~小学校教師とヤンキー彼女の人生~
1990年代はカップリングパーティーの全盛だった。職業別、年齢別など様々なコースに分かれた出会いのパーティーがたくさん開かれていた。 彼は地方から転勤で都会に出てきた27歳の男性。小学校の教師をしていた。 軽い気持ちで友達に誘われて彼は何度かそのパーティーに参加した。そこで彼は、一人の年上の女性と出会う。年齢は29歳。どうみても夜の世界で働いている雰囲気を満開にしている女性だった。
彼は年上志向のタイプ。自分をぐいぐいひっばってくれる女性が好きだった。 彼女とも意気投合しカップルが成立した。その後、彼女とのみにいきながら、二人は急接近する。 最初は彼のほうが彼女に強い思いを抱いていた。しかし、彼女も小学校の教師として真摯に子供に向き合う彼の姿勢に次第にひかれていった。二人は急速にひかれあった。
しかし、彼女には秘密があった。それはかつて彼女は十代の頃、刑務所に入っていたこと。傷害事件を起こしていた。 彼女の人生はそんな修羅場を生き抜いてきた人生・・・。彼とは住む世界が違った。
二人は結婚を意識しはじめるようになった。 彼女はそこで自分の歩んできた生い立ちを話した。
なくなった父親が暴力団員であったこと、妹たちも薬物などで少年院に入っていたことなど・・・・。
彼にはわからない世界を歩いてきた彼女・・・。ただ彼は彼女といることで、自分が心からがんばれることを感じていた。
カップリングパーティーで出会った二人は、互いの接点のなさからお互いに興味を持ち始めた。
彼は彼女の強さと優しさの紙一重な部分にひかれていた。
彼女は、教師という仕事にひたむきに生きている彼に新鮮さをもっていった。
ある時、彼は翌日の調理実習の練習をしていた。そのとき、彼女が遊びにきた。家庭科の本を見ながら、お世辞にも上手だとはいえない彼の手つきに妙な親近感を感じた。子どもたちのために一生懸命に料理の練習をする彼の姿に今まで出会ったことのない男性の姿を感じた。
ひたむきさ・・・・・。今まで付き合った男性は、すべて「力こそすべて」「天下を目指す」そんなタイプだったからだ。
「かしてみな、こうやってやるんだよ」
乱暴な言い方と裏腹に彼女の手つきもとても洗練されていた。彼もまた彼女の料理をする姿にまたひかれていった。
二人は自然と恋に落ちた。しかし、二人の間には、様々な障壁が存在した。
彼が彼女のアルバムを見たいと言い出した。彼女は高校を中退している。そして、そのあと、刑務所にも入っている。そんな過去を知られたら・・・・、彼は去っていくにちがいないと思っていた。だから、ギリギリ見せられる写真を見ていた。
しかし、彼も彼女の境遇と過去に疑問を抱き始めていた。街角で会う彼女の知り合いは、すべて彼の教養範囲を超えている女性ばかりだった。 彼女は白黒つけるために自分の実家に彼を連れて行った。
彼はそこで驚きの光景を目にする。 彼女は三姉妹の長女だった。二人の妹たちは、それぞれが部屋に男を連れ込んでいる。下着姿で堂々と人前を歩く。そこにいる男性もまたまともな世界の人ではない。
あまりの光景にショックを受けている彼に彼女は言った。
「これが私の現実・・・」
タバコにさみしそうに火をつける彼女の姿が印象的だった。
「お母さんと話してみる・・・」
あの一言から20年あまりが経過した。
「気合い入れてがんばりな」
「なんとかなるって」
「本当に日本一頼りになる妻だよ」
そんな会話が立派な一戸建てから聞こえてくる・・・。そう20年後の二人は夫婦になっている。娘も大学生になり、二人は新婚以来の夫婦の時間を過ごしている。彼と彼女のインスタントラブは、成就した。そして、二人は幸せな人生を歩んでいる。
あの日、彼女が言った「これが私の現実・・・」という言葉・・・。
あの後、彼は彼女のお母さんに会った。
お母さんは、彼が来ても視線を合わせることもなく、ずっとプレステのゲームをしていた。
ゲームをしながら、一言だけ「この娘はやさしい子だよ」そうたった一言だけ「やさしい」という言葉を発した。 そう彼女は優しかった。
