学校〜突然の赤ちゃん返り!?〜
『はるか〜。もう、朝よ。さ、おっきしまちょうね〜。ちっちはどうかな〜?』
寝起きで、ぼーっとしている晴香にあえて幼児言葉で話しかけるが、寝ぼけていることと、意識がまだはっきりしていないことも相まって晴香はほぼ気にしていない。だが、それは確実に晴香の中へ響いており日を追うごとにそれは晴香の中で無意識のうちに比重を占めていたのであった。
『ん〜。ちっちでてる。』
目をこすりながら、答える晴香。口調は真澄につられて幼児言葉が混ざりつつある。
『あら、自分で言えたわね。偉かったね〜。じゃあ、おむちゅ取り替えようね。』
“よしよし”と晴香の頭を撫でてから、手早くおむつ交換を済ますと、晴香を椅子に座らせて朝食を与えた。
朝食は、あの日以来ずっとペースト状のスープだった。“試したかった”という口実をさも本当のことのように話していた真澄だが、今となっては既に嘘であったことが明白である。しかし、素直に食べるようになった晴香には後の祭りであった。
♢♦︎♢
朝食を終えた二人は学校へいった。既に事件などと呼べるほど新鮮なものではないが、慣れてしまったハプニングは今日も起こった。
(まだあと5分も授業残ってるよぅ…。手を上げてトイレに行かなきゃ…。大丈夫、まだ行きたくなってすぐだからトイレまでは我慢できる。)
『え〜、というわけでこの式は両辺に2をかけることで分数が消えますねぇ〜ここが重要でーーーーーー』
数学の教師は発展問題の難問を解説しているのか、なかなか話が途切れない。
(どうしよう…上げるタイミングが…もう.だめ。)
『ぁ…。』
誰に聞こえるでもなく、晴香の小さな口からはその口に合ったかのような小さな声を漏らした。
無論、その様子を見ていたのは真澄と、じゅんだけである。
(晴香の様子…うーん…。もしかして…。でもそしたら…いやいや。そんなことはないよね。晴香がまさかね。)
心の中で意味深に呟くのはじゅんである。
さらに、真澄はその様子をさりげなく観察されていたが、そんなことはじゅんからしてみれば思いもよらないことであったに違いない。
『はるか…。あと5分たったら昼休みだから我慢できるわよね?』
後ろの席であることを最大限に活かして真澄は晴香に耳打ちをする。
僅かに頭を縦に振ってそれに答える晴香。足は小刻みに震えており、顔は火照っている。息遣いは荒くなって、目は虚ろになりかけていた。
それは、遂に晴香の高校生としての、更には今まで生きてきたプライドが崩れ始めていることを意味していた。
♢♦︎♢
『おねえちゃん…ちっち出ちゃったの。ごめんなちゃい。うぅ…ぐすん。』
お尻の不快感で涙ぐみながら、幼児言葉で語る様子はとえも高校生とは思えない光景である。
その光景を一番近い場所で見ていた真澄が何も感じないことはなく、その胸の内にはきっと妖しく光るなにかがあったに違いないだろう。
『あらあら、泣かないの。ほら、新しいおむつ持ってきてあげたから。ね?さ、おむつかえましょうね。』
誰もいない保健室に鍵を内側から閉めたとはいえ、学校で何が起こるかはわからない。緊迫している真澄とは裏腹に晴香は既に何も考えていなかった。
おむつ換えを終えた二人は、暫くの間保健室にいる事にした。
突然の晴香の幼児退行は真澄ですら予想を反するものであったし、何より今の状態で晴香を教室に戻すのはとても危険だと判断したためであったからだ。
しかし、5分後。それは杞憂に終わる。おむつを換えて気持ちよくなった晴香は保健室のベッドで寝息を立てていたが、すぐに目を覚ました。
『あれ…?真澄…?ここは…?』
何も覚えていない様子の晴香は真澄の顔を見ると少し安心したように問う。
『あら、晴香おきたの?って、晴香、なにも覚えていないの?』
