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10th Round  作者: 藤島高志
始まりの少女
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VIII

涼は人ならざる能力(チカラ)を信じていないわけではなかった。

なぜならば、科学が発展し色々なことが解明されて来たこの現代社会でも、科学によって論証(ろんしょう)できないことは存在しているからだった。


だからと言って涼は信仰心に(あつ)いわけでもなかったし、むしろどちらかといえば無神論者(むしんろんじゃ)に近い方であった。

それは彼が不幸にも両親を失ったからだろう。

涼は両親を失ってから、ずっとあり得るはずのない両親の帰りを待ち望んでいた。

しかし、その願いは誰に祈ろうとも、どんなに強く願おうとも叶うことはなかった。


そもそも神が存在し、人ならざる能力を使うことができるのならば、何故なにも悪いことをしていない両親が死ななければならなかったのかわからなかった。

そこから彼は人ならざる能力を信じる気持ちをあまり強くは持てなかったのだ。


「去り際にあんなこと言ってたけど…。一体どういうことなんだろうな…?」


涼は先ほど凛と2人で歩いた道を1人で帰っていた。

いつの間にか先ほどまで輝きを放っていた満月は雲に隠れ、あたりは街灯だけでは照らせない不気味な夜の闇が広がっていた。

涼は昼に凛と話した公園を何の気もなく通り過ぎた。いや、正確には通り過ぎようとした。


『お前など私に契約者がいればっ…!』

『何を言ってるんだ?契約者がいない間にお前を殺すのが得策(とくさく)だから狙ってるんだろうがよぉ?』

『外道がっ…。』


涼の頭の中に突如(とつじょ)として2つの声が響いた。

驚いた涼は慌てて左右を見回したが、そこにはただ暗闇と街灯のかすかな光が人工的な輝きを放つだけだった。


『ならさっさと止めを刺しておきますかねぇ。ここで有力者のメタトロンを倒しておけば後は結構簡単にいくだろうなっ!』

『ぐはぁっ!』


「くそっ!なんだか知らないけど、なんなんだよこれ!」


涼は毒づきながらも走り出す。

涼がいきなり走り出したのは何か策があったわけではない。 涼の左手のリングが方位磁針のように光を放ち、まるで何かに引かれるように光は真っ直ぐに公園の中を示した。


涼は躊躇(ためら)いもなく公園の森に足を踏み入れた。

茂る木々の間をすり抜け、隣接する神社の境内(けいだい)に足を踏み入れた瞬間、涼の視界は思考すら白く塗りつぶすような(まばゆ)い光に(おお)われた。


涼はその光に耐えかね、ぎゅっと眼を(つむ)った。


沈黙の時が訪れ、走ることによって速いテンポを刻んでいた自分の心臓の音が平常になった後、ゆっくりと涼は目を開けた。

そして視界に飛び込んできたのは、半笑いでこちらを向いて固まっている短刀のようなものを幾つも腰にぶら下げている外国人の青年と、血塗れでおそらく自身のものであろう血溜まりの中で横たわる白い髪の美しい少女だった。