彼が子供にうそをつかれて落ち込んでいた時に、
「今時、みんなうそをつく。けど、その度に傷ついていたら教師なんかつとまらない。傷つくことよりもその子のことを何度でも信じてあげたら・・・」
素敵な言葉だった。
男はみんな傷つきやすい。それを隠して、生きている生き物・・・。だからこそ、彼女のような本質をえた言葉に心を揺さぶられる。彼女の言葉には、魂がこもっていた。彼女の人生が一言に重みを与えるものになっていた。
彼女の境遇もまた彼女の人生も・・・。彼は彼女の本質を好きになっていた。
そして、彼女は彼にこういった・・・。
「好きになってもいいかな」
「私みたない女性が好きになってもいいかなあ」
強気な態度と見た目とは裏腹なその言葉が優しかった。
彼女の告白に彼は戸惑っていた。それは、彼女の人生・そしてこの生活環境を受け入れることができるかと思ったから・・・。彼もそれなりに遊んできたと自負しているが、遊びの質が彼女とは根本に違うのだ。 彼は高校もトップ校ではないが、それなりの進学校へ進んだ。私服で男女共学という抜群の背景の中で、のびのびと高校生活を楽しんだ。 恋愛もした。当時、流行していたDCブランドを身にまとい、背伸びして夜の街でも遊んでいた。 そして、大学にも進んだ。そこでも夜のアルバイトをかじり、大学生活をとても楽しんでいた。そう・・・、彼もそれなりにというか、いわゆるそのカテゴリーの中では、よく遊んでいたほうだ。しかし、いくら遊んでいても彼女とは出会わない生き方だった。生き方の次元が違う中で二人は生きていたのだ。そして、彼は教師になった。
彼が彼女と結婚した本当の理由は何か・・・。それは、彼女の生き方の違いにひかれたからだ。彼女は年上だけではない、人生の修羅場を経験したものの見方ができる女性だった。
彼が担任していた親から、「先生の教え方がわからないとうちの子は言っているんですが」と言われたり、または様々な理不尽なクレームをつけられたことがあった。悩んでる彼を見て彼女が言った一言・・・。
「そいつを呼んで来い。私が話をつけようか」
と半分、本気とも冗談ともとれる一言があった。けど、その後で、
「自分ができないことを人のせいにしているやつこそ、幸せになれないよ」
という一言があった。そして、
「そんな奴のことなんか気にしない」
そう彼女がいるだけでとても前向きになれた。
男はみんな弱い・・・、けど、その弱さを見せいないようにして生きている。しかし、世の中で強く生きている人は、みんな支えてくれている女性がいると思う。男は女性によって成り立つ・・・。
彼が担任している子のお母さんが入院して、遠足の弁当を持ってこれないときがあった。彼女に相談すると、彼女は愛情のこもった手作り弁当を作ってくれた。その子は大喜びだった。彼女と一緒にいることで彼は自分が、または教師として成長していることを実感した。そして、彼は彼女に結婚を申し込んだ。
「弱い自分だけど、これからも頼む」
こんな彼の言葉に彼女は
「私と結婚してよかったと絶対に思わせてあげる。校長までのぼりつめてもらうからね」
「えっ、俺が校長・・・。無理だよ」
あれから20年あまり・・・。50歳を目前に控えた彼は教頭として勤務している。そう彼の人生は彼女の敷かれたレールを歩いている・・・。男にとってそれこそが幸せな生き方なのかもしれない。今なお、弱音を吐く彼を彼女は支えている。二人が幸せになった理由、それはお互いの違いを尊敬できでいるからかもしれない・・・・。
しかし、結婚してから二年目悲しい出来事があった。
「ごめん、ここまで順調に来ていたのに、今日検査に行ったら、心臓音が聞こえない・・・」
「赤ちゃんは死んでいるって」
夕暮れの薄暗い部屋の中で彼女はそう告げた。窓を見ながら泣いていた。初めて彼女がこわれていくような泣き方を見せた。感情の赴くままに・・・・・。夕暮れの部屋で彼は彼女の傍でずっと抱きしめてあげていた。