戸惑う様子を見せる晴香からは、今までのような恥ずかしがる様子を一切感じられない真澄が違和感を感じる。
『何も…確か…数学の授業受けてて…最後の問題の解説聞いてて…あれ?私どうしたんだっけ?』
『うん…晴香はね。お…。いや、貧血で倒れちゃったからここで休んでたのよ。大丈夫。運んだのは私だし、それからずっと二人だけだったから二人の秘密は守られてるわ。』
真澄は言いかけてやめた。
『あ、ありがとっ。真澄大好き。』
♢♦︎♢
『本当に覚えてないの〜?』
廊下を歩いて教室に向かう途中真澄が問いかける。
『うん、さっき言った通りだよ。ってあ。じゅんだ〜!あれ、トイレから出てくるのに何かミニポーチみたいなの持ってる。なんか、男の娘も生理あるの?』
数メートル離れた場所から呼びかけると、後半は真澄にだけ聞こえるように聞く。
『そんなわけないでしょ。』
晴香にだけ聞こえるように即答すると、じゅんがやってきた。
『なんか、三人で話すの久しぶりだね。』
さりげなく、ミニポーチを体の後ろに隠すじゅん。
『そうね…。3年生になってから初めてかしら?』
真澄が腕を組みながらそう答える。
『やっぱりそうだよね〜!!ねね!晴香、三人で遊びたい。』
晴香が、目を輝かせていう。
『いいねー!ボクもみんなで遊びたいな。真澄は?』
じゅんが真澄にそう問うときすこしほっぺを赤らめて、目線をズラしたのは偶然ではない。
『うーん…そうねぇ…。』
真澄が思案する。
『いいわねっ!!そうと決まれば明日遊びに行くわよ!』
閃いたかのようにそう言うと、勝手に予定まで(明日だが)勝手に決めてしまった。二人とも勿論異論はなかった。
『やった〜!楽しみ〜!ね、どこ行く?』
晴香がハイテンションで二人に聞くと、真澄が即答した。
『勿論、遊園地よ!最近できたあの、エベレストハイランドって遊園地行きたかったのよね〜。二人はどこがいい?』
『はるかもさんせーい!』
(やった〜!遊園地好き〜。絶叫系は無理だけど、多分怖くなさそうだし。)
『ボクも遊園地行きたいな〜。』
(やったー。二人と遊べるよ〜♪制服はスカートじゃないから、久々に友達の前で可愛い格好できるかな。ん〜。明日着ていく服いまから悩んじゃうな〜。あ…でもスカートの丈は長めの選ばないと。)
『じゃ、決定ね!!明日は、朝の4:00に☆☆駅集合ね!じゅん、遅れちゃダメよ?晴香は寝てても私が抱っこして連れて行くから。』
『もー。真澄ー、抱っこはしないでしょ。』
普段の生活で甘えているので、あながち絶対にないと言い切れない晴香は恥ずかしさから、否定する。
『まぁまぁ。ボクは寝坊なんてしないから平気だよ』
まるで、今までしたことがないかのような言い方だが、実は割と寝坊するタイプである。
『あら〜どうかしらね?ふふ。じゅんの方が小さいし、なんなら、じゅんのことも抱っこしに男子寮まで迎えに行ってあげようか?二人のお世話するのも、なかなか大変だわ〜』
真澄が言う。
すると、晴香とじゅんは同時にほっぺを赤くして下を向いて絵に描いたように恥ずかしがった。
しかし、同時だったため晴香とじゅんはお互いの様子を確認することはなかった。唯一、真澄だけがその様子をみて不敵な笑みを浮かべたが、二人には知る由もなかった。
♢♦︎♢
その夜、真澄が帰ってくる前からきていた黒い影は来なかった。そのため、晴香のお風呂上がりの日課のコップの水が波紋をたてることはなかった。
♢♦︎♢
一方、男子寮では黒い影が冷蔵庫を開けてペットボトルを取り出すとキャップを開ける。なにやら、作業をしていたがすぐに元どおりにして黒い影はすぐに去っていった。
春休み以来、男子寮には一度も現れなかった黒い影はここに来てまた現れたのであった。




