42話 強襲!リリアティ!
王国歴476年 夏の月 14日
エミリアが盾越しにリーネリアを見据える。早朝から開始された訓練だが既に日も高く、本気を出し始めた夏の太陽が、照らされる者たちから体力を奪う。
訓練用のショートソードを両手で構え、ジリジリとすり足で近づいてくるリーネリアより、少し遅い速度でエミリアもゆっくりと後退する。
フッと気を吐いたリーネリアが一足飛びに間合いを詰める、訓練を開始して暫くは敢えて盾を狙っていたリーネリアだったが、今では実戦さながらに盾を掻い潜る様な動きを混ぜてくる。
この踏み込みも正面からの打ち込みと見せかけて、エミリアが盾を構えると同時に盾を構えた左腕とは逆にステップを行い攻撃を仕掛ける。
エミリアは最初のフェイントには気付いていた様で、盾への魔力展開を行わなかった、リーネリアの動きを冷静に見定め、相手の攻撃を盾で受けられる様に身を引いた。
リーネリアの放つ鋭い剣撃がエミリアの構える木製の魔力盾に阻まれた。
ガキィン!
「そう!魔力展開に集中し過ぎない!相手と自分との間合い、盾を構える時の位置を見定めるのです!」
「はいっ!先生!」
エミリアに声を掛けながら、弾かれる剣の勢いを利用してリーネリアがクルリと回転する、器用な足捌きでエミリアに向けて深く踏み込む。
まだ先程の攻撃による衝撃で盾を構える体勢が整っておらず、反射的に後ろに下がろうとしたエミリアに追撃を加えた。初撃を受けた後盾の魔力を切るタイミングを逃したエミリアは、そのまま盾に魔力を流し続け、リーネリアの二撃目を辛うじて防いだ。
ガキィン!
「今のは引かずに近づいて受けなさい!相手の剣が最も威力を発揮する距離にいてはいけません!」
「は、はいっ!」
盾の使用方法の大部分は相手の攻撃を受け流す事にある。金属の塊が高い運動エネルギーを伴って襲いかかって来た場合、その衝撃を正面から受け止める事は難しい。盾って奴は基本的に向かって来る力を別の方向へ逸らす為に使われるもんだ。
だが、それは魔力を通さない普通の盾の話に限る。今エミリアが必死にリーネリアの攻撃を防いでいるが、リーネリアの振るう剣は盾に触れた瞬間、硬質で甲高い音を立てながら反発する様に弾かれる。
そう、上手く魔力を展開出来た時、この魔力盾は相手の攻撃を〝弾き返す″事ができる。しかも装者に伝わる衝撃は普通の盾に比して格段に小さいのだ。
エミリアが腕に構える盾は所謂円形盾、これは地球の歴史で言えばホプロンなんかが形状的に近い。
板状の木材を組み合わせ、円形の金属で補強する、裏面には数本のベルトが取り付けられていて腕に固定して使用する。盾の裏側中央にグリップを持つタイプとは違い、ヒーターシールドの使用方法に似ている。
この木製盾…木製の魔力盾はマキナウス領独特の装備で、王都の騎士や兵士、他領の軍兵達は魔力盾では無い、金属盾を使用しているそうだ。ちなみに領軍全員が魔力盾を装備出来ているのは王国内で我がマキナウス領のみである。と、いうのはリーネリアの言だ。
エミリアの訓練を開始してから早や5日が経過した。
ここ連日レンゼリアは大人しくレッセンに抱えられ、俺はエミリアの指に収まり、エミリアは朝から日が落ちるまで、魔力枯渇で倒れない絶妙なバランスを保たれつつ魔力展開の練習に勤しんでいた。
そして本日も訓練場には〝二組″が上げる鍛錬の声が響き渡っている。
ガッ!
硬質な金属音が続く中、偶に鈍い音が響く、魔力展開されていない魔力盾はあくまで木製でしか無く、この鈍い音が聞こえるという事は、盾での防御に失敗した事と同義であった。
「やめ!判断が遅い!自分の魔力展開速度を常に把握して、相手の挙動を先読みしなさい!もう一度!」
「はいっ!」
ガッ!