「わたし、十代の頃、薬物にも手を出した時期があって。もちろん、すぐにはやめたよ。けど、体に悪い こと、自分の体を傷つけること、たくさんしてきたから・・・。その影響もあったかもしれない。ごめ ん。せっかくの命育てられなくて」
「大丈夫、まだ大丈夫だよ。仮にだよ、子どもか無理でもそれはそれて゛しょうがないこと。全部を含 めて好きになったんだから」
きれいな夜だった。夕暮れの日差しが部屋の中に入り、そこから夜が始まるというシチュエーションは、詩人にもなったかのようだった。二人は、また、心の絆が強くなった。相手のことを愛おしいと思うようになった。
それから二年後の三月、彼女は陣痛が始まり、病院に入る。長い長いお産だった。そして、帝王切開で無事に女の子を出産した。
あれから20年、子供は一人だけだったが、その娘も大学生になった。娘も教師を目指して大学で勉強をしている。彼女は今思っている。薬物と手を切って本当によかったと。彼女の周りには、薬物の後遺症に苦しんでいる友達がたくさんいる。子供を産めない体になってしまった子もたくさんいる・・・・・・。
母になるという覚悟がなければ、体を許してはいけない。
この女性を幸せにすると思わなければそういった行為はしてはいけない。
いま二人はそんなことを話して、娘に伝えている。
彼の両親はどうだったのか? 彼は姉二人の末っ子だった・・・。どちらかというと甘やかされて育った。一回目彼女は精一杯落ち着くのある服装で彼の家へといった。年上、そしていかにも昔悪かった雰囲気はなかなかとれるものではない。彼の父は、同じ教師の奥さんをもらってほしいと思っていた。また、姉たちも弟の結婚相手には、厳しい目を向けていた。彼女は彼の家につき、玄関前の階段で転んでしまった。それほど彼女は上がっていた。あの怖くて、動じない雰囲気の彼女が今動揺している姿がとてもおもしろかった。家につく前、彼は車の中で彼女をきつく抱きしめた。
「私なんかがあなたの奥さんになっていいのかな」
「私の雰囲気を見たら、お父さんとかお母さんとかがっかりしない」
彼女の弱気な言動が余計に愛おしかった。
彼は彼女の状況を母親には話しておいた。彼が彼女に魅かれたのは、自分が出会ったことのない女性だったからだ。彼女が今まで恋愛をしてきたどのタイプともかけ離れていた。
暴走族、高校中退、前科者、刑務所・・・・・。彼女もまた自分が普通の幸せをつかむことはないと思っていた。自分に言い寄ってくる男性はみんな同じタイプだった。その最もたる共通項は、「勉強してこなかった」ことである。彼女にとっても大学まで出ている男性との出会いは初めてだった。まして、学校の教師をしている人と恋に落ちるとは夢にも思わなかった。彼女は修羅場をくぐってきた人間だ。わりと事の成り行きを予言してあてることができた。人の恋愛にはそうだった。しかし、自分の恋の結末は・・・。自分の思考回路が破壊されていくような錯覚の恋愛だった。彼女もまた彼との出会いに今まで感じたことのない感情を抱いていた。
「うちの息子でよかったらよろしくお願いします」
彼の母親から出た言葉・・・。母親だけは彼女の本質と、息子のいい加減さと甘えをうまくコントロールすることができると先見の目があったのかもしれない。彼の母親もまた壮絶な人生を歩んでいた。彼の姉二人は、父の前妻の子供。つまり、他人の子供を育て上げた。それも結婚したのは、姉たちが小学生の頃。最も多感な時期・・・。そして彼を授かり、姉たちも育て上げた。彼の家族とあったあと、彼は自分の故郷を案内した。
幸せだった、寒さがきしむ街を歩いても、二人はあたたかった。これからずっと二人でいられるという喜びが実感してくるのを感じていた。彼女も彼が育った街が好きになっていた。彼の遊んだ場所、通った高校・・・。彼は思い出の街を案内した。彼女も彼の歴史を知ることに喜びを感じていた。
夜、二人は寒さのきしむ街並みのある居酒屋でお酒をのんだ。
「緊張したよね」
「うん、けど、よかった・・・。私、絶対、離れないからね」
「うん、俺も好きになってよかったと思う」
