2040
2040年、大戦終結2年後の東京、月面開発と月移住計画が日本主導で行われようとしている世界。時代は変われど岩井田興信所のしがない探偵業は変わらず…ある日岩井田剛所長はちょっとした事件に巻き込まれ怪我した所、大戦帰還兵と思しき「飛田宏司」と言う一風変わった男に助けてもらい、岩井田興信所で探偵として雇う事になる。飄々と冗談を飛ばしてはいるが、飛田には何らかの隠したい過去がある様だ…そんな中月面開発の利権を獲得した村井来ドリーム建設の取締役、村井木重蔵の身辺調査、その他諸々の依頼が舞い込んだ、ビックビジネスの到来に2人は沸き立ち、勢い勇んで村井来ビルに潜入するが、そこで飛田は百合里ソフィアと因縁の再会を果たす。第三次世界大戦後の世界で繰り広げられる陰謀に継ぐ陰謀、そしてそれにまつわる飛田の過去とは。月移住計画に隠されたからくりとは。
まず最初に言っておきたいんだけど。
彼が何故アタシ達の目の前に現れ、何故今はここにいないのか、そんな事はアタシには関係の無い事だし、所長ですら深く考えた事なんて無いんじゃない?。
だって本当にたまたま彼はそこにいただけだもの、アタシが下手を打っちゃった時もたまたまそこにいただけ。
彼がアタシ達の側にいた事は事実よ、でも今はもうアタシ達の側にはいない、それだけの話しよ。
彼と一緒に戦った事をどう思うか?彼にどこかで会う事が出来れば同じ事聞いてみたら?。
アタシや所長と一緒に戦った事をどう思いますか?ってね、彼ならこう言うに違い無いわ
「たまたま俺がお前の側にいただけさ」
って。
そう、皆つながってるふりをしてるけど誰ともつながってない。
でもね、つながる気なんて無くてもつながってる事だってある。
それはアタシにでも分る事…そうね、それだけは彼に教わった事かも知れないわね。
ねえちょっと、タバコくれない?あと炭酸水。
(ホークアイ小隊ブラックシープ第四分隊元隊員との接触記録20401224、供述者:ソフィーア・ウィリアムズ・ソウザ・百合里)
◇
2040年、フランスのパリでオリンピックが再開されるニュースが世界中で報じられ、祝福ムードが流れる一方、月の土地開発利権の争奪や、それにまつわる大手建設会社の不正、あるいは月開発における政治家の暗躍が問題となり、それらの事件もニュースで毎日の様に報道されていた。
2年前に終決した大戦は、極東小国の小競り合いと大国のエゴにより、様々な国が巻き込まれる形となった。
当初は対話での決着を求めていた大国達は、戦争を起こす事で利益になる段階に入ったとたん、わざとらしい程代々的に武力介入し小国同士の小競り合いは激化、政治的にも思想的にも微妙な均等を保っていた東南アジア諸国のパワーバランスをも崩す切っ掛けとなり、元々内紛の多かった中東にまで思想対立を熱源として争いの火種は広がった。
そこから戦火はヨーロッパやロシア国境のヒリヒリした地域に広がり、欧米を介した資源利権絡みでのいざこざで、既に治安の悪かったアフリカ地域でも戦闘が激化して行った。この戦争が世界各国でくすぶっていた火種を一気に発火させ第三次世界大戦の開幕となったのだ。
元より思想を掲げて戦っていた小規模な紛争地域の兵士達は、戦争を利益とする大国の利己的な介入により、強大な武力を手に入れ効率的な戦い方を学んで行ったが、その合理的な戦術は彼らが今まで戦って来た目的や理念をねじ曲げ、何の為に戦って来たのかも判然としないまま、ただひたすら攻めて来る敵から家族や自分を守る為、いつまで続くのか分からないぬかるんだ道を歩く様な戦争に疲弊して行った。
そして2038年、戦争はシラケた空気の中で終結した。
また、今大戦では1990年代~2000年代初頭の旧世界が残した兵器や兵法を再構築して使用した事も問題視された、例えば生物兵器や戦略核兵器等もだが、民間軍事企業が国の依頼により戦闘員を戦地に派兵する動きが多く見られ「戦場の民営化」と言うのも大いに問題となった。
