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フロントエスケープ  作者: yen・sin
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20年の扉

不確定ではあるが、母としての一枝の依頼

あまりにも強大過ぎる標的、はたして岩井田と飛田はどこまで村井木の領域に侵入出来るのか。


何故、20年もの歳月をかけて岩井田の目の前に一枝が現れたのか、ただの一度捜査に協力してもらったと言う一方的な思い入れはある物の、それを彼女が覚えているのかどうか分らない。


岩井田は、その20年の時の扉を開く様に第一声を発した。


「か、一枝さんですか?」


一枝は少し明るい顔になり、こう切り出した


「覚えてくれていたんですね、それと岩井田さん、一度京都でご指名頂きましたよね、偽名で」


一枝は少し疲れた様子だったが、上品な振る舞いであの時と同じ様に悪戯っぽくクスクスと笑った、岩井田は照れ隠しをする様に


「私にも私の都合と言う物がある…それで、京都の芸妓さんがこんな寂れた興信所に何の用でしょう、その前に私の事は前からやはり気が付いておられた様ですね」


一枝は薄い紫色の着物の襟をシュッと正し、コホンと咳払いしてから話しを始めた。


「まず現在はもう芸妓も引退しております、それと岩井田さん、あなたの事は名前こそ分らなかった物の、仕草や目つきで警察の方だと分っておりました、名前はその後お知り合いになった公安3課を引退された山室さんに教えて頂きました、あの後10年程経ってからです、そして今回少し厄介な事に私の娘が巻き込まれそう…いえ、私の娘が厄介事を起こしそうなんです」


岩井田は3課の山室自体思い出す事が出来無かったが、公安でもバラしてしまうヤツがいるのかと思いながら溜息まじりに答えた


「娘さんが?私が京都にお邪魔したのが20年以上前でしょうか、あの時にご出産されているのであれば、娘さんは今20歳前後と言った所ですか?」


一枝は軽くうなずいた、岩井田は続けた


「分りました、まずどの様な厄介事か話せる範囲で良いので話して下さい」


一枝は少し間を置いて、振り絞る様な声で話し始めた


「私の娘はじゅんと言います、私が女手一つで育てましたが、父親は…父親は今テレビで盛んに騒がれている村井来重蔵です、私は今まで村井木の愛人をしておりました」


そこで飛田がやれやれと言った様子で話しに入って来た


「すげー話しになって来たけどよ、こんな小せえ興信所で何とか出来る話しかい?警察とかに行った方が良いんじゃねえかな」


一枝はそのまま続けた


「村井木が今省庁のどの辺りまで掌握しているのか検討も付きません、それに岩井田さんの公安時代のお話しは予々伺っておりました、20年前に私をご指名下さった時も京都府警と手を組んで、大きな密輸組織を壊滅された後だと聞きます、そんな岩井田さんだからこそご相談に伺いました」


岩井田は「警官の野郎どもはどんだけ口が軽いんだ」と言わんばかりの顔で


「分りました、話しだけは伺いましょう、しかし見ての通りの興信所が出来る事なんて限られる、それから判断させてもらってもよろしいでしょうか」


一枝は再度姿勢を正してから大きく頷き


「単刀直入に申します、村井木の命を狙っている者がいます、それは最早どうしようもありません…しかし村井木を暗殺しようとしている者の中に娘も入っているのでは無いかと私は考えているのです、娘は現在アメリカで航空機開発の仕事に従事しておりますが、1年程前から米軍との共同開発事業に着手したと連絡があったきりなしのつぶてで心配していた矢先、先日唐突に帰国する旨の連絡がありました、その際村井木暗殺をほのめかす話しをしていたんです、私の勘違いならそれで良い…でももしそれが本当であれば、娘が間違った行動を起こす前に岩井田さんに阻止して欲しいんです」


飛田は深く溜息をつき


「そんなうわ言みたいな事が事実だったら、こいつぁマジで大変だぜ?どっちにしても一度村井木周辺の身辺調査をしないとダメだ、どこのどいつに狙われてるか分からねえ、アイツは世界中から命を狙われててもおかしくねえからな、アンタだってその暗殺の道具に使われる可能性がある、ちょっとやそっとの金額じゃ受ける事は出来ねえ」


