9話 正しい魔術の使い方
昼食後、しばらく時間を挟んでエミリアは動きやすい格好に着替えて庭に出ていた。
言っておくが子供だぞ、何にもやましい事はないからな。
ジャージの上下の様な格好で脇に木刀を挟んで準備運動をしている。
ちなみにこのジャージはマキナウス領発信で、領内では運動時の格好としてメジャー化している。俺の過去の所業だ、伸縮性のある素材選びが大変だったぜ。
マキナウス家の庭はそこそこ広い、街の中心に建ってはいるが、最初期に区画整理の段階からきっちりスペースを確保したからな。
マキナウス家の壁の内側は、小さめの運動場程度の広さがあった。
屋敷を背にして離れた場所に的が用意されていて、攻撃用魔術の練習はそこで行われるのがいつもの光景、黒いジャージのレッセンがエミリアの隣に立ち、準備運動の終わりを待っている。
庭に置かれたテーブルセットでは、メイドの1人であるエナさんが飲み物の用意をいそいそと進めていた。
準備運動がひと段落したのを見計らって、レッセンが声をかける。
「それではお嬢様、宜しいですかな?」
「ええ、いつも通り魔力弾ね」
この世界…あぁ、名称は無い。てか地球みたいに星の名前とか付いてないんだよなぁ。
大陸や島の名前はともかく、あくまで各国が名乗ってる国名、〇〇王国〇〇領、みたいに線引きされて名前が付いてる。領主の家が変われば名前も変わるので覚え直すのが面倒だ。
隣国との国境なんかもある程度あやふやで、国境付近には砦があったり街道には関所や税関があったりとそれなりの管理はされてるものの、現代の様なここを跨ぐと隣国、なんてのは無い。
ちなみに主な隣国として、デカいとこだと東にはフォステレス王国と、西にはアーベルヘイムって名前の帝国がある。それ以外にも周りに小国が幾つか存在する。
南側は未開拓の森林地帯が広がってて奥の方には森の民ってのが居るらしい、マキナウス領はこれに隣接している。
北は魔族領だったが、魔王封印後はよく知らん。北部は環境が厳しくて統治も難しいってんで、ギリギリを国境として定めて、砦を築いて監視しているってとこまでは把握してる。
そもそもここ何百年か人類族同士での大規模な戦争は起きてない。俺が知っている限りでは小競り合い程度だな。
脱線した。というわけでこの世界自体に名前は無いんだが、概ね地球と同じ、大陸があって海があり、四季があって太陽は一つ、月は2つあるが細かい影響は知らん。大きく違う所は、魔力と魔術っていう俺が居た世界とは違う概念が有ったんだ。
「それではお嬢様、魔術の基礎のおさらいです。魔術とは、己の体内の魔力を形にして放つもの、込める魔力、形にするための構成を経て、詠唱により体外へと放出します。」
「魔力を感じ、集中させ、形を定めて、詠唱により放つ。ね、わかってはいるんだけど。」
「それが基本であり魔術の全てでございます。お嬢様はまだまだ集中と構成に難がございますゆえ、本日もそこを重点して修練致しましょう。まずは魔力弾、威力は的を倒す程度で構成して下さい。」
この世界は属性、精霊、黒魔法、白魔法とか、そういうのは無い。レンゼリアの世界にも魔法が存在したらしいがそれもこことは系統が違う。俺のファンタジー知識には、火水風土の4属性や、五行思想とか、光魔法、闇魔法みたいなのはあったが、初めてこの世界の魔術について聞いた時は驚いた。
魔力とイメージで大概の事が出来るのがこの世界の魔術ってやつだったからだ。
「魔力の塊…体内の魔力を衝撃力に変える…的に当たって倒れる程度…手の平から出て的まで直進してドーン…」
エミリアが小声で魔術のイメージを組み立てる、まだ起こす現象のイメージが上手く無いから時間をかけて声に出して構成する必要がある。
体内の魔力ってのは分かり易いと思う、所謂MPだ。量は個人差があるから魔術の才能みたいなもんだ。
魔術師になれるような奴らはこれが多い、測る方法もあるが魔術を使おうと集中すれば、なんとなく知覚出来るし、魔術に使用する魔力量は多ければ多いほど周りの者も感じ取れる。
魔術は誰でも使える様になる可能性があるが、ちょっとした光を出したり消したりする程度が関の山。それすら出来る人間は少ない。
だが、エミリアは近年のマキナウス家では珍しい程の魔力量を持っていた。
それで集中、これも想像し易いと思う。某国民的必殺技だと、腰あたりに構えた両手の中に貯めて前に押し出すと共に発射、まさにこれだ。翳した手の平から放つ奴もいれば、指先を向けたり、熟練した者だと手に持った武器から出す奴も居たりする。自分の意識を向け易い場所に集めるのが一般的だ。
魔力を任意の場所に集める、これが集中。
「魔力よ!衝撃となり飛びゆきて倒せ!」
構成と詠唱はある意味セットだ、詠唱はおまけと言ってもいい。重要なのは構成、魔術を組み立てるイメージ力の事だな。詠唱はそれをイメージし易くするためのツールでしかない。
例えば練習用の火球の魔術だ、決まった詠唱と現象がセットになってりゃみんなが使い易い魔術として練習用に認知されるからな。
一番小さな火球を放つ詠唱で教科書通りならこうだ。
『炎よ、赤き玉となり飛びゆきて燃やせ』
な、分かりやすいだろ。なのでイメージが固まったら、上級者になる程簡単な魔術の詠唱は短くなる傾向にあるわけだ。隙も小さくなるしな。
詠唱はイメージの補助だ、大規模な現象を発動させたけりゃ、長々と唱えると成功率が上がったりもする。炎を出すのに『氷よ!』とか言ってたら脳内のイメージが崩れるだろ?
