13話 きっかけは突然に
(エミリア!レッセンに速度を落とさせるな!追いつかれるぞ!)
「えっ⁈」
エミリアが右手に視線を落としたのと同時にその姿を黒い影が覆う。影に気づいて顔を上げたエミリアの目に映ったのは真っ直ぐ此方に落ちてくる裂けた顎門。
(エミリア!逃げろ!)
「お嬢様!」
硬直するエミリアをエナが馬車の奥に向けて引き倒す。
「ぎっ!ぐぅぅぅ…ああぁぁ!」
エナの悲鳴に顔を向けたエミリアが見たのは真っ赤に染まるエナの腕と首を振り回す狼、エナは必死に抵抗しているが大人程の大きさの狼に振り回されてガクガクと揺れていた、エナの腕はさらに血に染まっていく。
「お父様!レッセン!エナが!エナがぁ!」
(下がれエミリア!下がれ!)
「お嬢様!今参ります!」
俺が視線を声の方を向けると、御者台からレッセンが腰からナイフを抜いて客車に飛び出そうとしていた。
「エナを…離しなさい‼︎」
いつの間にか掴んでいたショートソードを引き抜いて、エミリアが狼に向かって体ごと突き出した。
「お嬢様!」
(エミリア!やめろ!)
狼はエナを咥えていたせいで反応が遅れたのか横腹にその切っ先を受けた、苦痛で甲高い悲鳴が上がり、エナに食いついていた顎が腕から外れる。
その叫び声を上げる間にもエミリアの剣はその小さな体重を剣先に乗せ、剣はさらに深く突き刺さる。
低く唸る様な声はエミリアから、必死に剣を押さえて狼ののたうちに抵抗する。
(やめろエミリア!離れろ!こんなのじゃダメだ!)
声にならない叫び声を上げながら狼に向かって体重をかけるエミリアに、その狼は体を捻りながらその肩へ牙を向けた。
(逃げろエミリアぁ!)
「あぁぁぁぁぁぁぁ!弾けてぇ!」
俺はその声を聞いた、一頭と一人の少女の叫び声に混ざったその声を、確かに聞いた。
その瞬間、狼の頭がブレる様に後ろに跳ね上がった、ギャンと言う狼の鳴き声と同時に、エミリアの体もその衝撃を受けたのか左肩が後ろに弾けた。
魔力弾を目の前で破裂させたのだ、体が後ろに下がるのに合わせて、握り込んだショートソードが抜ける、それをエミリアは間髪入れずに狼の首に向かって再度突き入れた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
叫び声で後押しするかの勢いで体ごと剣を押し込むエミリアに、吹き出した鮮血が降る、剣先は首の筋肉の抵抗を突き破り床に達した、狼は体を痙攣させて、それ以上動かなくなった。エミリアは半分を赤く染めた必死の形相で剣に力を込め続けている。
(エミリア!剣を離せ!もう死んだ!)
「お嬢様!エミリア様!申し訳ございません!お怪我は!お怪我はございませんか!」
近づくレッセンに向けて、はっとした表情で、エミリアの鮮血で湯気立つ手がレッセンを掴み叫ぶ。
「レッセン!エナが!」
馬車は既に停まっていた、エナは血の止まらない腕を抑えながらエミリアに向けて青白い顔を上げた。
「…お嬢様、お怪我は…ございませんでしたか?だからあれ程無茶をされてはいけないと…」
(…………… 。)
「エナ!腕が!レッセン!エナの腕が!」
エナが客車に落ちていた自分の上着をエナの腕に巻きつけようとするが硬直した指が上着を何度も取り落とした。そのエミリアを手で制してレッセンがエナの前に膝をついた。
「お嬢様、お下がり下さい、傷を見ますので…エナ、腕を…むぅ…」
エナの腕は…ズタズタに引き裂かれていた、強靭な顎と鋭利な牙が筋肉と血管を引きちぎり、止め処もなく流れる鮮血がその深さを物語っている。
「レッセン、エナは!」
「エミリア、下がっていなさい。」
御者台から客車に来たデラクがエミリアの肩を掴んで体を引こうとする。
「お父様!エナは私を庇って…」
「分かっているよ、エナは役目を立派に果たした。今はレッセンに任せるんだ。…レッセン。」
「ぐぅ…これでは…とにかく止血をせねば…」
(…………… 俺は…また何にも…。)
少し前に偉そうな事を言いながら、結局何もしてやれなかった俺は呆然としていた。
戦争中もそうだった、陣地が襲われた時も逃す事しか出来なかった、目の前で仲間が死んでいく中でも、どうやってデクスを逃すか…それしか考えず、戦う事をしなかった。あの時思い知ったハズなのに、俺は…
『成長度が上がりました。』
(…え?)