と真面目な顔をして言った、岩井田はうんうんと頷きながら聞いていたが


「ちょっとー、テメエがかっこつけて言う台詞じゃねえだろう、概ね合ってるけど俺に言わせてくれよ。まあなんですな、まず取っ掛かりを調べないと、ですな」


一枝はそれを聞いて安心したかの様に


「お願いします、お金なら用意します、こんな時は現金でお支払いした方が良いでしょうか」


と言うと、飛田が身を乗り出して


「そうです、現金払いです、あと領収書やら請求書は無しの感じのヤツでお願いします」


と言った、岩井田は苦笑いしながら


「まあまあ、私達でどうにかならない場合もありますから、一旦下調べして後日ご連絡いたします、今の段階では我々の出来る範囲内でお引き受けしますので安心して下さい」


と言った、飛田も「忙しくなるから困る~」と言いながら、何やらパソコンで調べ出した。一枝は潤んだ瞳を伏せたまま


「ありがとう、岩井田さん、村井木は純が生まれた頃はもっと人間らしかったんです、純には優しい父親だった。純は帰国する時に言いました『お父さんにはこれ以上世界の悪者になって欲しく無い、悪者は世界に1人で充分、お母さんには迷惑かけるかも知れないけど、私ちゃんと上手くするから』と、私は…私は純が父親を殺めるなんて酷い事を考えているのかどうなのか分からない、だけどもしあの子が本当ににそこまで思い詰めているなら、そんな思いをさせて本当に申し訳無いと思っているんです、純には間違った道を歩んで欲しく無い、ただそれだけなんです」


飛田は今まで生き生きと通販サイトの変装グッズコーナーを眺めていたが、少し暗い顔つきで言った


「世の中これが正解だとか、あれは不正解ってのは特にねえ、俺も自分の生き方が俺の思ってた物とちがって来たと思ったから戦争から足を洗ったつもりだった、でも結局やれる事は鉄砲を撃つ事や人をぶっ倒す事だけだ、今の自分が出来る事しか出来ねえし今の自分を悔いちゃあ過去の自分に悪い、アンタの娘も今出来る事をがむしゃらにやってるだけかも知れねえ。しかしホントに殺っちまう事を考えてるなら、それは極端なやり方だし失敗すれば自分が死んじまう可能性だってある、しかしどうであれ母親のアンタが娘を信用してやらなきゃ娘は誰を頼りゃ良いんだ…でもアンタが娘の事をそう思うならそれはアンタの自由だ、否定はしねえ、しかしアンタはこれから自分の生き方も娘の生き方も否定しちゃダメだ、だからあとは俺らにまかせてくれ」


一枝は飛田の話しを聞きながら大粒の涙をポロポロと流した、岩井田は腕組みをしたまま動かない、重たい時間が流れ岩井田は真空になってしまった様な空間の中で大きく息を吸い込み


「一枝さん、そう言う事だ、今日の所は引き取って下さい、今度こそ名刺をお渡しします、あたなに20年前花名刺を頂いた時に私の名刺もお渡ししたかったんですが、今回やっと渡せますな」


そう言うと「岩井田興信所 所長 岩井田剛」と明朝体で書かれた名刺を差し出した、一枝は頭を深々と下げながら名刺を受け取り事務所を後にした。車で来たのか電車で来たのか、一枝は事務所の前の道を独りで歩いて行く、それを窓から眺めながめていた飛田が、まるで雨の後の葉から水滴が垂れる様に


「所長、お見送りしなくて良いのかよ」


とつぶやいた、岩井田は


「そうだな、そう言う優しさみたいなのもあるが、お前もさっき言ってたじゃねえか、俺らに出来る事をやって、先の自分に後悔させんじゃねえよって、身辺調査って言ってもその辺の浮気調査じゃねえぜ?早速準備に取りかからねえとな」


と言いながら、少し寂しそうな背中を見せて階下にあるガレージに向かい古びたライトバンの整備を始めた。

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