「ん?お前は誰の契約者だ?それより、お前誰だ?」


青年がそう言うと、彼の肩のあたりに黒い翼を生やした少年が現れた。


「こいつは契約者でもなんでもないようだ。ただの人間だな。」

「へぇ。面白いじゃねぇの。」


青年をよく見ると、顔や身体に返り血のようなものが付着しており、美しいアッシュブロンドの髪をところどころ汚していた。

目の前に血塗れの少女が倒れているというのに2人は全く表情も変えず、どこか値踏みをするような目で涼を見ていた。


「お、お前らなにやってんだ!早く救急車を!」

「?救急車?なぜだ?」


焦る涼とは対照的に、青年の緑色の目からは焦りの色など見て取れず、凍てつくような冷めた視線をこちらに向ける。


「早くしないとその子が死んじゃうだろ!」

「死ぬ?何を言ってるんだお前は?まだまだ死なねぇよ。」


涼と青年の話はどこか噛み合っていなかった。

涼は急いで携帯電話を取り出し救急車と警察を呼ぼうとしたが、なぜか画面には圏外の2文字が映し出されていた。


「どういうことだ…?なぜ携帯が使えないんだ?」


涼が携帯をいじっていると、驚くほど感情のこもらない声で、青年が口を開く。


「この世にはお前の知らない能力(チカラ)があるということだ。東洋人(ジャパニーズ)。さっさと何処へでもいけ。死にたくなければな。」

「そんなことできるかよ!その子をどうするつもりだ!」

「お前が知ったことではない。」


涼が青年への怒りをあらわにしようとした瞬間、涼の左手のリングが輝きを放った。


「おお。ここで目覚めるか。良いぞ、来てみろ。」


宙に浮かぶ少年が興味有り気に笑みを浮かべて言うと、同時に輝きが視界を包み、涼は右腕で視界を(おお)った。

光りが収まってから目を開けると、倒れていた少女は血溜まりごと跡形(あとかた)もなく消え去り、青年に付いていた血も綺麗に消えていた。


わけがわからず困惑する涼を尻目に、宙に浮かぶ少年は不敵な笑みを崩さなかった。

——しかし、青年の冷徹(れいてつ)な一言で一気に現実へと引き戻される。

顔は笑っているのに、どこか不気味さを放つ表情をした青年は薄く笑いながら(かたわら)に浮かぶ少年へと話しかけた。


「おいおい、契約されちまったよ。さっさとこいつを殺した方が得策か?」

「いやいや、ここで見逃すのも後で楽しめるぞ。我が主よ。」

「お前ら!あの女の子をどこへやったんだ!」


少女が消えてしまったことに対して2人は気にしている様子すらない。

怒った涼が問いただすと、青年は口の端を釣り上げ、左右非対称の笑顔のままゆっくりと涼の方を指差した。


「お?俺?」

「違う。よく見ろ。」


よく見るとその指は正確には涼ではなく、涼の少し斜め上を指差していた。

涼は指先に導かれ、示す方を見上げると、ついさっきまで血溜まりに倒れていたはずの少女が、傷1つないピンピンした姿で虚空に浮いていた。


「散々好き勝手やってくれたものだな…。おかげで相手を選ばず契約せねばならなくなった…。これは私に取っても大きなハンデだな、クズどもが。」


少女は白く美しい髪を風に揺らめかせながら、怒気を込めた凍りつくような声で語りかける。

抑えきれない殺気の奔流(ほんりゅう)が身体から赤いオーラを放つ。


「いや、あんたさっきまで血塗れだったのに!これは一体どういうことだ?」


涼は慌てて聞いたが、涼の言葉に耳を貸すものはその場にはいなかった。


「興が冷めた。今日はここまでにしといてやるよ。出身地の都合上、東洋人の顔は覚えにくいけれどお前の顔は覚えた。次会ったらお前もろとも殺す。じゃあな。」


青年は形だけ笑った顔でそう言い残すと、風景と同化するように消えた。


「ちょ、待てよ!」


涼は叫んだが、その声は誰もいなくなった空間に(むな)しく反響するだけだった。


「おい。お前は我が契約者となった。我が願いを果たすまでせいぜい死なずに生き残れよ。」

「ちょ、おい!」


少女もそう言い残すと、少し疲れたと言って虚空に溶けていった。


しばらく待ってみてもなんの音沙汰(おとさた)もなく、何気なく携帯電話をみるともう電波が届くようになっており、帰りが遅くなっていることを心配した悠からのメールが届いていた。


今一度警察や救急車を呼ぼうとしたが、そもそもそこには何も痕跡(こんせき)は残っていなかったのだから、呼んでも何も意味がないことを悟り、悶々(もんもん)とした気持ちを抱えながら涼は帰途へと戻ったのだった。

読んでくださった方に感謝です。

本当にありがとうございます。


誤字脱字や、わかりにくい表現等ご指摘ください。

感想、評価いただけると幸いです。

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