遊園地でヤキモチ
時刻は午前3:55。まだ薄暗く、空気は静まり返り、人はまだ夢の中にいる時間。そんな中、三人はワクワクしながら駅に集まっていた。
『お待たせ〜』
髪が長く、赤と黒の制服スカートから出る足には黒タイツをまとい、シャツの中央には緩く結んだネクタイが垂れている。胸のボタンは第二ボタンまで外れているが決して気だるさを感じさせない。むしろ、シャツから見える白く透き通った肌とその衣装は見る人がたとえ女性であったとしても美しさに身を奪われることだろう。
手を振りながら駆け寄ってくるのはじゅんである。
『ごめん。遅くなっちゃったかな…?』
息を整えながら、聞くじゅん。
『待ってないよ〜。私たちも今来たところだもん。ね〜?』
真澄に上目遣いでコンタクトを送るとそれに応えるように返す。
『そうね。さ、行きましょ。電車に遅れちゃったら時間通りに来ても意味ないからね。』
真澄は二人にいうと、電車のホームへと誘導した。そのシルエットは、はたから見れば妹二人を遊びに連れて行く面倒見のいいお姉さんかのようであった。
♢♦︎♢
『わぁ…ついた〜!一番乗りだね?』
晴香が遊園地のゲートをくぐると両手を広げて二人より少し先に走って行ってはしゃぐ。
『わぁ〜、すごい!』
目を輝かせながら可愛いキャラクターに見とれるじゅん。
『ほら、晴香〜あんまり一人で行くと迷子になるわよ〜。まぁ、でも晴香の身長とそのロリ顏なら迷子センターで放送してもらえるかもしれないわねぇ。小学生3年生のはるかちゃん〜って。あら、じゅんもついてこないと晴香みたいになるわよ。まぁ、じゅんも同じように放送してもらえると思うけどね。』
はしゃがず、二人を制する様子は見た目だけではなかった。決して、身長の高い真澄ではなかったが、相対的に名実ともに二人のお姉さん的存在になっていた。
『あ、ごめんごめん。はしゃぎすぎちゃった。でも、晴香だって流石に小学3年生には見えないもん。』
『置いていかないで〜。ボクだって小学生にはみえないよ。』
二人は口を揃えて反論する。
『どうかしらね。さ、先ずはあれに乗らない?』
真澄が指さしたのは、エベレストハイランドでも、五本の指には入るほどの絶叫コースター“エベ山”であった。
『いいねー!晴香乗りたいー!』
晴香は絶叫系は苦手だが、よく確認しなかったせいもあって全く気付かずに返事をする。
(え…あんなのボク無理だよ…でも二人とも乗りたいって言ってるし…。それにボク一応男だし…がんばらなきゃ。)
『ぼ、ボクもそれでいいよ…』
♢♦︎♢
ゴゴコーー
『キャーーーーー』
コースターが坂を降ると悲鳴が聞こえる。並んで、順番が近づくと次第に悲鳴の音は大きく聞こえるようになる。更に待っている間、ところどころに置いてあるモニターからは如何に強いかを伝える映像がなんども流れている。それは、じゅんの不安を煽る。
(ぅ…。怖すぎる。あれ…なんで今なの…。でも…今列離れられないし…)
『ね、ねぇ。あとどのくらい待つかな…?』
『うーん…そうねぇ…さっきの場所であと15分って書いてあったし…あと10分くらいじゃない?』
真澄が答える。
(なんか…怖くなってきた。そしたら、急におしっこしたくなってきちゃったよう。でも…今日は学校と時とかより我慢できそう)
晴香はすこし尿意を催したようだが、我慢ができる様子だった。万が一できなかったとしても、晴香はおむつをしているため惨事には至らないが。
『あと10分か〜。…あ、早く来ないかな。』
(あと10分…あと10分…)
細い足は震えていて、緊張してるのか額からは汗がにじむ。その様子は既に普通ではなく、何かを必死にこらえているようにも見える。
♢♦︎♢
『お次のグループとうぞ〜。』
最前席に三人並んで座る。奥から、晴香、真澄、じゅんの並び順である。
係員のスタッフは全員座ったことを確認すると、安全バーの確認に入る。何事もなく全ての準備が整うとアナウンサーが喋る。
『時速120キロで走るエベ山は一度標高100メートルまで登ると一気に降下を始めます。鳥になった気分を味わってきてくださいっ。では、行ってらっしゃいませ〜。』
アナウンスが終わると同時に動き出す。
“ガゴンッ”
“カッカッカッ…”
乗り物は、ゆっくりと斜面を登り始める。やがて、頂上までつくと、一度止まる。
“…”
この一瞬がとても長く感じられる。これから起こり得るであろう恐怖が最高潮に達する瞬間である。