例の国民的必殺技も、かめ〇め波ぁー!って叫ぶしな。
エミリアの放った魔力弾は上手く直進して的を揺らしたが、倒れるまでにはならなかったか。
「お嬢様、もう一度です。」
(エミリア、さっきより込める魔力を増やしてみろ、それで衝撃のイメージを少し強くするんだ、それでいける)
(う、うん。わかった!)
さっきと同じ様にエミリアは小声でイメージの組み立てに入る。最後のドーンがドカーンに変わってるけど爆発じゃないからな?
これだけなら簡単に聞こえるだろうが、難しいのはイメージする現象を引き起こすだけの魔力量を調整する事にある、イメージさえできれば魔力を込める量次第で大概の事は起こせるんだが、望む規模によって魔力量の込め方が違うのがキモなんだ。
ダイナマイトみたいな大爆発を起こしたいとする、ならどれぐらい魔力を込めればいい?数値にして10か?20か?全部なのか?足りてるのか?
爆発の規模はどれくらいだ?距離は?と、自分のイメージの正確さと引き起こしたい現象、込める魔力量、全部が一致しないと望む結果は起こせないんだ。
イメージより多けりゃ無駄になるし、少なけりゃ規模が小さくなるし、思った通りに制御出来ない、最悪発動すらしない。魔力ってのは精神力の側面もあるから、使いまくって無駄にすればあっという間に精神疲労で気を失うって結果になる。魔力切れってやつだな。
それに万能ってわけでもない。一部の例外を除いて詠唱はどんだけ短くても必ず必要で、言葉を発しなきゃ発動しないし、回復の魔術は未だに発動出来た記録は無いんだと。
魔術同士の戦いは魔力の読み合いと効率化や円滑化だ、相手が込める魔力量と発現する現象を察知して、防ぐなり相殺するなりの魔術を発動させる。相手の魔力はデカいほど伝わるし、伝わらないように抑えりゃ規模が小さくなる。
言葉を発しなきゃ発動しないからタイミングもある程度分かる。
相手が炎を出すならこっちは冷気を出せりゃが相殺出来そうだが、そのイメージに慣れてなけりゃそれも難しい。
と、まぁこんな感じで、色々自由に出来る替わりに扱うのは難しいってのがこの世界の魔術なんだとさ。俺には使えないがな。
今までのは大昔に聞いた宮廷魔術師筆頭サマからの受け売り、あの魔術狂がしょっちゅうレンゼリアと話してたのを横で聞いてたからよく覚えてる。
「魔力よ!衝撃となり飛びゆきて倒せ!」
お、今度は的が倒れたな。成功成功。
「お見事です、お嬢様。上達なされましたな。」
(出来たな!上手くいったじゃないか。)
(うん、でももう、限界、ちょっとフラフラ、するよ。)
10歳でこれなら充分過ぎる、一発でも当たれば大人でも昏倒する程度の威力は出せてるし、十分護身になるだろ。
ちなみに他の兄姉達は魔術の才能が皆無だった為、剣術特化の指導をされている。
レッセンがユラユラ揺れているエミリアを支えながらエナさんの用意したテーブルへ向かう。
「少し休憩しましたら剣術の稽古に入りましょう。」
レミリアがうーっと小さな抗議の呻きを上げるが、横を歩くレッセンの表情は変わらない。
レッセン結構スパルタだよな。
椅子に勢いよく座り込んだエミリアが机にへばるのを、優しい笑顔でエナさんが見ていた。
◇異世界の指輪◇
装備分類:リング
防御力:0
魔力値:3
アビリティ:筋力増強+1
サイズ調整
パッシブ :魔力操作
視覚自在化
思考制御
◇説明◇
詳細不明の金属で出来た指輪。