが何らかの兵器で、それを持ってこっちに帰って来ててソイツを使って暗殺なんて考えてるなら、マジでぶっ殺されちまう」
飛田は「金と任務を天秤にかけて危険任務であればある程、請求金額は上がるが絶対に成功させる」等とそれらしき事をの賜っていたが、一枝の事や純の事も純の事もそれと無く気にかけていた。
それに飛田は自分達がどう言った状況の中に潜入するのかと言うのも分っている、まだ見ぬ暗殺者、腕の立つ用心棒、その他有象無象が月面開発や月面移住の利権に群がって来ている、どちらにしても自分達もその有象無象と何ら変わりはない、自分では大義名分があると思っていても他人から見れば情報のゴミ溜を漁るドブネズミだ、しかし虎穴に入らずんば虎児を獲ず、岩井田は意を決して一枝に連絡を取る事にした。