彼の母親は84歳を迎える。病院に入院している。彼女はそんな母を毎日、献身的に看病している。そして、いつも母の手を握りしめている。
「顔ださなきゃ、許さないからね」
仕事を理由に彼が母親のところを訪れる日の間隔があくと、彼女は凄みをきかせてにらみつける。優しい人である。彼女は・・・・・・。辛い経験をしたからこそ、彼女は人の痛みがわかるのかもしれない。
一度道を踏み外すと軌道修正するのは並大抵のことではない。その世界やしみついた匂いから脱却するのは難しい・・けど、最後は自分の人生は自分が決めるのだ。
彼の教え子が高校になって悪い道へ進んで、一度、相談にしたことがあった。彼女はたった一言・・・。
「自分の人生なんだから自分で決めな」
「けど、変わる気があるなら、私は応援するよ」
彼女と結婚して心から、よかったと思っている彼がいる。
「あんたもやっぱりカスみたいな教師やな」
「俺のどこがカスなんだよ」
「あんたの昼休みの子供と遊んでいるところ見たらそう思った」
結婚してから一年が経過した。彼女は教師という仕事に全力で取り組む彼を献身的に支えていた。彼女は彼の働いているところをこっそり見るのが好きだった。子供と一緒に過ごしている彼の姿を見ているだけでこの人と一緒になってよかったと思えた。幸せを感じる瞬間・・・。
しかし、今回は、彼女は彼の姿が気になった。彼はそのとき五年生の担任・・・。休み時間に子供たちと楽しそうにグラウンドで遊んだり話をしていた。しかし、彼女の修羅場をくぐり抜けた眼力は、そこである光景に鋭い光を放つ。彼の周りにいるのは、いつも同じ子供ばかり・・・。それも女子が多かった。その女子もオシャレで今時の洋服を身に付けている女の子ばかり・・・。けど視線をちょっと遠くに向けると、それとは違った子供たちも一緒に遊んでいる。この子供たちはなんとなくつまらなさそうに遊んでいる・・・・・・。
インスタントラブのうまくいったところは、彼が彼女の言うところを素直に聞くところだった。年上の女性への依存心が強く、自分をグイグイと引っ張ってくれる女性に憧れていた。ヤンキー上がりの彼女は、まさしくピッタリの女性だった。
「あんたの近くにいる子供たちよりももっと遠くにいる子供たちと遊んでやれば」
「あんたの近くにいる女の子って、金持ってそうだし、親からもかわいがってもらってそう
だし、あと、かわいいしさあ。男の子にもモテるタイプばかり・・・。そんな子ばっかり かわいが るなよ。あいつらこれからの人生いいこと起こりそうな奴ばっかりだよ」
彼女の視線とその考え方に彼は奇妙な違和感を感じた。
「あんたの遠くにいる子供たち・・・。あれは女の子は、悪いけどはっきり言うとね、今の
ところブスばっかり、男の子はデブか気持ち悪いのばっかり・・・。そういう子供たちを
かわいがり大切にする先生になってみたら・・・」
「どういうこと?」
「かわいい女の子は、その後の人生もチヤホヤいい思いたくさんして生きていけんだよ」
「けど、あんたの遠くにいる子供たちは、もしかしたら、この先、あんまり人から優しくさ れること が少ないかもしれない。だからこそ、小学校の時にたくさんかわいがってもらえれ ば、その思い出 が心に残るし、もしかしたら、自分を磨いていくようになっていくんじゃな い。そんな先生のほう が私は好きだよ」
「私、出会ってすぐの時にあんたの担任の子供でお弁当をもってこれない女の子がいたじゃない。私、 実は隠れて見に行ったんだ。そしたら、その女の子は、暗くてオドオドした子だった。そういう女の子 を大事にしているところすごいなって思った。あと、あんたの回りにいる子は、貧乏くさいやつとか、 パッとしていない子供が多かった。けど、そんな子供たちと笑っているアンタを見て私好きになったん だ・・・。」
「そんな先生でいてくれたらなあ・・・、もっと好きになっちゃうのに」
そんな言葉をサラリという彼女の変身ぶりに彼もドキドキしていた・・・。けど、それよりも教師としての視点の鋭さに彼は心を揺り動かされた。こんなことを二人は結婚当初、よく話し合っていた・・・・・。彼の教師としての土台は彼女によって創られたものだ。