『パッシブ:魔力操作 が魔力自在化にスキルアップします。』
『鑑定:アクティブ化しますか?』
(なんだこれ、なんだよこれ。)
『鑑定:アクティブ化しますか?』
(アクティブ…アクティブ化…する!)
目の前ではレッセンの必死の手当てが進む中、俺は大昔聞いたきりの声に応えた。
(…成長度って…アクティブってなんなんだ?そうだ、ステータス!)
◇異世界の指輪◇
装備分類:リング
成長度:1
防御力:0
魔力値:6
アビリティ:筋力増強+1
サイズ調整
アクティブ:鑑定 new!
パッシブ :魔力自在化 new!
視覚自在化
思考制御
◇説明◇
詳細不明の金属で出来た指輪。
(増え…てる…。成長度って…か、鑑定!)
『成長度:命を吸収し、自身の力を伸ばした度合い#&@…。』
(は?なんだ?も、もう一回、鑑定!)
『成長度:レベルです。』
(さっきと違うじゃねえか!なら、こっちは?鑑定!)
『魔力自在化:魔力の行使を自在化します。内在する魔力を発動する事ができます』
(魔力発動…発動……行使…魔術か⁈魔力の数値も伸びてるし、俺も魔術が使える様に…はっ⁈)
エミリアの肩…衝撃のダメージを癒す、内出血がみるみる治るイメージ、あの映画みたいに、傷が自己再生する…イメージ…
(治れ!)
(えっ⁉︎リョウなに⁈)
俺が叫ぶと同時にエミリアの左肩が淡い光に包まれた、血濡れになっていて効果は見えないがエミリアに問う。
(エミリア!どうだ⁈肩の痛みは⁈まだ感じるか⁈)
(あれ?…あれっ⁈さっきまでの…ど、どうやったのリョウ⁈)
(後だ!エナの所へ!)
「う、うん!エナ!」
必死にエナの腕を圧迫しているレッセンと、その横でエナの腕に布を巻きつけているデラクを押しのけてエミリアがエナの横に膝をついた。
「エミリア!下がっていなさい!」
「お嬢様…大丈夫です、エナは大丈夫ですので…お下がり下さい。」
(布を取らせろ!傷口を見せるんだ!今すぐに!)
「お父様、腕に巻いた布を取って!早く!リョウが早くって!」
「エミリア、何を…「早く!お父様!エナが死んじゃう!」」
(エミリア!水をかけろ、そこの水筒の分全部!)
慌ててデラクが布を取り外す、横に置いた布からはベチャリと湿った音が聞こえた、マズイな、急がないと。
荷物をひっくり返す様に水筒を引き出してエミリアがエナの腕にゆっくりと水を流した、小さな水音が客車の床に出来た血だまりを拡げていく。
傷口は大きく深く抉れていた、下腕の途中から引き裂いたように、大きな血管が切れたのか、ボタボタと落ちる血液は止まる様子が無い。
「ぐぅ…お、お嬢様…もういいです、この様な…見てはいけません…」
エナが気丈にもエミリアに向けて声をかける、痛みでそれどころでは無いだろうに。
(さっきのイメージだ…俺には医学の知識なんて無いけど、神経が繋がり、血管が繋がり、筋肉が繋がり、皮膚が繋がる…腕の肉が再生され、傷跡も残さずに元の状態に戻る…イメージだ!治れぇ!)
エナの腕が淡い光に包まれる、ボゥっと照らされる馬車の中で、エナの腕には細く輝く光の線が踊り、逆回しの映像の様に傷が治癒していく。肉が盛り上がり、エナの腕にピンクがかった綺麗な肌が張っていく。
デラクもレッセンもエミリアも、エナでさえ、目の前で何が起こったのかわからず唖然としていた。
(エミリア…これで…)
言い切る前に俺の視界が真っ暗に染まっていった。