冷戦終結後から世界的に軍事費削減思想が取り上げられた、これにより大国のほとんどが表面上の軍事費を大幅に削減する事に同意し実践した。
軍事費削減の反動はどこにくるのか、それは一般企業と同じく人件費削減と言う形で多くの軍人がリストラの対象となった、そして一部の上官クラスはリストラされる前に警備会社を設立、正規軍の手が及ばない細かい厄介事を引き受ける「民間軍事企業(PMSC)」を組織する事を国に容認させ天下り先を自分達で作った、また、こう言った組織の行動規定を定めたモントルー文書なるものが2008年に制定された。
これら民間軍事企業のクライアントは、国防省や大手資源系企業の要人警護や重要施設警備、酷い話しになると資源産出国に赴き、現地民間人警備員の軍事教練も引き受け、簡易軍隊を作り上げ現地の資源掘削設備の警備に当たらせたが、これらが山賊化し要人誘拐等の事件を起こす事もしばしばあり問題となった。
こう言った背景で設立された民間軍事企業は、2010年代まで中東等で活躍したが問題も多く、その勢いは時代と共に衰えて行ったかの様に見えた。
2020年代に入ると元特殊部隊や元空挺部隊等の人員が確保出来無い民間軍事企業はじり貧になって行ったが、世界情勢に不穏な空気が流れ始めた大戦前夜の2033年代辺りから「破格のギャラ、危険任務極少、空挺部隊や特殊部隊経験者優遇」と言う求人をインターネット上で公開した所、正規軍を自ら除隊した軍人達が世界各国の民間軍事企業の求人に殺到したと言うのだ。
確かに過酷な任務に就く空挺隊員や特殊部隊員でも自分の身に何かあった際、残された家族が一生裕福に暮らして行ける様な資産を残す事は難しい、しかし民間軍事企業であれば、勤務地や任務内容によっては資産をより多く残す事も実現不能では無い、胡散臭い民間軍事企業の求人であっても、当時一発触発で戦争が起こるやも知れぬ世界のエッジに立たされていた正規軍の兵士からすると、その求人は魅力的だったのかも知れない。
しかし一方では、敵でも味方でも無い金で雇われた軍隊の巨大化…これもまた今大戦の報道では触れられなかった社会問題として、裏社会にひっそりと爪痕を残し続けている事は確かである。
◇
2040年4月下旬、そんな第三次世界大戦が集結してから2年後、いつの時代も戦後と言うどさくさに紛れて一儲けしようとする奴らは出て来る物だ。
有害物質を存分に含んだ雨のせいか、まだ4月だと言うのにすでに蒸し暑いと感じる位の気温だ、飛田宏司は旧式のライトバンを路地の隙間に押し込む様に駐車し携帯電話をいじりだした。
「暑っちーな、マジでよぉ」
古びてカドの塗装が剥がれて白くなっている携帯を取り出し登録されている電話番号に電話をかけた。
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル…トゥッ
電話口で「おう、着いたか?どんな感じだよ、そっちは」
と、中年男性の声がする、飛田は即座に答えた
「まだ村井木ドリーム建設ビルの近くに着いたばかりだが…どうも警備が物ものしい、こっちは作業服着てバンを路地に突っ込んでるだけだってのに、奴らイヤホンで俺の行動を逐一情報共有してやがる」
電話口の中年男性は続けて言った
「まあ今日は様子見って所だな、やっこさんがビルから出て来たら、何人お共を連れてるか、動きを見てプロかどうかってのが分ればありがたい、プロならお前の範疇だ、知り合いかどうかもしっかり見ておけ」
電話口の中年男性は岩井田剛、岩井田興信所の所長だ。
所長と言っても岩井田と先ほどバンの中で電話をしている飛田の2人で切り盛りするかなり極小の興信所だ、そして今飛田が張っている人物は村井木重蔵、村井木ドリーム建設のCEOで現在日本が保有する月面開発権の全権限を村井木が持っている。何故そんな大物を小さな興信所が追っているのか、これには深い理由があるのだが、まず岩井田が飛田と言う男を拾う所から話しを進めよう。