二人は、よく、夜の海を見て、その後、近くの居酒屋で酒をのんでいた。
彼はいつも彼女にこう言った。
「自分にはない考え方や見方をしてくれてありがとう」
「自分の見方が人に役立つとは思わなかった。人の役に立っているなんてうれしいよ。
それも教師としてのあなたの役に立っているなんて・・・、よしこのまま一気に校長目指
してがんばっていくよ」
彼が28歳、彼女が31歳の夏の出来事だった・・・・・。娘が生まれる前、二人はこうやって、よく話し、夜の街で酒をのんでいた。ヤンキー彼女は、彼にとって最高の家庭教師だったのかもしれない。
しかし、互いに不安な時間も事もあった。
「私、不安なんだ。あなたが私のことを選んでくれたことを」
「どうして不安に?」
「「育ち」が違うんだよ。私たち・・・。それが一番怖いんだ」
「育ちが違うところがまた好きになった」
「わかってないなあ。それは今だからそう思うんだって。珍しいから新鮮に感じるの。刺激があるの。 ほしいと思うの・・・」
「・・・・・」
「私はあなたが私の出会ったことのない女性のほうに戻るんじゃないかって不安はある。けど、後悔し たくないから」
「それは俺だって・・・。自分は強い男じゃない。今までつきあった男に比べたらたよりないだろうっ ていつも不安になる」
付き合った頃、二人はそんな会話をした。お互いが本気になればなるほど、不安が強くなった。本気で人を好きになると、不安が大きくなる。好きになるということはそんな思いと表裏一体になっている。いつも強い女性が自分の弱さをそっと見せるとき・・・・・・。彼はそこに彼女の繊細さと愛おしさを感じる・・・・。そんな話をしながら、二人は夜の街を手をつないで歩いていた・・・。手をつなくだけで、そこにはときめきと安心感があった。今までのどの恋愛よりも、この人と一緒にいたいと痛切に感じる・・
男は過去の恋愛をひきずる生き物・・・・・・・。思い出を美化する傾向が強い。しかし、女性は前を向いていくことが多いような気がする。彼は彼女の過去の恋愛相手が気になったことがあった。ある時、彼女の友達に聞いてみた。
「知らないことも大切なやさしさだよ」
という答えが返ってきた。しかし、男は器が小さい。 彼はあるとき、彼女の部屋で彼女のアルバムを探してみた。そこからかつての彼女の写真が出てきた。たくさん悪いいかにも悪い女性たちの中でも彼女の雰囲気は際立っている。しかし、また美しさも際立っていた。そして次のページをめくると、男性の写真が出てきた。悪い雰囲気の中でもどこか知的な雰囲気のする端正な顔立ちの男性だった。男としての雰囲気、顔立ち、すべてにおいて自分より上だと感じるタイプの男性だった。
「彼女はどうして自分を選んだのか」
そんな疑問がわいてきた。単純に生活のため・・・・・。いやそんな女性ではない。けど、もしかしたら騙されているのかもしれないと思った。男は本当に器が小さい。勝手に写真を見る行為もそうだが、それでいて、勝手に傷つく。情けない男である。
彼女はどうして自分なんかと・・・・・・・。
付き合い始めたころの彼の器の小ささ・・・・・。
彼女もまた不安になることがあった。彼女の人生・・・・・。高校中退、刑務所、夜の商売・・・。典型的な人生。彼女の周りもほとんどそうだった。夜の仕事をして、その店で客としてきていた男性と一緒になるパターンがほとんどだった。そして、出産・・・。夫は夜遊びやギャンブルばかり・・・。次第に夫婦喧嘩があたりまえ・・・。離婚・・・。シングルマザー・・・。実家へと戻る・・・。そんな人生が多かった。 彼女にも言い寄ってくる男性はたくさんいた。いかにも男受けをするタイプでそれでいて性格もサバサバしていた彼女めあての男性も多かった。 彼のようなタイプの男性と付き合ったこともなければ、言い寄られたこともなかった。 恋愛や 好きという感情に理由はないかもしれない。しかし、彼女は彼の世界にひかれていったのも事実・・・。彼と出会ってすぐの頃、彼女は彼のところへ遊びに行くと、彼はこれから一緒に行こうと彼女を誘った。その場所は図書館だった。彼女の今まで踏み入れたことのない空間に彼女は躊躇した。最初は苦痛でしかなかった。しかし、彼やその周りの人を見ているうちに、彼女はこんな世界もあるのかと思うようになった。