「はっはー!このハゲロドニー!引っかかったな!テメェの展開速度にゃムラがあるからなぁ!」
「ぬぅ!脳筋ゼーリカの癖にフェイントとは小癪な!」
…後者の方はいいとして。
エミリアの訓練は順調に進んでいた、リーネリアが言うには、驚く程のスピードで魔力展開速度が向上しているらしい。
既に訓練は実戦形式へと移行し、縦横無尽に斬りつけるリーネリアの剣撃を全て魔力盾で正確に弾く、という内容となっている。
曰く、実戦許可直前の領軍兵程度にまで練度は上がっていて、教える方にも熱が入るのだそうだ。
キンキンと木製の物に金属剣を叩きつけているとは思えない程硬質な音が連続して響く、稀に鈍い音が聞こえると、リーネリアは訓練の手を止めて指導を行っている。
「やめ!エミリア様、魔力を切るのが少し遅い癖が抜けませんね。レンゼリア様の魔力消費はこの盾の比ではないとの事、戦闘中の魔力枯渇は致命となります。今のうちに矯正しておきましょう。では暫くの間休憩に致します。」
休憩を言い渡されるとエミリアは息を切らせながらその場にストンと腰を落とした。その息は荒く、額を流れる汗の量がエミリアの疲労を物語っていた。
「はぁ…はぁ…はい!…あの、一つ質問を良いですか?リーネリア先生。」
魔力は充実している間は使用しても身体への影響は少ない、個人差はあるが保有する魔力量が半分辺りになると軽い倦怠感を覚える程度である。それが身体から魔力が少なくなり、絞り出す様に使い始めると倦怠感から疲労感に変化していく。更に限界が近くなれば目眩や気絶が発生し、立って居られなくなってしまう。
完全にカラになれば昏倒して、数日目が覚めない事だってある。
「はい、何でしょう?」
「お兄様やゼーリカにも伺ったのですが、王都ではこの様な訓練は全くしていないそうで…何故マキナウス領軍だけ魔力盾の訓練をしているのですか?」
「ふむ…その理由は色々とあるのですが、そうですね、指輪殿?」
(ん?何ですか?リーネリア先生。)
「ゆ、指輪殿、先生はおやめ下さいと何度も…リーネと呼び捨てで結構ですので…」
(エミリアの先生をして頂いてますからね、それに戦闘指導を一緒に聞いてると私も勉強になりますから。)
困った様に頬を掻きながらモゴモゴと俯いてリーネリアが赤くなる。リーネリア副長は一見厳格で固そうに見えるが、時折垣間見える素のリアクションは愛嬌があって見ていて楽しい。
「ゴホン!さ、先程のエミリア様の質問は指輪殿の方がお詳しいかと思います。何しろ領軍の創設者は初代領主様なのですから。」
「そうなの?リョウ。」
わざとらしい咳払いをして顔を上げたリーネリアがエミリアの指に視線を向けると、エミリアも自分の右手を顔の前まで持ち上げる。
まぁ、仰る通り領軍の創設者は初代領主のデクス=マキナウスなんだがな。
(あぁ、掻い摘んで話すと、原因は大森林だな。あそこで採れる資材が思いの外厄介でな、活用方法を探して行き着いたのが魔具にする事だったのさ。ついでに国王からデクス…初代領主に任された仕事ってのがコレまた面倒でなぁ…、領軍は多分今でもその任務を継続してるのさ。だろ?先生。)
「ええ、指輪殿の仰る通りです。資料によれば当時よりも難度は格段に落ち着いたそうですが、何しろ終わりの無い任務ですからね。自ずと領軍の性質はそれを行う事に沿っていった訳です。ついでに言えば、木製の魔力盾の技術秘匿と独占は当時に勝ち取ったものだそうですよ?ですよね?指輪殿。」
いまいち得心し兼ねる表情を浮かべるエミリアを横目に、俺とリーネリアの会話は成立していた。今回エミリアのレベリングはこの話に関連するから説明しておこうかな。
(あのなエミリア、その素材「トーノ様ー!お客様がいらっしゃってますよー!」…ん?)
屋敷の方からエナさんの呼び声が届く、客…?俺に…?………あー、あいつか。
屋敷の裏手から歩いてくるエナさんの後ろから、…アイツは外出時もあの格好なのか、少し長めの白衣をはためかせながら、両手をポケットに突っ込んだままツカツカとリリアティが歩いてきた。
途中で歩く速度が上がったのか、エナさんを追い越してどんどん此方へ向かってくる。
「ねぇ、リョウ?あの人は…?」
(ん?あぁ、アイツが今回俺が手配した協力者だな、リリアティ=エバンスってんだが。)
「あの方はエバンス師ではありませんかな?一度だけ領軍の合同演習でお見かけした事がありますが、素晴らしい魔術の使い手であったのを覚えています。」
既にエナさんを置き去りにする勢いで歩いて来たリリアティが、リーネリアとエミリアの手前で立ち止まる。
ポケットに手を突っ込んだまま仁王立ちして、太陽をギラリと反射する眼鏡の奥の不機嫌そうな半眼で、リーネリアとエミリアを見渡した。
「あ、あの、初めまして。エミリア=マキナウスです。えっと…リョウのお客様…?」
「…リリアティ=エバンスよ、貴方がマキナウスの指輪の装者ね?お初にお目にかかるわ。」
「数年前の演習ではお世話になりましたエバンス師、領軍副長のリーネリア=グラークスであります。」
座ったままのエミリアと敬礼して挨拶するリーネリアに対して興味なさげに視線を投げるリリアティ、エナさんは今追いついてきて妙な雰囲気を察したのか、リリアティの後ろで狼狽えていた。可愛い。
ジロジロとエミリアを見つめるリリアティ、……目が合ったな、今。
(お、おぅ。よく来たなリリィ。)
「あぁ、てっきり屋敷に飾られて居るのかと思ったら装者の指には一応収まってるのね、このアホ指輪。」
「「あ、アホ指輪ですって!?」」
全く同じ台詞を同時に上げるエミリアとエナさんに全く反応せずリリアティが続ける。
「準備出来たわよ、二日後、16日の朝。中央砦に6の鐘。アンタの要望は全部叶えてやったわ、勿論私も参加するから。」
「中央砦と言われると…南部の中央警戒砦ですな?」
「あの、リョウ?準備って?」
フンと鼻を鳴らす様に笑うとリリアティがエミリアと同じ目線までしゃがみ込む。
少し引いてるエミリアの目をジッと見た後、その右手に嵌っている俺を見下ろした。
「アンタもしかして全然説明してないの?この子がやる事なんでしょ?」
(リ、リリィの準備完了の報告があってから話そうと思ってたんだ。あ、ありがとうなリリィ、ほらもう用は済んだろ?また明後日な、な?)
俺を見据えたまま、細い溜息をゆっくりと吐くと、呆れた様に呟いた。
「まぁなんでもいいけどね。ちゃんと話して面倒が無い様にしておきなさいよ、事が済んだ暁にはアンタは私のモノになるんだからね。」
エミリアとエナさんの驚きと怒りと、なんだかもう色んな感情の混ざった視線が俺に同時に突き刺さる。そして二人は同時に叫んだ
「き、聞いてないわよ!リョウー!」
「な、なんのお話ですかトーノ様!」
…あちゃー。