“カッカッガーーーーーー”
乗り物は降り始めると一気に最高スピードまで達する。
身体は、Gがかかって思うように身動きが取れない。
小さく隆起したレールを猛スピードで通り去る時、一瞬体が席から浮いて安全バーに押し付けられる。
周りからは悲鳴が聞こえる。
恐怖から、目を開けることができない。
安全バーを握る手は汗をかいており、その手は自身の持つ力をすべて込めて硬く握っている。
無意識のうちに悲鳴をあげている。気が付いても、静かにすることができない。
いつまで続くかわからない恐怖と、曲がる度、坂を上り下りする度、身体は上下左右に振られて遂に我慢できなくなって開放してしまう。
僅か数分間の出来事であったが、疲弊しきった様子のじゅん。そして、晴香。
『ふたりとも、ずいぶん叫んだわね。私は全く怖くなかったけどそんなに怖かったの?おかげで耳がキンキンよ。』
『も…もう絶叫ダメ。怖い』
晴香が放心状態でつぶやく。
『うん…』
うつむいたまま、答えるじゅん。
『あら、残念。まだたくさん絶叫はあるのにね。じゃ、次…の前にすこしお手洗いに寄らせて』
ちらっと視界に入ったトイレを見つけると思い出したかのように言う。
『賛成〜!晴香も行ってくる!』
晴香も思い出したかのように気づくと、足早にトイレへと入っていった。
『さて。じゅんも行くわよね?』
意味深な顔をしてそう問う。
♢♦︎♢
『あれ〜。ってじゅんもトイレ行ったんだ〜。』
先にトイレへと行って先に戻ってきた晴香は一人でふたりが出てくるのを待つ。
『お待たせ〜。』
しばらくすると、真澄とじゅんは同時に出てくる。
『もー。遅いよー。待ちくたびれちゃったよ〜』
ふたりで出てきたことに少し疑問を抱きながらも、ちょっと拗ねたように答える晴香。
『ごめんごめん。じゃあ、お詫びに次の場所は晴香が選んでいいわよ。ね、じゅん?』
一応、じゅんにも同意を求めて尋ねる。
『もちろんいいよ。』
相変わらず、火照った顔でそうへんじをする。
『じゃあね〜…お化け屋敷!』
♢♦︎♢
『さぁ…このランプをお持ちなさい…。この森には魔女が住んでいます…。決して…決して死者を呼び起こさぬよう、魔女から秘薬を貰ってきてください。さもなくば…姫は死んでしまいます。どうか、頼みましたぞ…』
順番が回ってくると、手の込んだシナリオの冒頭を説明される。
既にドアは開き、建物の中は森に模している。薄暗く、ひんやりとした空気はそれだけで怖さを引き立てている。
『レッツゴー。』
晴香が元気よく、手を上げながらズンズンと進んでいく。実は晴香はホラーは得意だった。
(こわいなぁ…)
怖がりなじゅんは、真澄の腕につかまりながらビクビクしている。
『ああああっ!!!!』
ゾンビのような顔をした人が、大声で後ろから脅かす。
『きゃあっ。』
か弱い声でぎゅっと真澄に抱きつく様子は、さながらカップルできた彼女が彼氏に抱きつくシーンによく似ている。
(あれ。なんか…ふたりだけ楽しそう)
全く怖くない晴香は、その様子をみてあまり楽しくなさそうにしていた。
因みに真澄も全く怖がっている様子はなかった。
その後もなんども驚かされては真澄に抱きつくじゅん。
それを見て、もやもやとした気持ちが高まっていく晴香。
そんな状態でお化け屋敷を抜けた頃にはすっかり、不満が高まってしまっていたが、晴香のそれはぶつけるところもなく不満を更に増やしてしまっていた。
♢♦︎♢
『今日は楽しかったわね。』
遊び終わって、最寄り駅まで帰ってくると、真澄が口を開く。
『うん。』
同時に、晴香とじゅん。
『さ、もう遅いし今日はもう帰りましょ。』
『バイバイ、また行こうね!今度は怖くないところで。』
じゅんがそう言いながら手を振って寮へと帰っていく。
『さ、私たちも帰るわよ。晴香ちゃん。』
♢♦︎♢
『今日、一回もお漏らししなかったわね。偉かったじゃない。』
真澄が晴香を褒める。
『知ってるのよ。晴香ちゃんが、じゅんにお姉ちゃん取られちゃう〜って思ってたこと。』
『え、そんなこと思ってないもん。』
『ふふ、ふたりだけの時は遠慮しなくていいのよ。わかってるんだから。でも、大丈夫よ。ふたりだけの時ははるかちゃんが独り占めしていいし、お姉ちゃんははるかちゃんのこといっぱい可愛がってあげるから。』
そう言うと、満足したように眠りにつくのであった。