「私、本なんて読んだことない人生だった・・・」
「無理して俺につきあうことないからね。今のまま、やりたいことをしているのがいちばんだよ。俺 だったそっちの世界のことは知らないし・・・」
「私は男っていったら夜の世界で知り合うことしかなかったから・・・」
「映画に行こう」
「何観るの?」
「なんだっていいし、宣伝みないで観るのもおもしろいかも・・・」
彼なりのユニークな映画の観方・・・。夜遅くのレイトショーに二人でよく出かけた。本と映画・・・・・。彼の世界は彼女にもまた新鮮だった。お互いの世界を魅力的に感じる二人・・・・・。二人の距離感の接近はこうしてもたらされたのだ。
彼と付き合い始めたころ、彼女は夜の世界で働いていた。それも二件を掛け持ちで働いていた。一件目は、かなり高額の金額を支払う店だった。いわゆるそこに来るお客は、お金持ちばかりであった。もちろん、彼の給料では、なかなか通うことのできない店・・・・・。ボトルが入っていても平気で一万はとられた店・・・。90年代前半は、そんな店がまだ珍しくなかった。もう一軒は彼女の古くからお世話になった人のお店。ここは普通のカラオケの置いてあるお店であった。彼は時々、自分の飲み会の後などにこのお店に酔った。のまなくては入る勇気がなかなか彼にはなかったからだ。しかし、彼はそこでも彼女の懐の深さに魅かれていた。
彼が店に入ると、彼女はカウンターに案内する。
「また、日本酒のんできたの?」
「うん」
「顔が真っ赤だし・・・」
「あともうちょっとで終わるから待ってて」
常連の客が二人の会話を興味津々に聞いていると、彼女は
「こちら私のだんなさんになる人」とあっさり言う。
彼はまたまた赤くなってしまう・・・。
周りの「こいつが・・・」という雰囲気を感じてしまうからだ。
「えー、〇〇さん結婚しゃうんですか」、店にいる女性客も会話に入ってくる。
「そうだけど」
「えー、旦那さんになる人って、何なさっているんですか」
「何に見える」
「うーん、なんかのセールスマン」
「そうだよね。なんかこの人インチキくさいよね。これでも小学校の先生なんだよ」
そんな会話を聞きながら彼は、何だか心あたたまる思いで聞きながらまた酒をのんだ。
店が終わるのは深夜一時・・・。それからいつものなじみの店に二人は寄る。その店のママも、かつての彼女の過去を知っている人・・・・・。そして、彼女の味方となって支えてくれた人・・・・・。
「いらっしゃい」、いつも迫力のある声で出迎えてくれた。ママの歌う「TAXI」が今も耳に焼き付いている。
先日、そのママの訃報を聞いた。店をやめたのが、今から15年前・・・・・・。その後はどこで何もしているかもわからなかった。新聞に小さく出た「葬儀終了」と書かれたお悔やみの記事・・・。
二人は線香をあげに行った。妹という人のアパートに遺骨はあった。決して幸せそうではないその暮らしぶりに二人はただ手を合わせるだけだった。
「ママがいたから二人は一緒になれたんだよ。ママありがとう」、彼女はそうつぶやく。
「借金と浮気をする男は病気。その病気は一生治らない人がほとんど。今度の彼はそういうタイプでは ないね」
彼もまたママの一言が・・・・・・
「ほんとに好きな人とはなかなか結婚できないものだよ。だからこそ、二人には結婚してもらいたいのさ。二人が結ばれるには様々なことがあるからね」
二人はアパートを後にした・・・・・。そして、あの頃と同じように夕焼けの街を歩いた。ママの晩年の人生はなんとなく察しがつく。けど、ママがいたからこそ幸せになれた人もいる。人のためになることをしてくれたのは間違いなくママなのだから・・・・・・。二人の心にママの店と姿と言葉はずっと生き続ける・・・・・・。(続く)